第十話 第三王女アカーツィエ・ベルンシュタイン

「それに私の専任騎士も居ません。知っておりませんか?」


 心当たりはある。先ほどエスピオンと名乗った騎士がおそらく第三王女の専任騎士だろう。しかし、あの男はベルンシュタインを裏切って第三王女を亜人解放同盟に差し出した。


「ここに居たのは亜人だけだったぞ? それに人ならば見れば分かるだろうし」


 咄嗟に嘘を吐いた。幸い、目の前の第三王女もそれに気が付いている様子もない。


「そうですか。でも、専任騎士が居ないとなればお父様がどう思うでしょう」


 力なく肩が下がる。元々儚げだった第三王女は薄く背景に溶け込んでゆく様にも見える。


(ねぇ。アマルティアさんには心当たり、あるんじゃないですか?)


 背後に立っていたフィーリアがさり気なく耳打ちをした。


「王城まで送るのは構わないが、門までだな」


 フィーリアがゆったりと俺の前に回り込み、第三王女はにっこりと笑みを浮かべる。


「あ、ありがとうございます。出来れば屋敷に来てもらってお礼もと思うのですが」

「別に気にしなくてもいい。行きがかり上助ける事になっただけだ」


 謙虚ではなく、単に王城に入りたくはなかった。二人の王族と出会ったが、どうにもこの第三王女に対して、理由の分からない憤りの様な感情が芽生えたのだ。俺は生きている間に王族に虐げられていたのかもと思うととてもじゃないが、行きたくは無くなる。


「アマルティアさん……」


 フィーリアは俺の本当に僅かな感情の機微に対してしっかりとケアをしようとしてくれている。まるで、母か姉の様に。

 仮面の裏で無理に笑顔を作る。


「それじゃ、案内してもらえるか? 王都はまだよく分からないんだよ」

「はい。では、護衛の方はよろしくお願いしますね」


 第三王女のスカートの腰部分に装飾華美な鞘と柄が目に入った。思ったのはよく捕まった時に取り上げられなかったという事だ。


「さ、行きましょう」


 第三王女は破れたドレスの裾を舞うように回転すると街に向かって歩き出した。

 が、足元の惨状に度々足を止めてしまう。


「ここまでやる必要はあったのでしょうか?」

「どっちにしろ奴らも覚悟はしていただろう。結果は逆だったかもしれないが」

「ア~マ~ル~ティアさん!」


 背を軽く小突かれる。

 振り返るとそこには目を吊り上げているフィーリアが居る。

 小突かれた原因は振り返って考えれば思い当たった。けれども、そうしなければ考えが及ばなかった。だからこそ押し黙る。


「黙っていれば良いわけではないです。貴方が大変なのは重々承知しております。しかし、しかしですね。アカーツィエ王女も怖い思いをしたのです」


 なんか叱られている子どもの気分だ。それにどこか懐かしい様な。


「そう、だよな。すまなかった」

「いえ。貴方の言っている事に間違いはないです。それにこうしてディアマンテの民から助けて貰ったのは初めてでは無いですし」


「あ、その話。聞かせてもらっていいですか?」


 フィーリアが第三王女に並ぶように足を進める。その足取りは軽やかに、蝶が舞うように美しい。


「え?」


 第三王女は少し戸惑う様にけれど、先ほどあげたアカーツィエを胸に深く抱き込んだ。


「分かりました。お聞かせしますわ」


 声に明るさが溶け込み、年相応の可愛らしさを溢れさせる。


「あの時も今日の様に護衛の騎士は少なかったです。そしたら、亜人の方々にですね。襲われまして」


 王都周辺でも治安が悪いんだな。しかし、目を輝かせて話を聞いているフィーリアが何と川らしい事か。まるで、物語をせがむ子どもの様では無いか。


「そんなに昔から王都に亜人が?」


 第三王女は首を横に振ると、


「いえ。私、他のリヒトお兄さま達とは腹違いで、王都に向かう途中だったんです」


 一瞬でフィーリアの表情が凍り付いた。虎の尾でも踏んだ様に顔を小刻みに揺らす。


「いいんですよ。おかげで、良いこともありましたから」


 第三王女は気にしていないよというつもりで言ったのだろう。それで、フィーリアは無理に笑顔を繕う。


「襲われたのに良い事か」


 えへへと第三王女ははにかむように笑う。


「襲われた時は死ぬのかと思いました。周りの騎士は奮戦して、何人かを討ち取りましたが、全滅してしまって……。天を仰ぎました」


 アカーツィエの花を掴んだ手がぎゅっと瞼も同様に閉じられる。似たような姿を見たことがある。本当に怖い事を思い出している。そんな時に出る反応。


「次に目を開けるとそこに一人の男の方が立っていました。騎士の剣を拾って、果敢に亜人に立ち向かう男の方が。背丈はそうですね。貴方と同じ位だったでしょうか」


 振り向いた第三王女の視線が俺にぶつかる。涙を溜めて、それでも胸に抱えられているアカーツィエにも負けないほどに輝く瞳。


「ふふ。まるで物語みたいですね。私も似た話を聞いた事があります。細かい部分は違うのでしょうけど」


 女二人は顔を見合わせて本当に楽しそうで。その中央に黄色のアカーツィエとナルキソスの花があり、その場面を切り取れば絵画の様な美がそこにはある。


「その話をリヒトお兄さまにしましたら、色々と都合して下さって私の専任騎士に……」


 急に声が翳りだした。気が付けば雨が降り出した。


「そこの木陰に入りましょう」


 フィーリアが第三王女の手を引いて走り出した。

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