第八話 亜人狩り
木枝に着いた毛を目印に跡を辿ると開けた道に出た。そうなると、やはり足跡が複数あった。
「ここはあまり人が通らないようだな」
遅れて木々の間を抜けて来たフィーリアは周囲を見回している。
「この道は滅多に使われないですからね。もう少し進めば、目当ての人が居ると思います」
少し言葉を濁すように言ったのが気になった。
「フィーリアがどう思っているか分からないけど、俺はこういう何も知らない奴らを利用するやり方は嫌いだ」
仮面の目の穴の先から遠くの廃墟に目を付けた。
普通の人間よりも遠くが見えている。それが少し恐ろしい。
「そう、ですね。私はここで待っています」
廃墟の周囲には牙を持つ亜人が見張りをしている。そいつらはどれもが大きな体を持ち、手には小狸達が持っている武器よりもいい得物を手にしている。
ローブのフードを被れば街中では歩き回れないだろう恰好で、腰あたりに短剣の固さを感じる。
ひんやりした白壁が崩壊し、木窓があっただろうがらんとした穴からは薄暗いながらも部屋の様子を窺う事が出来た。
崩れた屋根や壁に足を掛けている兎系亜人に、鎧を着た騎士も居る。騎士はフィーリアの言っていた専任騎士だろうが、様子が変だ。何故ならその騎士は抵抗している様子も縛られている様子もなく、狼系亜人や狐系亜人と談笑している。
その瞬間に一つ思い当たった。それは王都に亜人を手引きしていたのはあの騎士だろうという事。そして、その輪の中に綺麗な衣の塊が転がっている。
あれが攫われた王女だろう。それを確認すると足音を殺して廃墟に忍び寄る。
「ちょろいな。それに邪魔なあいつが消えてから王都での仕事が楽になった。エスピオン様様だぜ」
こっそりと接近すると背後から首にナイフを刺し入れてから、もう一匹に向けて突進して斬撃を見舞う。
「き、貴様は……」
亜人二人をきっちりと始末すると上を見上げる。ちょうど上階からは死角になっており、こちらも相手の様子は見えない。
「さてと、ネズミが居ましたか」
屋内の瓦礫の影から一人の亜人が出て来た。大柄な熊の亜人。
「よくこんなとこまでのこのこと出て来たな。サーカスの一団に紛れたのか?」
耳をぴょこりと動かした大柄亜人は背中に手を回すと戦斧を担ぎ出した。柄の半分にも及ぶ刃はプレッシャーを放っている。
「最近の雑技にはそんな物騒な物を持ち出すんだな」
気が付くと周囲には亜人解放同盟の連中が至る所から俺を見下ろしたりしている。その中に一人の騎士が混じっては居たが、触れない。
「クソ野郎が」
ガンッ。
戦斧を地面に叩き付けると咆哮を上げながら突っ込んできた。
まずは半身を作りながら、短剣を腰の鞘に収める。同時に右手で剣を引き抜いた。
「そんなチンケな剣で俺の攻撃が防げるかよ」
勿論、俺には戦斧による攻撃を防ぐことは考えてはいない。それを体現する様に舞うようにステップを踏んで左腕側に回り込む。
足音の爆連音に合の手を入れながら躍り込む。
「普通に考えたら真正面から受け止める阿呆は居ないだろ?」
亜人は強引に体に捻りを入れた様に見えた。しかし、獣の膂力はその無理を必殺の攻撃へと昇華した。
俺の左側からは風さえも己の体に巻き付ける様な亜人の斬撃が迫る。
「潰れろッ!」
人間相手なら刃を当て、潜り込む。しかし、亜人それも熊ならば圧し潰される。
だから、踏み込んだ右足で強引に踏み切る。捩じりの動きもそこへ加え入れると切り上げの戦斧を背中に感じながら飛び越えた。
着地と同時に横に転がるように亜人の背に刃を押し付けた。しかし、流石に熊の亜人の皮と脂肪は抜けない。
「お前、本当に人間か? 動きが人間のそれとは思えない。まさかとは思うが、貴様があの小娘の勇者か?」
熊の亜人の声から動揺を感じる。それでも、闘志は完全には消えてはいない。
「撃て」
無慈悲な声が半壊した石造りの建物から響いた。
「どうせ、矢程度ではあの獣の脂肪は抜けまい」
矢の雨が降り注ぐ。比喩的な物ではあったが、兎の亜人は腕を振るわせながらも天に向かって放つ。
矢は空を駆け上がり、上昇する力を失い、落下する。そうなれば、射手の筋力は関係なく矢じりの重さが攻撃力となる。
「矢、なんてお前達のお仲間以上に意味が無いぞ?」
自然落下する矢の中を熊の亜人に向かって駆け出す。
それを見た敵は更に動揺する。数本が背中、または肩に突き刺さるが俺自身、痛みも感じなければ血すら流れない。
「まずは一匹」
ミノタウロスの時と同じように背側から短刀を引き抜くと心臓辺りに突き立てる。でも、それでは敵は止まらない。
そこで距離を取り、肩に刺さった矢を引き抜いて指示役の人間に向けて投げた。
カンッ。
正確に頭を狙った。しかし、あっさりと剣で捌かれる。
この牽制は俺を狙う兎に対しての物だ。その結果、空からの攻撃は止まった。
眼前、短剣を引き抜こうとする亜人に接近し、剣の柄尻で楔に留めの一撃。
口からはどろりとした血が零れた。そのまま卒倒した。
「獣狩りの続行だな」
周囲で突撃するかどうかを迷った結果、惑っていた集団に斬り込みを掛けた。
胴に剣を走らせ、返す短剣で薙いだ。あとは作業と化す。
「逃げずに残っているとは随分と余裕なんだな」
「フッ。少なくとも貴様は普通の人間では無いようだな。その動き、ダメージを負いながらも鈍らぬ剣捌き。もしかしたら、同族なのかもな」
敵には戦意は無い様に感じる。失ったというよりも元から戦う気は無さそうである。
「メルキュール聖国のエスピオンと名乗っておこう。それから、ベルンシュタイン王国の第三王女はお返ししよう」
謎の男はそう言うとこの場から消えた。残っているのは俺と、それから第三王女という女だけだ。
「何もここまでやらなくても、それにその腰の剣は?」
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