第7話 Geh nach oben

ともあれ、

ウィンクライドを解雇するという目論見は失敗に終わった訳である。


(ああ、畜生)


晴樹が忌々しげにウィンクライドを睨み付けるも

ウィンクライドは相変わらずの無表情で佇んでいる

涼しい瞳の色やら、整った顔立ちのせいで尚のこと憎たらしく感じる


「ハルキ」

「何だよ」

「俺は、何処の部屋にBleibeny……滞在すれば良い?」

「あ?」


そう、父親もウィンクライドも言った

『住み込みのハウスキーパー』


空いている部屋ならばある

このマンションは正直、一人暮らしをするには広過ぎる程の間取りなのだ


だが、晴樹は言った

「空いてる部屋なんかねえよ。うちに泊まりたきゃあ台所にでも寝てろ」

「Ja」

ウィンクライドは頷き、自身の荷物を台所の片隅へと運び置いた


(-ちょっとぐらい、嫌がれよ)


感情一つ見えない淡々とした所作が、益々もって憎たらしい


(こいつ、どうやって追い出すか)


悩みつつ、晴樹はコンビニから先程買って来た物をビニール袋から取り出した

そうして、電子レンジに入れて、温め時間通りの設定でスタートさせる


「ハルキ」

「何だよ」

「それは何だ」

「豚骨ラーメン」

「『トンコツラーメン』とは、何だ」

「……あー……さっき言ってたレンチン飯の一つな」

「そうか」

理解した、とばかり頷くと、ウィンクライドは電子レンジを見ている

やはり表情は変わっていないが、興味深そうに見える


「……なあ、お前。ウィン」

「Was、何だ」

「まさか、電子レンジ知らねえとか言うんじゃねえだろな」

「Ja、その物に関するAnerkennung……認識は、ない」

「マジかよ……」


(じゃあ、どうやってさっきの飯温めようとしてたんだよ……)

薄ら浮かぶ疑念。

深く考えるに、先のフライパン炎上事件の事もあり、恐ろしい事柄しか浮かばない。


(……考えねえ方がいいな)

晴樹は、考えるのを、やめた。


レンジの温めが終わると、晴樹はそれを手に取り

さっさと自室へと引きこもろうとした


引きこもろうとしかけて、ピタリと足を止め

晴樹はウィンクライドの方を振り向きもせずに言った

「風呂場も、他の部屋も、掃除するとこまだまだあんだろ?リビングだけ掃除しても仕事終いにはなってねえぞ?」

『次に何をすればいい』と聞かれる前の、先手である。

「Ja」

ウィンクライドが動く音がする

「あ、俺の部屋には入んなよ?絶対入んなよ!?自分の部屋だけは自分で片付けっつから!」

「Ja」


了解、の言葉を聞くと、晴樹はそのまま自室へと引きこもった


(……で、レーションって何だ)

ウィンクライドが持参した、パッと見た所レトルトご飯にしか見えない其れが気になり、デスクに座ると晴樹は早速検索をかけてみた


レーションとは

保存性とカロリー摂取を主体とした食料であり、一般的には軍隊において用いられるそれを指してそう呼ぶ。

水を入れて石灰と反応させて発熱し温める、という方法を用いる物もあるが、基本的にはそのまま食する事が出来る物が多い


サイトにはその様な説明が、書いてあった。


「…………?」

(さっきのは、ミリメシかよ?)

晴樹は椅子から立ち上がり、部屋から顔だけを覗かせて、ウィンクライドを呼んだ

「おい、ウィン。ウィンクライド」


離れた場所で微かに聞こえていた掃除機の音が止み、ウィンクライドが別室から姿を現した


相当、耳がいいらしい。


「どうした、ハルキ」

「いや……お前さ、アレなの?……ミリオタか何かか?」

「Was……『ミリオタ』とは、何だ」

「ミリタリー好き、軍隊好きのオタク……軍隊マニアの事だよ」

「……」

微かに、ほんの微かにウィンクライドの表情が動いた様な気がする。


ウィンクライドは、大きく首を横に振った

「nine、Es ist anders.Absolut anders」

「あー、日本語でお願いします」

「絶対、違う」

「……そうかよ」


晴樹は再び、自室へ引きこもった

(めちゃめちゃ怪しい反応だったぞオイ)


再び椅子に座り、背もたれをギ、と鳴らしつつ

晴樹は思った

(やっぱ、ミリオタなのか……)


人形の様な顔をして、そういった事とは程遠そうな風なのに、意外なものだなと

その様な事をぼんやり考えながら、晴樹は先程温めた昼食を食べ、溜まっているメールの返信をし

今やほぼ日課となってしまった、とあるオンラインゲームを起動させた

様々な武器、兵器を使用出来る様な、殺伐としたゲームだ。


(……ミリオタ、なあ……)

晴樹は暫しそのオンラインゲームで遊んだ後は、筋トレやら漫画を読むやらして、時間を潰していた


リビングに散らかしていた様な、いわゆる「エロ本」は、自室には置いていない。

あれは実を言えば家政婦や、家政夫追い出しの為の武器の様な物であったのだ


(んな、本にすがる程、不自由してねえっつーの)

晴樹は一人、心の中で呟いた


(ま、パリパリにしときゃ良かったかなあっていうのはあるが)

すごく余計な事も、呟いた


狭い部屋。と言っても一般から見れば十分広いであろうそこで適当な時を過ごして、気が付けばもう夕刻過ぎ-夕飯時過ぎ、である。


(あー、今日も、無駄に過ごしちまったな)

