第三話 蘇る記憶①
「もしかして、俺の攻撃は要らなかった?」
ミノタウロスだった灰が風に舞うのを見送りながらフィーリアに声を掛ける。フィーリアは少し困った様に眉尻を下げた笑みで首を振る。
「そんな事ないですよ。 あの斧、特殊な武器みたいで私と相性が悪いんですよ。魔界鉱って言う鉱石を使って作られているので魔法を切り裂けるんですよ? それにしても、初見でミノタウロス討伐とは惚れちゃいそうですね」
ぺかーと眩い笑みを見せながら言われるとこっちが照れる。
「ここは離れましょう。また、魔族に襲われるとも分かりませんから」
考える必要はない。人の国であるならば、これ以上の襲撃は無いだろうがそれでも万が一ということもある。
神殿の跡地と思われる所から離れる事、五分ほどが経った。その間、俺はいくつかの質問をフィーリアに投げかけてみた。
要約するとこんな感じ。世界の状況は三人国と呼ばれる国々と亜人による国に、先ほどの魔族の国の三つ巴の様な感じになっているそうだ。普通にミノタウロスの様な化け物に対抗できる人間は居ないので、勇者召喚を行っている。もしかしたら、俺もその勇者の一人では無いかという事だ。
「勇者では無く、ただのカダーヴェル・ヴィーヴムなだけかもしれませんけど」
生ける死体か。まぁ、一人だったら気が狂うだろうけどフィーリアも一緒に居てくれるなら平気だろう。
「そうだ。これを身に着けると良いと思います」
フィーリアは何処から出したか分からないが、細長い布を取り出した。俺は直ぐに何のための物か気が付いた。
「ありがとう。使わせてもらうよ」
広げてみると何というか、婦女子向けの様に花柄が付いている。
「お気に召しませんでした?」
上目遣いで言われればいや、とは言えるわけも無く。首に巻く。これで、首にある傷痕は見えず、普通の人間だと思われるだろう。
暫くは足の向くままに歩き続けた。徐々にフィーリアの足取りが重くなっている事に気が付いたのは、遠くに上がる煙の様な物を見た頃の事だった。
「どうした、フィーリア?」
フィーリアは俺の足を止める事はしなかったが、それでも意を決した様に眉間に皺を寄せた表情で歩み続ける。
「別の場所に行くか?」
ふるふる。
フィーリアは俯いたまま、首を振る。まるで萎れた花のように元気はない。それでも、両手で俺が渡したナルキソスを握り締めている。
やや上り坂の様な丘を中程に来たところで甲冑を着ている騎士達と他の者達よりも良い生地の服を着ている男が何かをしている。
「ここは危ないですから、離れて下さい」
こちらに気が付いた一人の騎士が駆け寄って来た。騎士は手にスコップを持ち、土木作業をしているかのように甲冑の手や足を土に汚している。
「私、昔ここで過ごしていて王都に寄る序でに来たのですが、何かありましたか?」
フィーリアの言葉を聞いた瞬間に動いてはいない心臓がぶれる感覚を得た。それと同時に隣で騎士に話を聞いていた彼女の笑顔を見られない程に何かに縛り付けられた。
「何者かが、この孤児院の者を皆殺しにして火を着けたのです」
今度は脳に何かが流れ込んでくる。それも、俺の記憶と俺の記憶とは食い違う風景が同時に刷り込まれる。
「だ、大丈夫か?」
騎士が俺に声を掛けている。そんな気がして手で制して、道から離れてゆく。
木陰に入り込むと横になる。その隣ではフィーリアが木にもたれている。
***
「おい、○○。これで泣き止んでくれよ」
手元にあった銅貨を手の中で揉み込む。すると、銅貨は熱を持つ。
イメージするんだ。あの子の好きな花を。
小さな手の中で生命が脈動する。銅貨は何かに変化をする。
「クルルッ」
クルル? あッ。
手の中からそいつは飛び出す。
バサバサッ。
白く、嘴と羽を持つ生き物。
「わッ、タウベさんだ」
孤児院の他の仲間たちもキャッキャッと騒ぎ立てる。
そして、あの子の顔を見る。瞳は涙に濡れているけど、笑ってくれている。
それを見て、やっと笑うのだ。
「失敗しちゃった」
***
ザッ、ザーッ、ザザッ。
***
「あ、○○おじさん」
「ったく。おじさんは止めろって。おにーさんと呼びなさい」
あれから、騎士学校を出た。あの日の功績が、出来事が、俺を騎士にした。
「あ、○○さん」
あの子は今では孤児たちの母親代わりとして、せっせと動き回っている。俺は非番の日に荷車に食べ物を積み込んで慣れ親しんだ孤児院に遊びに来ている。
一人の子が泣いていると銀貨を握り締め、いつも手品をする。王族に使える魔法士達によればこれは置換魔法と言うらしい。
手の中で銀貨を捏ねると熱を持つのだ。手の中でふわふわな物に変わった。それを左手の拳にから一息に抜き取ると、一枚の布が取り出される。
泣いている子は俺の動き、特に手元の動きに注目が集まる。
「さぁ、ここから何になるでしょう?」
子ども達から少し離れた所で、孤児達の母代わりのあの人が見てくれている。さて、どうしようか。
一つ息を吸って周囲を見回すと花壇に色鮮やかな花が咲いている。その中に黄色のあの花もある。
「いくよ」
また布を左拳に押し込んで、手を開くと黄色のナルツィッセになる。
「あ……」
にっこりと彼女は笑う。これが、俺の最大の癒しであり、頑張れる理由だった。
「そらっ」
花は鳥になって飛び立つ。すると、女の子はがっかりした様な顔になる。ここまでは頭の中で描いた通りだ。
「ふふーん」
上着を捲ると中から花を取り出して、渡す。銅貨を内ポケットに隠していたのだ。
「わーい。ありがとー」
舌足らずな言葉はそれだけで気分が綻ぶ。
「はい。お金」
銀貨と銅貨を適当に詰め込んだ袋を机の上に置く。何かあった時のための物で、これは彼女の判断で運用される。
「ありがとうね。いつも、いつも」
「俺もここで育ったからな。これはここに対する恩返しと××への感謝も込めてね。ここが続いているのは××のおかげだからね」
ふるふると彼女は頭を振る。本当はここで、一緒に孤児達の世話をするのも悪くは無いだろう。けれど、俺は選択したのだ。
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