第十三話 俺と彼女と過去と

「さてと、かなり遠回りになったが町でも見て回ろうか」


 今の俺の目的は記憶を取り戻す事だ。しかし、手掛かりはフィーリアぐらいなものでそれ以外には騎士だったらしいという曖昧な情報。


「記憶を取り戻す事も重要ですが、楽しみましょう。今は」


 フィーリアはにまっと笑顔で言うとどこかホッとする。もしかしたら、生前の俺は彼女に依存していたのかもしれない。


「どうしました? 私の顔に何か付いていますか?」


 心の安堵のためにフィーリアの顔を見ていたら、気付かれてドキッとする。


「仮面を着けていても私には分かりますよ。長い付き合いでしたからね」

「色々とフィーリアには勝てそうに無いな。それに君が居てくれて助かっている俺がいる。本当にありがとうな」


 自分が誰かも分からない。でも、一緒に居てくれる人が居る。それは大きな支えになっている。

 視線を前方に固定し告げると掴まれた腕が絞められる感覚を得る。痛みを感じない俺は感じるこの感覚は何なのだろうか。


「ここ、噴水広場ですね。私は王都に来ることはあっても遊びに来た事は無かったです。でも、こうして貴方とここに来られて嬉しい」


 大理石で出来た噴水にはいくつかの石像が並び、ベルンシュタイン王国の財力を示している。ただ、石像の下に狩られた魔物や獣が横たわる。


「ここで後ろを向いてコインを投げるの。コインがあの輪の中に入れば願いは叶うの」


「輪っかはあそこか」


 懐から金貨を一枚抜き取って噴水に背を向けた。大体どれ位力を入れれば輪っかに入るかは目算した。後は投げるだけ。しかし、願いか。


「願い、か……。記憶を取り戻したいが、別にそれは願う事では無いな」


(フィーリアとこの先も一緒に)


 ピンと金貨を指で弾く。クルクルと回転しながら頭上を越えて着水の音が背後で響く。


「は、入りましたよ。それで何を願ったんです?」

「さぁ、な。フィーリアもやるか?」


 フィーリアは頷くより先に手のひらから金貨を一枚取り出した。


「それ、どうなっているんだ?」


 フィーリアは笑みを作って指先を俺の胸に押し付ける。


「貴方の銀貨とかから花を生み出すのと基本は一緒ですよ。私のはもっと難しいものですけど」


 ちらりと脳内で何かが光る。目の前で俺がフィーリアにやった事と同じ事が行われている。それを見ているという事は行っている人物は俺では無いという事だ。


 視界の端に長い髪が見える。女性だろう。俺の周りには同じくらいの年の子どもも居る。


「もしかして、それを俺に教えてくれたのはフィーリア、なのか?」


 フィーリアは指先から金貨を発射していた。金貨は弧を描いて輪っかの中に沈む。

 橙色の瞳が揺れている。当たりなのか?


「思い出したのですか? 私はこの置換魔法をある子に教えました。もしかしたら、それがアマルティアさんだったのかもしれません」


 はぐらかした様な答え方だったが、恐らく俺は彼女から教わったのだろう。しかし、記憶の欠片の隅に映る女性とフィーリアは結びつかない。何故なら、俺とフィーリアは同い年で、記憶の中では姉と弟の様な年齢差を感じた。


「完全には思い出せてはいない。食い違う部分があるんだよ」

「食い違う部分ですか?」


 頷きで肯定すると噴水を見るためにベンチに二人で腰を下ろした。噴水の方向から穏やかな風が吹き、フィーリアの黄色の髪がそよぐ。それを右手で軽く抑える姿に何処か懐かしさを感じた。


「顔は思い出せないが、雰囲気が僅かに違うようだった」


 フィーリアは俺の次の言葉を待っている。急かす事も余計な言葉でアシストする事も無い。


「今の俺には無い温かみを感じた。確信を持っているわけでは無いが、やっぱりあの女性はフィーリアなのだろう」

「言っても問題ないでしょう。私は貴方と一緒に孤児院で育ちました。私と貴方との年の差は六つほどで、貴方の両親が私の名づけ親でもありました。今は居ませんけどね」

「じゃあ、今のフィーリアと記憶の中の貴女との違いの理由はどういう事なんだ?」

「貴方を召喚した人物は分かりません。ですが、この世界で人間を召喚する方法は一つしかありません」


 フィーリアの言葉には一つの心当たりがあった。それはリヒト王子の勇者であるプレクシモの存在だ。彼女がこの世界に召喚され、俺も召喚されたのならば、それはつまり俺も勇者という事になる。では、ディアマンテの風に襲われた時に熊の亜人が言っていた事も間違いでは無かったのか。


「一つ聞いていいか?」

「はい」


 フィーリアが頷きと共に答えた。


「じゃあ、フィーリアは何故リッチになって俺と一緒に居るんだ?」


 俺はその質問の答えの手掛かりは既に得ている。それはやっぱりプレクシモとマリィの二人の存在だ。


「私がリッチになった過程や理由については答えたくはありません。ですが、何故私がアマルティアさんと一緒に居るかという質問には答えましょう。それは貴方が勇者として召喚される時にパートナーとして私を選んでくれたからです。それにこの勇者召喚については勇者とそして、その勇者との繋がりの強い者が一緒に呼ばれるのです。ですから、私はここにこうして居られるのは貴方が呼んでくれたからなのです。ですが、私でもよく分からないのがこの勇者召喚は本来異なる世界で何かを成したりした者などが呼ばれます。ですが、アマルティアさんはこの世界の人間であり、同時に死人なのです。だから、そこが分からないのです」


 一生懸命に答えてくれる間、結構照れ臭かった。フィーリアも透き通るほど白い肌を赤く染めていると余計にこちらも恥ずかしい。


「ありがとう。今の俺とフィーリア、いや君の知る俺とはまだ違うだろうけど多分思う所は一緒だ」

「少し暑いですね。歩きましょう」


 フィーリアはベンチからひょいっと立ち上がると手を俺に差し出した。軽く触れると引っ張られるように立ち上がる。まだまだ、分からない事が多いがフィーリアと一緒ならば間違える事はないだろう。それに俺の召喚主は誰だろう。

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