晴樹はそんな事を考えながら、財布を手に、自室から出た


「うおっ!?」

思わずそんな叫び声を上げ、晴樹は壁でゴッ、と思いっきり後頭部を打ち付けた


無理もない


暗闇で、ウィンクライドが例の『ジャパニーズ・スタイル』で鎮座していたのだ


「お前!!何やってんだよ!!」

「Reinigung……清掃が全て、終わった」

「いや、だからって、何でお前、こんな暗いとこで正座してんだよ!アホか!?」

「Anweisung……次の指示を受けるまではWarten Sie……待機しておくべきと認識した」

「……あー……そうかよ」

興味無い、その様な感じの言葉を返すと

晴樹はさっさと玄関へと向かった


「Wohin gehst ……何処に、行くのか?」

「夕飯買いに行くんだよ」

「ユウメシ……?」

「……あーもう、夕食な。夜の、食事を買いに行くんだよ!!」

「Abendessen……」

「誰かさんが、飯作りにクソの訳にも立たねえから、それでな」


晴樹は、自炊が出来ない訳ではない。

昼間に、ウィンクライドが食材を少々使った訳ではあるが

別にそれで冷蔵庫の食材が尽きた訳ではない。


ただ、調理が面倒な時には、コンビニエンスストアにて、レンジで温めれば良い食事をちょこちょこ購入している。

重ねて今は、面倒というよりも、キッチンに立ちたくなかったのだ。

キッチンに立てばまた、ウィンクライドがあの青い、妙に澄んだ瞳でじっと…

観察と思しき目を向けて来るであろう

それが嫌で、昼間に続いたコンビニエンスストア選択である。


ウィンクライドが立ち上がり、晴樹に歩み寄った

「Begleitend……同行、する」

「は?」

「俺も、ハルキと共に行く」

「何でだよ?」

「………………Sorge……気に、なるので」

何やら間が空いた上での回答に

晴樹は眉を寄せた

「何だよ……さっきの電子レンジみてえに、気になるって事か?」

「Ja」

「……連れて行かねえからな。お前は家にいろ、いいな?」

「……」

「いいな?命令だ。御主人の命令聞くのも、ハウスキーパーの仕事だろ?」

「…………Ja……」


やはり、間を置いてのウィンクライドの返答


晴樹はそれを聞くやさっさと部屋を出て、外出した




(連れて行けるかよ、あんな奴……)

日暮れが遅くなったとはいえ、すっかりと暗くなった道を歩き、晴樹はコンビニエンスストアへと向かう


-あいつとは、絶対に並んで歩きたくねえ。つーか…

(どうやって、追い出すよ?)

ネットゲームをしながら、その他暇つぶしをしながらもずっと考えていたのであるが、未だに名案が思い付かない


(もういっそ、直接的な嫌がらせに移るか?水ぶっかけるとか、掃除してる横からゴミ散らかすとか……)


コンビニエンスストアに着いて、雑誌コーナーで適当な雑誌を手に取り立ち読みなどしながら、晴樹は考えた


(……「俺と殴り合いで勝ったら、ハウスキーパーとして家に居ていい」って約束を取り付けてみるとか……)


考え、晴樹は一人小さく頭を振る

(いやいや……流石に、あの面ボコボコにするのは、気がひけるぞ)


あの整った顔に拳を喰らわせて、青痣やら創やらを遺すのだとシミュレートをしてみるに、罪悪感が膨らむばかりである


(どうすっかなあ)


雑誌をラックへ戻し、晴樹はゆっくりと、出来るだけゆっくりと商品を選び

晴樹は買い物を済ませた


その帰り道ものたりのたりと、牛歩で

更には回り道などしながら、実にゆっくりとマンションに向かい歩いていた


(あー、帰りたくねえ……)


帰れば、ウィンクライドが居る

正直、一人の空間に誰かが入って来るのは本当に、御免こうむりたくあった


(……どっかビジホにでも行くか?)


財布には十分な金が入っている。クレジットカードも持っている

このまま、帰宅しないという選択も可能なのである


(そうするか、さっき晩飯も買ったところだし)

そう決断して、踵を返し

駅前のビジネスホテルに向かい歩き始めて、晴樹はふっと足を止めた


(-あれ?)


昼間の事を思い返す


(-そういや、あいつ昼飯食ったのかな)


暗闇で鎮座をしていた、ウィンクライドの姿が頭に浮かぶ-


「……」

晴樹は、盛大に溜息をつき、何とも苦い面持ちを浮かべた



-------



エレベーターで上がり、自室の前へ

そうして、ドアのノブに手を掛けた時-

「ハルキ」

背後から声を掛けられ、晴樹がバッと振り返ると

「うおっ!?」

すぐ真後ろには、ウィンクライドが立っていた

「お前、留守番してたんじゃねえのかよ?」

「……Ja、家に居た」

「じゃ、何で俺の後ろから現れるんだよ?」

「……Geh nach Hause……ハルキが、Um welche……何時に戻るかと、部屋と、エントランスをAbwechselnd……行き来、していた」

まだ戻らないか、と延々行ったり来たりしていたのか。

「……犬かよ」

晴樹は呆れた顔をしてウィンクライドを見遣り、その肩をポンと叩いた

「オラ、帰って来てやったろ?家に入るぞ」

「Ja」



部屋に入り、台所に荷物を下ろすと

晴樹はコンビニエンスストアのビニール袋から弁当を一つ取り出して、ウィンクライドに差し出した

「Was?」

「お前の分……あー、お前の夕食、な」

「……」

ウィンクライドはそれを両手で受け取り、じっと見つめる

「……『レンチンメシ』か」

「そうそう、レンチン飯な、ほれ、電子レンジの使い方教えてやるから、来い」

「Ja」


各々弁当を手に、電子レンジへと向かい

晴樹とウィンクライドの電子レンジ講習が始まった



「ハルキ、レンチンメシが燃えている」

「どこをどう押したらそんな事になるんだよ、バカヤロー!!」


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