第一話 生ける死体
心の奥に何とも言えない復讐心の様な感情が渦を巻いている。そして、首筋に感じる冷たく細い何か。けれど、それが何かは分からない。
微睡みの中、妙に温かい何かを感じた。目を開けば失いそうで、瞼は閉じたままにする。
しかし、眠ったふりは直ぐに気が付かれてしまう。
「あら、起きましたか。おはようございます。えっと……」
瞼が開いてみればそこには
先ほどまで心の奥底で渦巻いていたどす黒い感情は消えたと感じるほどに浄化されるようだ。だからこそ、この女に不思議を抱く。何故、ここまで心が安らぐのか?
「も、もっ……」
声を出そうにも声にならない。空気が喉を通るような感じはなく、息を吐きだそうとしても「ひっ、ひっ」と、音とも言えないような物が漏れ出るくらいだ。
「声、出せないのですね? 出せる様にしましょう」
女の指先が光るとそのまま喉に軽く触れる。すると、声が出るような気がして、感謝を混ぜる様に優し気に言う。
「もう少し、このままでもいいだろうか?」
俺の目の前に満開のイリアンソスの花が咲いた。本当に眩く、
「えぇ、勿論です。貴方の望むままに」
「そうだ。俺の名は、えっと。すまん。思い出す」
俺の名前は確かに頭に浮かんでいる。けれども、違和感とも言えるような不可思議がそこには存在している。
「そう。俺の名前はアマルティアだ」
「アマルティアさん、ですね。私はフィーリアと申します」
何だか懐かしい気分に包まれて、俺は起き上がった。
腰元にある袋の中から銀貨を一枚抜き取ると、フィーリアに見せる。
「え?」
フィーリアの瞳は大きく見開かれる。
その時、フィーリアは俺のする事が分からずにそうしているだけだと俺は思った。
俺自身、手が、体が勝手に覚えている事を操り人形の様に行っているだけなのだ。
銀貨は、手の中で捏ねると、手の中で熱くなる。それを錐揉みしながら引き延ばすと手中から一輪の花が咲いた。
目の前のフィーリアの髪色の様に黄色い、
「
「すまない。嫌な記憶を思い出させて」
涙を零し続ける彼女をそっと拭う。すると、彼女は涙目のままで笑顔を作る。
その瞬間に何かが頭の中で弾けた。
それは俺が覚えたコインを花や鳥等に変える手品の経緯。確か、最初は泣いていた幼馴染を笑顔にするためにその子が好きな花に変えて渡した記憶。最初は精度が悪く、花以外も出てきてたな。
「いえ、いいのです。私には嬉しい事なので」
思い出す事が良いこと、なのか?
俺はその顔をじっと見つめ、思い出すように新たに問いを投げかける。
「ここは何処なんだ?」
今の俺の記憶は疎らで切れ切れなせいで、まともに考えられなかった。だが、記憶の最後は体を固定され、木の枠から顔だけを出している。そこで終わっていた。
「ここはベルンシュタイン王国の王都から僅かに離れた森の中です。と、言っても今の貴方には分からないでしょうけど」
言われて周囲を見回すと足元には苔の生えた石の床、その下には何かの模様が描かれている。まるで、まるで何だろう。神殿とでも言える場所だろうか?
「ン⁉ 俺の記憶は……」
脂汗が流れるような感じを得ながら、首筋にそっと手を押し当てる。あった。首に横一文字に走る凹凸。
「少し思い出せましたか? 貴方は死んでいるのです」
女は声を、喉を詰まらせて俺に告げる。だたとしたら、動いている俺は何だろうか?
「生ける
俺は腰に差してあった剣を引き抜くと刃を鏡代わりに首筋を見た。やはり、痛々しい切断痕がある。それから、脈を測ると、無い。
「生ける死体か。何故俺が、復活したのか分かった気がする。おそらく、俺に復讐せよと言っているのだろう」
そして、もう一つ気が付いた。それはフィーリアの足が透けて、いる?
視線を走らせると確かに心なしか存在が確かでは無いような。
じっと見ているとフィーリアは少し恥ずかしそうにはにかみながら言う。
「あ、分かってしまいましたか? 私、リッチなんですよ。そして、アマルティアさんのパートナーとして、遣わされたのです」
「だ、誰に遣わされた?」
フィーリアはにこにことしながら答える。
「私の主です。貴方の記憶が欠けているだろうから、取り戻す手伝いとこの世界の事を教えなさいと」
欠けた記憶の中でもリッチという言葉は存在している。高位の魔族で、偉大な魔法使いの成れの果てとも。それに俺は生ける死体として、蘇ったのならばそれを行った人間が何処かにいるという事だ。
「そもそも、俺はこの世界の人間だったのか?」
リッチのフィーリアはオレンジ色の瞳で俺のじっと見つめ、涙目になった。
「えぇ、アマルティアさんはこの世界の人間だと私の主に聞いております」
私の主、か。誰だろうかと興味はあるけれど、聞いても分からないだろう。
『グ、グモォォン!』
遠くから木々を揺らし、大風が咆哮と共に吹き抜ける。そして、地を揺らす様な地響きと大地を踏みつける連音が確実にこちらに近付いてくる。
ガシッと木の幹に到底人とも思えない手指が向こう側から掛かる。次の瞬間にそれは枝の様に撓り、その奥に巨躯に牛頭の魔物が現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます