第七話 二つの事件

 その一矢が開戦を告げる銅鑼代わりだった。

 矢じりが飛び交う中で、狸の亜人がナイフ片手に突入して来た。


「死ねぇ!」


 突き出されるナイフをギリギリで躱すと狸は笑んだ。通用するとでも思ったのだろう。

 俺の目的は別にあった。


「お前、馬鹿か? 矢がまだ放たれている中に突撃する前衛が居るか? 足止め程度にしか思われていないのだろ」


 右腕を掴むと弓兵に背を向ける様に体の前方に狸を抱き込む。


「最初から私を当てにしてましたね? しかも、亜人の子を抱え込んじゃって」


 背後で風が巻き起こる。炎の壁じゃないのは亜人への配慮だろう。


「助かった」


 リッチであるフィーリアの魔法だ。見せてもらった事は無かったし、矢が数本刺さった程度は痛くも痒くも無い。当てにはしていない。


「な、何故、私を助けた?」


 狸娘か。


「ほらほら。あっちに行った、行った」


 フィーリアの方に突き飛ばした。俺の所よりかはマシだろう。


 敵の亜人の種族はどちらかと言えば戦闘に不向きな種族ばかりだ。狸と兎の混成部隊と指示役だろう狐が数匹。


 狸が曲刀を掴み、突撃して来た。先ほどの攻撃で矢は無駄だと理解したのだろう。兎部隊は撤退の用意をしている。

 背後から数匹の狸が上から下から、斬りかかって来ている。

 振り向かずとも何も感じないはずの肌で感じる事が出来る。最初の一匹は足元を削ぐような足払いだ。大方飛び上がった先を狙っているのだろう。

 剣は抜かない。抜いても良かったが、抜いてしまえばこちらの手加減も難しくなる。何故なら抜けば、相手も変な緊張感を持って挑まなければならなくなって武器を投げるという選択肢を与える事になる。

 掬いに来た足払いに対して右足を軽く上げ、曲刀の峰に打ち下ろす。

 ガンッと鈍い音に続いて、小狸の様な奴がつんのめる。


「く、クソッ。離しやがれ」


 こいつも突き飛ばす。

 すると次は屋根上からの奇襲だ。悪くない手だ。真上や頭上からの攻撃は死角からになるので、足元の攻撃と組み合わせれば最高の奏でになる。


「ただ、獣のように殺気を出しっぱなしだと騎士団長や専任騎士レベル相手では通用しないぜ?」


 斜めに滑るような突きは顔をずらして、回避する。更に悪戯小狸を抱きしめる様に捕まえて、戦意を失った味方の方に放り投げる。


「ちょっと投げちゃダメでしょ」


 投げなければ次々と襲い掛かる狸どもを捌けないのだ。


「はいはい。分かりましたよ」


 小狸達の半数ほどから得物を奪って無力化した。それで一部の亜人は恐慌を起こして逃げ回る。同時に市場の人間も走り回り、パニックが起きる。


 そこで何かが引っ掛かった。

 一部で混乱を発生させるのは少数勢力で多数を掻き回す時に使う手段だ。ならば、狙いがあるのだろうか?


「フィーリア、ここから離れるぞ。何か嫌な予感がする」


 俺とフィーリアが駆け始めると入れ替わるように騎士達がやって来た。


「鉢合わせしなくて良かったですね」


 フィーリアの言葉が一瞬、理解が出来なかった。少し考えて、仮面を着けて暴れている事だと納得した。


「……」


 足の向くままに王都を抜けると遠くに横転している馬車を発見した。


「あ、あれ」


 フィーリアは震える声で俺に告げる。その馬車は高貴な者の物だと分かった。しかし、何故この様な時間にそして、この様な場所に居るのだろうか?


「分かっている」


 駆け付けると二人の騎士が傷を負っているが生きていた。馬車の周囲は踏み荒らされ、複数が戦闘を行っていたようだ。加えて、人の足跡は鎧の物で襲撃犯の数よりも少ない。


「護衛の数が少ない。それに専任騎士が居ないのも気になるな」

「うっ、……」


 騎士の鎧には無数の傷痕、それも刃物にしては大きめの溝が彫られていた。


「これは獣の毛、ですか?」


 フィーリアが鎧の隙間から薄く輝く毛を引き抜いた。髪の毛では無い。狐か何かの毛だろう。


「そうか。分かった。奴らの狙いはこの馬車に乗っていた人物だろう」

「ひ、姫様が」


 騎士の一人がうわ言の様に呟いた。


「ベルンシュタイン王国には三人の王女が居りますね」

「何処に行った?」


 横転した馬車の上側の扉は拉げており、力づくで開けられたのだろう。それと連れ去れただろう王女は生きたまま連れていかれたらしく、馬車に血の跡はない。

 指さす先は森だ。道を外れたのは追っ手を躱すためだろうが、木枝に毛が付着していた。

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