第9話 Geheimnis

「ハルキ」

「……」

晴樹は、仏頂面でソファに寝転がり、頬杖を着いてリビングの大型テレビに見入っている。

番組は、他愛のないバラエティ番組である

「ハルキ」

ウィンクライドはもう一度、淡々とした語調で晴樹を呼んだ

「……何だよ」

面倒臭そうに、晴樹がウィンクライドをちらと見遣る

「また、卵でも爆発させたのかよ?」

「Nine」

「じゃあ、またフライパンで食パン焼いて焦がしたのかよ?」

「Nine」

「じゃあ、またドレッシングの海にレタスとトマトでも浸したのか?」

「Nine」


……会話を聞いただけで、朝食のラインナップが何となく把握出来る。


違う、という答えが返って来るばかりの反応に、少し苛立ちつつ

晴樹は起き上がり、ソファにあぐらをかいて溜息をついた

「じゃ、何だよ。さっさと言えよ」

「Heute……今日はAusgehen、出掛けるのか」

「は?」

「Will……外出、はするのか……?」

「……いや、別に。昨日飯も買い込んだし」

「そうか」

頷くと、ウィンクライドは台所へと向かい、自分の荷物から上着を取り出して身に着けた

「何やってんだ?」

「Geh raus……外出する」

「お前が?」

「Ja」

「ふーん」

「ハルキ」

「ん?」

「Warten Sie……家に、いて、貰いたい」

「……家に居るも何も、別に出ねえっつってんだろ、何で念押してんだよ」

「Entschuldigung……詫びる、bin gestört……気に、さわったなら」

「あーもう良いから、さっさと出掛けろ、ほれ」

いい加減やり取りが面倒臭くなり、晴樹が不機嫌も露にしっしっと手を振り追い払う仕草をすると、ウィンクライドは頷き、玄関の方へと向かった

「Werde gehen……行って、くる」

「おう、二度と戻って来んな」

「……Wiederkommen……戻る」

「……早く行けっつの」

もう一度、しっ、とウィンクライドを追い払う様に手を振ると

晴樹は再びソファに横になり、テレビへと視線を向けた


バタン、と小さなドアの音が聞こえる

何故か、外鍵まで丁寧に閉める音も


(……何なの?あいつ、心配性か何かか?)


ようやく出て行ったとばかりに溜息をつき、集中せずにぼんやりとテレビ番組を見ながら、晴樹はちらと台所の方に目をやった


片隅に、ウィンクライドの荷物が見える


(……あいつ、マジで何者なんだろうなあ……)

荷物を見ながら、晴樹はぼんやりと考えた



-------


「やあ、よく来てくれたね」

自社を訪れたウィンクライド・リースを

誠吾-陸坂誠吾は、暖かく出迎えた


「Nach langer Zeit……セイゴ」

ウィンクライドが挨拶を返すと、誠吾はウィンクライドに椅子を勧めた


「わざわざ来て貰って悪いね」

「Kein problem……問題、ない」

「うん」

誠吾はニッコリと笑い、ウィンクライドの向かいの席へと腰を下ろす

誠吾の傍らには熟年の人物が立っている


「ウィンクライド……君を、『ハウスキーパー』として、晴くん……晴樹の家に送った訳だが……」

「Unmöglich……無理が、あった」

「……うん」

誠吾は困った様な表情で笑う

「何しろ、急だったからね……日本に来て貰ってから一応、家事全般説明はした訳だけども」

「Kochen……料理は、Unmöglich……難しい」

「そうだね……こればかりは、ある程度経験が無いとダメだろうしねえ……」

誠吾は額に手を当ててうーん、と考える

「料理教室にでも、行って貰おうか……あっ」

そこまで言い、誠吾は何かに気付いた様にハッとして、そして困り顔になり、自身の傍らにいる男性に声を掛けた

「佐々木……『男だらけの料理教室』みたいなとこ、無いかなあ……」

「そんなAVのタイトルみたいな教室、ありませんよ」

軽く突っ込む熟年男性、佐々木。


ふう、と誠吾は溜息をついて席を立った

「どうしようか……出来る限り、晴樹には真相をばらしたくないからね……今は」

「……「イマハ」?」

ウィンクライドが言葉を復唱する

「ええと、『Jetzt』かな……君が、『Wache』、『Escort』である事を、晴樹に『Hinweis』、して欲しくない」

「Ja」

「今は、どうか『Hausmeister』であると思っておいて欲しい」

「Ja、理解した」

「……晴樹が、せめて20歳になるまでは、ね」

「……Was?……何故、だ?」

「彼が成人、『Erwachsener』になって、物事の『Trennung』がついてから真実を……『Die wahrheit』を、把握してくれてから……ね」

「……」

「……僕の本当の仕事知ってくれて、出来る事ならそれを……継いで、くれる様に」

独り言然に、もはやウィンクライドの母国語に直す事も無く、誠吾は呟く

「……Ja」

意味を把握しているのだろうか、ウィンクライドは頷いた


「慌てたよ、晴樹が僕の息子だっていう事がばれて……『Leck』して、急いで護衛を手配しなきゃと思った。……君なら、見た目そうは見えない……『Nicht wie』し『Freundlicher Mann』に見える……失礼、『Respektlosigkeit』だけど、家政夫、『Hausmeister』だと誤魔化せると思ってね」

「Ja……」

「晴樹の事、よろしく頼んだよ」

「Ja」

「…………例えば、君が過ぎた事を……『Töten』、した時には……すぐに『In Eile』僕に連絡、『Telefon』をしてくれ。片付けは、『Aufräumen』はこちらでするから」

「Ja」

「うんうん、それじゃあ……とりあえず、料理……『Kochen』に関してどうするか、考えようか」

「……Ja」



-------


ウィンクライドが朝、家を出て

そして昼が過ぎて

時刻は、夕方となった


「……」

晴樹はごろり、とソファの上で身を転がし、ちらちらと視線を台所や玄関の側へと向ける


(……あいつ、もしかして本当に帰って来ねえのか?)


そう考えてから晴樹はソファから身を起こし、ハッ、と嘲笑にも似た笑いを漏らした


「あーあー、せいせいした……これでのんびり出来るってモンだ」

そう一人言いながら、晴樹は台所へと行き、冷蔵庫から食材を出してフライパンを用意し、電気釜には米をきちんと洗った物をセットしてスイッチを入れた


(今日は……何か作るか)


そう思いながら、野菜を切ろうと晴樹が包丁を手にした時であった


ガチャ

と、音が鳴り、ドアが開き、ウィンクライドが部屋へと入って来た


「Ich bin wieder da」

「……お前」

晴樹は包丁をまな板にそっと起き、じっとウィンクライドを見遣った

「……Was ist los?……どうした、ハルキ」

「……」

ウィンクライドの問いに、晴樹はハッとするとすぐに顔をしかめ面にして包丁を握り直し、まな板へと向き直った

「何でもねえよ」

「……Ja……そうか」

ウィンクライドは小さく頷き、上着を脱いで台所へと行き

片隅へと置いてある自身の荷物へとそれを入れた

「……おい、ウィン」

「Was?」

「荷物……空いてる箪笥ってか、本棚か?それがあるから、そこにでも入れとけよ」

「……Ja」

「あと、もう一つ」

「Was」

「……今から、料理すっから、ちゃんと見てろ。勉強しろ。いいな?」

「…………Ja」

頷くウィンクライド

眼鏡の下のその瞳が密やかに、優し気に細められた

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