第二話 ミノタウロス討伐
「あ、あれはミノタウロス。アニファスの騎士団長クラスが人の国にいるはず無いのに」
フィーリアが驚きの声を上げて、そのミノタウロスを見ている。
ミノタウロスの真紅の瞳が俺をロックオンした。そして、牛頭の巨躯はその大きさに似合わぬ俊足で駆け出した。
「フィーリア、下がっていろ」
俺は咄嗟に軽くフィーリアを後ろに押し込むと腰元の剣を引き抜いた。両刃の黒塗りの分厚い剣。明らかに普通の剣では無く、暗殺者向きの剣である。
対するミノタウロスは鉄の塊のような、それでいて刃の部分には何度も鎚を打ち付けたかの様な無数の凹凸がある。
不思議と恐怖は無かった。それは死んでいるからか、後ろで見守る者が居るからか。それは分からない。
目の前にミノタウロスが来ると流石に迫力が違う。魔族の国アニファスの騎士団長クラスか。
ミノタウロスは鉄の斧の様な塊を小さく振り被ると右腕一本で振り下ろした。
十分な距離を取って躱したが、叩き付けられた瞬間に炎魔法による爆裂が起きたのかと思えるほどの衝撃が土くれと共に走り抜ける。
『グルゥゥ、モォオオオ! ユウシャ、ニガサヌ』
ミノタウロスの喉から奴が発したとも思えない声が響き渡る。明確な殺意。
土煙を吹き飛ばす様にミノタウロスが突っ込んできた。
身を屈め、駆け出す。
ミノタウロスは武器が大地につっかえる事を嫌って、左の拳を潜り込ませる様に捻じ込む。
その一瞬、意識が覚醒する。失われた? 記憶も僅かに流入する。
が、今は気にしている時間ではない。
右足でブレーキを掛けて速度を落とす。眼前、ミノタウロスの拳は既に発射され、頭より大きな打撃は正面から防ぐことを許しはしないだろう。
目と鼻の先を暴力が通過し、胴が空いた。手にする剣では切断は無理だと判断し、削ぐように浅い斬撃に切り替える。
鋼鉄の様な皮膚を切り裂き、筋肉に僅かに刃の滑りを阻害されるも強引に振り抜いた。
鮮血が鼻先を撫で、焼ける様に熱い血が冷えた鼻を温める。
ミノタウロスは傷口を気にする様子はない。一瞬だけ血が飛んだがその後は出血が完全に止まった。
しかし、先ほどの攻撃はミノタウロスをその気にさせたらしく足を数度地面に打ち付けると前傾姿勢を取って角を前面に押した出した突撃を狙っている様だ。
「アマルティアさん」
俺の後ろにある木々のどれかにフィーリアは隠れているのだろう。たとえ、彼女が俺以上の戦力になるとしてもこの状況で戦わせるつもりはない。
左手を後ろ手に回すと短い柄らしき物に手が触れた。それを掴んで引き抜くとこれまた黒塗りの短剣だった。双の剣は長さこそ違うがその両方が分厚く出来ていて、何かの力が込められている様に感じる。
前屈みのミノタウロスは土や石くれを巻き上げながら突進を開始した。ミノタウロスの角を用いた突撃は確かに脅威ではある。しかし、有角種の弱点とも言える物を晒しながらの攻撃は勝機を貰ったとも言える。
腰を落とし、右手の剣を斜めに倒して構える。高さは丁度角と同じ高さ、角を下若しくは横から打撃を入れてやるつもりだ。
接近するとその凶悪な双角に腰が引けるような感覚を得る。が、ここまで来て憶したら間違いなく貫かれるだろう。
「アマルティアさん!」
木々のざわめきの中からフィーリアの声が届く。心配性だなと感じながらも、下からミノタウロスの角を打撃してやる。斬撃では無く、打撃を選択したのは奴に及ぼす効果を考慮した上での判断だ。斬撃ではその場では奴にダメージを与えるが、打撃はその衝撃が脳にまで浸透させるのを目的とする。
が、有角種のそれも角を武器とする種族はその衝撃を逃がすための機能が備わっている。だから、目の前には頭を強引にかち上げられながらも気を失ってはいないミノタウロスが居る。
「少しやり過ぎたか」
そう。奴の頭は高い位置に移動してしまったのだ。だから、奴の曲げた膝を駆け上がり二揃えの剣の面で数回を殴りつける。
ミノタウロスは煩わしそうに、小虫を払うべく振り上げた左手を視界の隅に捉えると飛び退る。
相当に怒っているのか、鉄塊の様な斧を何度も地面に叩き付けた。それを終える頃には奴の周りは穴ぼこだらけである。
そろそろ終わりだろう。
再度の接近戦に持ち込む。膂力を利用した攻撃よりも距離を取った際に行われる突撃系攻撃を恐れたためだ。突撃を捌くのは可能だが、デカい相手と戦う場合は間合いの更に内側に入る事によって攻撃力をある程度抑える事が出来るのだ。
横薙ぎの攻撃に対し、剣を軽く当てて軌道をずらす。振り抜いた瞬間は胴ががら空きになる。
まず、左手の短剣をサクッと差し込む。頑強な筋肉を断って刃が滑り込む、が浅く刺さる程度に止まる。
左手のひらでの払いが来る瞬間に旋回し、剣の面で短剣を押し込んだ。
ザク、ザクザクと肉が断たれる音が連なる。次の瞬間にはミノタウロスの強烈な打撃が風を巻き込み破裂音が連続で生まれ、風の圧が俺を数歩分下がらせる。
ミノタウロスへの攻撃は一見なんのダメージもない様に見えたが、僅かに、僅かだがその動きが鈍ったようだ。
機を見計らって懐に潜り込むと一気に短剣を掴んで思いっきり肉を裂いた。熱を持った血が飛び散るとミノタウロスの動きが止まった。
そこで剣を首に差し込む。
声と血が口から漏れる。やがて、音が止まるとミノタウロスは頽れる。
「や、やりましたね。流石です」
フィーリアの手元が光り、「離れて下さい」と言う。俺は奴の角を取ると距離を取った。
「燃えなさい。魔界の民よ」
炎がミノタウロスの全身を包み、数分で灰にした。
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