第十一話 ならず者or騎士

「雨降って来ましたね」


 フィーリアが呟いた。それに同意すると第三王女は膝を抱える様に座り込む。


「丁度いいわね。お話の続きをしますね」


 その動きに倣う様にフィーリアは横に腰を下ろす。俺は幹に背を預けて枝葉の隙間から雲の動きと零れ落ちる雫を見る。


「そういえば、あの時も先ほどの様に私に花を出して手渡してくれました。その方は良くしてもらっている姉の様な方から学んだと言っていましたわね」

「まぁ、そうなんですの? 私も出来るんですよ。ほら」


 フィーリアは地面に落ちていた石ころを両手で優しく包み込む。それを解くように少しずつ手を開くと手のひらから青い鳥が飛び立つ。


「まぁっ」


 第三王女の口から感嘆の声が漏れた。同時に俺にも驚きだった。フィーリアが魔法を使える事は知っていたが、この様な魔法が使えるのは知らない。


「私のはアマルティアさんのとはちょっと違うんですけどね」


 フィーリアは眉間を指先で擦りながらちょっと上ずった声で答える。時々、こちらの様子を窺うように見ているのは少し気になった。


「話の続きに戻りますね。その方は孤児院の出身だったんですけど、騎士学校の下級部に入って騎士になったんです。その時に久しぶりにその方を見て、迷っていた専任騎士にしました。お父様は反対していましたが、最後は無関心でしたね」


 第三王女は頬を上気させ、その時の様子を思い出しているのだろう。


「それで、その騎士が裏切った。と」

「何て事言っているんですかッ!」

「あはは……。その専任騎士とは違うんです。その方は私が選んだわけではないのです」


 流石に罪悪感があったが、謝る言葉が出なかった。


「私は自分で選んだ専任騎士との約束も守れず、大切な剣も無くしてしまったのです」


 その言葉にどこか引っ掛かる事があった。その理由も分からない。それにフィーリアの言動も何かあるように思える。


「約束、ですか?」


 フィーリアは続きを促した。


「その方の出た孤児院を守る。それが彼との約束でした」

「じゃあ、丘の上にある焼けた孤児院が件のか?」


 俯いていた第三王女の目が見開かれ、俺に視線が注がれる。


「見たのですか? 私は一度も行ったことが無く、でもお話だけは聞いていました」


 脳内で燃える孤児院がちらりと映る。

 これは俺の記憶では無い。一人、また一人と騎士の凶刃によって倒れていく子ども達。でも、何も出来ない。だって、俺は傍観者で。いや、違う。複数の騎士に押さえつけられている。腕には火傷の痕や痣が見える。まるで女の手の様に見えた。

 この記憶はなんだ。不快。憎悪。悲嘆。


「あの、アマルティアさん? どうしましたか」

「い、いや。何でもない」


 木に深く寄り掛かっていたらしく体が傾いている。更には第三王女にまで心配される始末だ。


「そう、ですか。ならいいのですが」


 フィーリアは俺の言葉に納得がいっていないのか、俺から視線を外そうとはしない。

 流れる事ない汗を拭くように顔を拭うと雲の隙間から太陽が差し込む。


「少し話し過ぎてしまいましたね。忘れて下さいとは言いません。ですが、この事は他言無用に願います」


 再び王都の中に戻ると慌ただしく騎士達が駆けまわっていた。その中の一人がこちら、と言うよりも第三王女、に気が付いて駆け寄って来た。


「アカーツィエ様、王都から離れた所に馬車が倒れておりましたので、大変心配をしておりました。そちらの方は?」


 兜の隙間から見える瞳が俺達に留まる。幸いと言うべきかフィーリアが居るおかげでそこまで警戒はされてはいない。


「彼らはディアマンテの風に襲われて囚われていた私を助けて下さったのです。なので、私が王城までの護衛を頼んだのです」


 他の騎士達が遅れる様に最初に来た騎士の後ろに並んだ。後から来た者達はあからさまに俺に対して敵意を持っている。


「じゃ、後は頼みましたよ。騎士様方」


 この場に留まっていると不快感が天井知らずなので、その場を去ろうとした。

 が、騎士の中でもひと際大柄な男が俺を呼び止める。


「専任騎士のエスピオン様はどうした? まさかとは思うが貴様達、ディアマンテの風に通じては居ないだろうな?」


 まぁ、そう考える奴は居るだろうな。それが最初に思った事で、今は面倒だなと言う事だ。


「な、なんて事を……」


 第三王女が窘める様に言葉を発しようとしたが、言葉を切った。


「そもそも、ディアマンテの風に通じているのは其方では? 王都にまで侵入を許すとか、騎士の恥晒しもいい所だな」


 思わず言葉が口を吐いた。その瞬間に空気が凍り付く様な感じを得る。敵意から殺意に変わり始める。


「アマルティアさん、貴方そんな方でしたっけ?」


 呆れるように言葉が向けられる。


「随分と俺の事を知っているみたいだけど、フィーリアは俺にとってどんな子だったんだ?」


 俺には記憶の欠損があり、彼女には欠損は無い。


「そうですか? 私は私の主様に貴方の事を少し聞いた程度ですけど」

「だったら、今度聞かせてはくれないか? 俺はフィーリアが俺にとってとても大切で、忘れてはいけない人だった気がするんだ」


 フィーリアの瞳から大粒の涙が溢れる。罪悪感の様な感情はあるが、それが心地よくもあった。


「俺達を無視して愛の告白かよ。それは牢の中でやってくれねぇか?」

「ま、待て。証拠も無しにそれは……」


 小柄な騎士は横に押しやられる。見れば、その騎士の甲冑には凹みや傷が見えるほどである。


 大柄な騎士は騎士に似つかわしくないモーニングスターを引きずっている。その他の騎士も、騎士と言うよりもならず者という方がしっくりくる。


「往来で何をやっているのだろうか?」

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