第6話 Zweifel

「……」

晴樹は、何も言わない

「……」

ウィンクライドも、何も言わない


晴樹が急ぎ鎮火にあたり

ウィンクライドもまた、即座火を消し止めるべく所作に移ったが故に

フライパンの炎上は、室内の火事に移行する事なども無く、事なきを得たのであるが


「……」

晴樹はソファに腰掛けて、思い切り眉を寄せてウィンクライドを見ている

「……」

ウィンクライドは、再びジャパニーズ・スタイルの正座となり、晴樹を見ている


「何か、言う事は?」

「……Es tut mir leid……申し訳ない」

「おう」

ウィンクライドを見据えたまま、晴樹は腕組みをしてふん、と鼻を鳴らした

「で、お前、一体何な訳?」

「俺はHaushälterin……ハウスキーパーだ」

「……人ん家燃やそうとするハウスキーパーなんて、聞いた事ねえぞ」

「Es ist……『フヨノ事故』という奴だ」

「…………『不慮の事故』な」

「Prozess……勉強に、なった」

「……あ、そ」

渋い顔をする晴樹

「……なあ、ウィン。お前……」

「Was……何だ」

「もう、帰れ。お前要らねえから」

「Nine、そういう訳にはいかない」

「いやいや、帰ってくれ、頼むから帰ってくれ。これ以上何かやらかされたら困るから」

「Beunruhigt sein……それは、困る。Lebe in……住み込みとしての、ハウスキーパーとして、契約をした」

「……じゃ、契約切れるまでお前ホテルかどこかに泊まってろよ。それでいいから、金がねえっつーなら払ってやるから」

「……Mission……任務を遂行しなければならない」

「何の任務だよ」

「……ハウスキーパーの、だ」

「……」

頭を抱える晴樹

頭を抱え、膝頭に額を付け、はぁーっと溜息を漏らすと

ガバっと顔を上げて、スマートフォンを握り締めた

「じゃあてめえはもう、解雇だ。親父に言って辞めさせて貰うからな?」

「カイコ……Cocoon……繭、か」

「違う!ハウスキーパーを辞めさせるってんだよ!馬鹿!!」

そう言うや、晴樹はスマートフォンで、Lineを触り始めた


『親父、今日来た家政婦のウィンクラウドとかいう奴の事なんだけど』


直ぐに着信音が鳴り、父親からの返事が返って来る

『晴くん!やっとお父さんにお返事くれたね!!嬉しいよ』

やっぱり可愛いスタンプ付である


(浮かれてんじゃねえ!アホ親父!!)

思い切り苦々しい顔になりながら、晴樹は返事を打ち込んだ


『あいつ、辞めさせてくれよ』

『それは駄目だよ、彼は優秀なハウスキーパーだからね。あと、家政婦じゃなくて家政夫(男の人だからね!わかるだろ?)で、名前はウィンクラウドじゃなくって、ウィンクライドだよ』


父親の返事に、唇を噛み締める晴樹

ピロン、と自分のスマートフォン以外の場所から着信音が聞こえた


音の方を見遣ると、ウィンクライドがスマートフォンを……自身の物なのだろう、それを取り出して、確認している。

そして、何事か打ち込んでいる


「……」

それを一瞥すると、晴樹は父親への返信を打ち込んだ


『あいつ優秀なんかじゃねえぞ、料理出来ねえし、家燃やされるところだったぞ!!』

『えー!?』


父親からの返信が、そこで止まる


ピロン、とウィンクライドのスマートフォンが鳴る

ウィンクライドはそれを確認し、返信を打ち込んでいる


そこで晴樹のLine着信の音も、鳴った

『多分、初日だったから彼も緊張していたんじゃないかな?日本での仕事は初めてだったみたいだし、晴くんみたいなカワイイ男の子のお世話なんて初めてだと思うしね』

ニッコリとした絵文字付きである


ちなみに、晴樹は同年代の中では長身で、どちらかといえばガッチリした筋肉質タイプである。

『カワイイ』のカテゴリーには……まあ、一部分の人物達からは入るのであろうが、一般にはそれに含まれないであろう。


(何が「カワイイ」だ!!アホ親父!!気持ち悪い事言ってんじゃねえよ!!)

スマートフォンを握り潰しそうになりながら、晴樹は返事を打ち込んだ


『とにかく、俺はあいつ嫌だから、頼むから辞めさせてくれねえか?』

『それは無理だよ』

『何でだよ!?』

『だから、彼はとっても優秀なハウスキーパーだから』

『優秀じゃない、絶対優秀じゃない』

『大丈夫だよ。まだ初日なんだからさ、これからだよ!もう少し一緒に居てあげて?そしたら、彼がちゃんとした家政夫さんだって分かると思うから!!』

またも、ニッコリと笑った絵文字付きである


「…………」

スマートフォンをガン見してしょっぱい。非常にしょっぱい面持ちをする晴樹


そんな中ピロン、ピロンとウィンクライドのスマートフォンがやたらに鳴り出し

ウィンクライドはそれに返信しているのだろう、懸命にスマートフォンを触っている


「……」

晴樹は立ち上がり、スマートフォンを触るウィンクライドに近付いた。


「おい」

「Was?」

「お前、それ……親父からライン来てんだろ」

このタイミング。

複数のアカウントでそうやっているとしか思えない

父親なら、スマートフォンを二機あるいはそれ以上持っていてもおかしくない。


ウィンクライドは頷いた

「……Ja」

「見せろ」

晴樹は、ウィンクライドが答えるより先に、彼のスマートフォンをひったくって画面を確認した。

思った通り、Lineの真っ最中であった

ラインの画面は-


『Es zählt möglicherweise nicht viel, doch du hast meine Unterstützung』

『Danke für eure Hilfe』


「読めるかぁぁ!!」

ウィンクライドのスマートフォンをボスっとソファに投げつける晴樹

ソファに投げつけた辺り、まだ理性があったというべきか、優しいというべきか


ウィンクライドは投げつけられたスマートフォンをそっと、取り戻す。


『大体何で外人なんて雇ったんだよ!わけわかんねえよ!!!!!』

『いや、晴くん前にハウスキーパーさんの事ブサイクとかブスとか言ったり、何だかエッチな事言ったり……他にも、色々な事して追い出しちゃったでしょ?だから、ちょっと意思の疎通難しそうで顔の悪口とか言えない様な美形の人、そして我慢強い人って探して、彼にしたんだよ』


「……」

確かに、顔立ちに関しては全くいじれない、悪口の一つも浮かばない。

そして確かに、意思の疎通は出来ているのか出来ていないのか。

そしてそして、我慢強い……のだろうか


(……ぜってえ、追い出してやるぞ!!)


『あんたが契約打ち切らねえなら、絶対追い出すからな』


それだけ打ち込んで、晴樹はLineを切った

即座、返信が来ただろうが、もう後は知らんぷりである


その傍ら、ウィンクライドの携帯にはまた、Lineの着信があり

ウィンクライドはいそいそとその返事を打ち込んでいる


「おい!!」

外人、とも言わず名も呼ばず、晴樹がウィンクライドに向かって怒鳴ると

ウィンクライドは手を止め、晴樹の方を見た


「……親父と、何て遣り取りしてんだよ」

「…………『ガンバレ』と、言われた」

「…………他には」

「……Geheimnis……秘密、だ」

「……!」


晴樹が再び、ウィンクライドからスマートフォンをひったくり、画面を見遣る


『Bitte komm in mein Büro.Ich habe etwas zu besprechen』


「だから読めるかぁぁ!!」

再び、ソファにボスっとスマートフォンを投げつける晴樹


-コントか。

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