第5話 Friedlich……?
『ウィンクライド・リース』
それが、この外国人の名前であるらしい
そして、その名を聞いた晴樹の反応はと言うと
(……長え名前だな、呼ぶの面倒臭え……苗字の方で呼ぶか?)
その様に考え込んでいる間も
「……」
男-ウィンクライドは、きっちりと正座をしたまま、動かない
「……何て呼べばいい?」
「ハルキの好きな様に呼んで構わない」
「そうかよ」
晴樹は再び考え込むと、悪辣とした薄い笑みを浮かべて言った
「じゃあ、『ポチ』でどうだ」
「Ja」
既に何度か聞いたウィンクライドの返す言葉
多分おそらく「イエス」「はい」という意味なのであろう
「……」
何とも言えない顔で、ウィンクライドを見る晴樹
「……」
ウィンクライドもまた、晴樹を見つめ返している。
こちらは全くの無表情である
「じゃあ、『タマ』な、タマにしよう」
「Ja」
再び、ウィンクライドから短い言葉が返される
そして、それ以上の反応は無い
「……やっぱ『太郎』な、太郎」
「Ja」
さらりと返事が返される
その表情は変わらない
「……『花子』にしようか」
「Ja」
同じく、さらりとした返事、変わらぬ表情
「……いっそ『マネキン』とか呼んでやろうか」
「Ja」
反応、変わらず
「…………あー、『馬鹿太郎』とかどうだよ」
「Ja」
「……………………『阿呆吉』って呼ぶぞ」
「Ja」
「………………!」
思わずウィンクライドに掴みかかる晴樹
「何で、何言っても平然と返事してんだよ!!」
「Bezeichnung……俺が好きに呼んで、構わないと言った」
「いや、おかしいだろ!?どう考えてもおかしい名前で呼んだんだぞ!?」
「そうなのか」
実にあっさりした返事。
どうやら、変な呼称だという認識すら無かったらしい
晴樹はウィンクライドから手を離して、ガクンと項垂れた
「ハルキ?」
「……」
「alles in Ordnung?……どうした」
「……ウィン」
「Was……?」
「……お前の事……『ウィン』って呼ぶ事にするからな」
「……」
「……ウィンクライドじゃ、長えし」
「Ja……了解した」
ウィンクライドが深く頷く
は、と溜息を洩らし、晴樹は座り直した
「で、ウィン」
「Ja」
「お前、どこの国の出身だ?」
「Berlin……Deutschlandだ」
「…………ドイツ?」
「Ja」
「日本に来たのは?」
「Eine Woche………一週間、前だろうか……」
「何でドイツからわざわざ日本に来て、ハウスキーパーになったんだよ?」
「vertrag……契約だからだ」
「いや、だからよ……」
晴樹は首を捻りつつ、ウィンクライドを見て言った
「おかしくねえか?何?お前、外国で『日本でハウスキーパーやってくれ』ってスカウトされたのか?」
「…………Ja」
「お前何なの?めちゃめちゃ家事上手いとか、何とかそういう奴なのか?」
「………………Wahrscheinlich…………そう……かも、しれない……」
何やら、歯切れの悪い回答になって来た
-訳アリ
晴樹は、ウィンクライドの弱点を此処に見出したとばかり
またも悪辣な笑みを浮かべた
「そうかそうか、ウィンさんは海外からスカウトされちまうぐらいに家事が上手いんだなあ?」
「…………Ja」
「じゃ、腹減ったし、飯作ってくれるか?」
「『メシ』……?」
「……食事、な……今、昼食の時間だろ」
そう言って晴樹が壁の時計を指差すと、ウィンクライドは了解とばかり頷いた
そうして彼が持参した小さなトランクを少しばかり開き、おもむろにパック詰めされた物を数個、取り出した
「……何だ、それ……」
「Rationだ」
「は?……レーション……?」
「栄養価が高い」
「や、栄養っつーか、ちょっと……」
「直ぐに温める」
「いや、待ておい!!」
『レーション』とやらを抱えて立ち上がり、台所へ向かおうとするウィンクライドの肩を掴み止めた
「待て!!」
「……Kalt……冷めたままの方が、良いのか」
「違う!」
違うぞ、とぶんぶん首を横に振って、晴樹は全力で否定の意を告げる
「お前そんなレンチン飯みてえな奴を雇用主に出すつもりじゃねえだろな!?」
「Arbeitgeber……コヨウヌシは、ハルキの父だが、それで『レンチンメシ』とは何だ」
「分かってるよ馬鹿!!けど、お前俺の家政夫……ハウスキーパーだろうが!ハウスキーパーがそういう簡単な飯を出していいのか?って話だよ!!レンチン飯っつーのは、アレだ、フライパンやらを使わない、簡単な飯って事だ!!」
「……Rationは、一般家庭では、Nicht gut……出してはいけないのか……」
「ああ、そうだ」
漸く事を理解したらしいウィンクライドに、晴樹はふんと鼻息も荒く頷いた
「もうわかったな?じゃ、ちゃんとした飯を作ってくれよ?ほら」
そう言ってクイ、と親指で台所を示すと
「……Ja」
ウィンクライドは言われた通りにレーションとやらを自身の荷物の中に戻して、単身台所へと向かった
「…………」
ウィンクライドは、コンロ前に立ち尽くしていた
冷蔵庫は確認した、食材はきっちり入っている。
調味料も様々な物が揃っている。
そして、調理用のバターや、油も
じっ、と立ち尽くしたままのウィンクライド
表情は相変わらず全く変わらぬままであるのだが
明らかに困惑しているのが、空気で読み取れる
「あれ~?どうしたのかな~?凄腕ハウスキーパーが、まさか料理出来ねえなんて訳ねえよなぁ……?」
立ち尽くすウィンクライドの背後から、晴樹がひょっこりと顔を覗かせ
相手の顔を見ながらニヤニヤと煽りの言葉を向ける
「……」
ウィンクライドは相変わらず表情を崩さず、ちらと青い瞳を晴樹に向けてから直ぐに視線を冷蔵庫に向け
食材を取り出し、調味料諸々を取り出し、そしてフライパンをコンロの上に置いた
「おっ?」
料理が始まるか、と見守る晴樹
「おお……」
ウィンクライドがフライパンに油を入れ、そうして食材を
「…………えっ」
よく見れば油はフライパン淵ぐらいにひたひたであり、手早くぶち込まれた食材は洗ってもなくざく切りどころか『ざっくばらん切り』であり
「いやいや……おい、待て……」
ソースを入れたかと思うと何故だか醤油も同時に注ぎ入れ
「ちょ、おい!待て待て!!」
最終的に、料理酒まで注ぎ込み
「おいー!!」
フライパンが、炎上した
「 Tut mir leid……済まない……Feldkochherd……料理は、経験が無かったので……」
「早く言え!アホー!!お前マジふざけんな!!」
淡々と言うウィンクライドに怒鳴り散らしながら
晴樹は必死で消火活動を行った
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