第四話 孤児院

「あら、お目覚めですか?」


 既視感のある目覚めだ。

 また同じようにフィーリアの膝枕で目を覚ました。僅かの彼女の顔がぶれて見える。夢の中の××と同じ人物だろうけど、××の顔が思い出せない。


「何か思い出したようですね。私の顔をじっと見つめるなんて」

「俺はここで幼い時に暮らしていた様だ。成長し、騎士学校を出て騎士になってからもここに暇を見つけては来ていた。気がする。だけど、あれは俺だったのか?」


 欠けた記憶が集まってみても全てが繋がるわけではない。それどころか、自分がどんな人間であったかさえも分からず気持ち悪い。繋がりが薄いのに繋がっていると心の奥底が言っている。


「私も幼い時にここで過ごして、大人になってからは孤児達の親代わり。それにここ、人間だけでは無くて、亜人や魔人も居たんですよ。でも、この国の王様はよく思っていなかったみたいで」


 フィーリアはぎゅっと両の拳で腿を挟む様に握り締めている。彼女の顔を見上げると大きな雫が頬を伝い、俺の顔に零れ落ちる。

 手の中で銀貨を布に変え、涙を拭う。そこから、また手のひらの中に収めて鳥に変えて飛ばした。


「ありがとうございますね。こんな、汚れてしまった私のために……。あっ」


 フィーリアは顔を逸らす。

 それからは互いに言葉を発さない。と、言うよりも喋る事が難しい。そんな空気が漂っているのだ。


 遠く、教会の跡地を孤児院として使っていた焼け跡からこちらを見ていた男がいた。男は何処かの貴族の子息なのだろう、拵えの良い剣に服を着ている。遠くからでも俺にははっきりと見えているのだ。その表情も。

 いやに優し気で、まるでこちらを見知っている様な目をしている。

 視線がぶつかり合うと爽やかな笑みを見せて寄越す。


「あの貴族服の男に見覚えはあるか?」


 フィーリアに問いかけるとフィーリアは首を傾げる。そして、顔を上げると丘の上にある焼け跡からこちらを見ている男を見た。


「いえ、ありませんね。私はあまり王都には行かないので。でも、王都で暮らしていてあの様な格好をしている男の方なら、リヒト王子かもしれませんね」


 リヒト、王子? 何か引っ掛かるような感覚がある。


「王子か。言われてみれば、確かにそうなのだろうな」


 立ち振る舞いに騎士達に指示を下している。騎士団長にしては装飾が戦い向きでも無かった。ならば、リヒト王子で間違いないだろう。

 王子だろう男がこちらに向かって歩いて来た。男の手には何か、白っぽい物が掴まれている。先ほどまでは無かった物だろう。


「元気そうでなにより。私はベルンシュタイン王国の王子であるリヒトだ。貴方は私の知り合いによく似ている。余計なお世話と思われるかもしれないが、これを着けた方が良いと思う」


 スッと差し出されたのは仮面だ。白っぽく見えたが、よく見れば俺の肌の色に馴染むような色をしている。それに、身に着けたら何処かの誰かに見えるほどに精巧に出来ている。


「その知り合いと言うのは誰だ? それに私がその知り合いに似ていたら何か不都合でもあるのか?」

「知り合いとは私の末の妹の元専任騎士だった男だよ。彼は出自と言うか、色々と特殊な男でね。私としては目を掛けていたのだ。しかし、私が三人国会談に出掛けた際にね、ちょっとあってな。今は居ないのだよ。だが、居ない人間が居たらどう思うだろうか?」


 リヒト王子の視線からは感情が読み取れない。しかし、言葉からはこちらを心配している様なそんな節があった。それを感じてしまった以上、彼の好意を受け取るしか無く、その手にある仮面を受け取る。


「理由は何となく、分かりました。ですが、ここには……」


 フィーリアが間に入り込みながら言った。けれども、それ以上は言葉が続かない。


「弔いですよ。知らない間とは言え、孤児院を焼き討ちにするなど許されないですから。では、私はこれにて失礼します」


 踵を返すと王子はスタスタと騎士達の元へ歩いていく。一番先頭で待っていた騎士がこちら向けて一つ会釈をした。俺もそれを返した。


「不思議な、方達でしたね。わざわざこの様な所へ足を運ぶなんて」


 確かにここが孤児院の跡地ならば、王族が来るのも不自然だ。だが、俺の事を知っている様な振る舞いには違和感を覚える。だが、フィーリアは彼らの事を知らないと言うのだ。


「仮面した方がいいのか?」


 仮面の面側と睨めっこをするようにその表情を見つめる。その顔は真顔とでも言うのだろうか、目と鼻に穴は開いているが口にはそれが無い。別に嫌いな仮面では無いのでそれを着ける。

 着け心地は悪くない。妙に顔に馴染む感じがするのは呪いの品なのか。生ける死体となった俺が怖がるのは少し滑稽に思える。視界は若干遮られるが、余程の状況で無いと支障は出ないだろうな。


「フィーリア、似合うか?」


 唯一、一緒に居るフィーリアに感想を求める。フィーリアは正面にすくっと立つとステップとターンを交えて俺の周りをぐるっと回った。


「そうですね。悪くはないんじゃないですか? 後はフードか布を上から被ると仮面らしさが目立たなくていいんじゃないですか? あの方が言われている事は本当の事でしょうし、これから王都に入ろうと言うならやっぱり仮面は必要じゃないかな?」


 フィーリアに「悪くはない」と言われれば何処かホッとしている俺が居る。それにこの仮面も満更でもない。


「なら、着けたままにしておくのも悪くは無いかな」


 仮面を着けると騎士達が去った焼け跡に近付いた。

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