第4話 versuchen

「俺、男にしか興味ねえんだよなあ……」

男に顔を近付けて、晴樹が再度、男に囁く


触れたシャツ越しの、男の胸板は

薄い感はあるのだが、非常に硬い


そわそわ、そろそろと彼の身体をなぞるが

男はと言えば、じっと晴樹を見詰めるばかりであった


(……何だよ、何で、何の反応もねえんだよ……)


ならば、と

晴樹はもっと過激な行動へと出た

「……な、別嬪さん。アンタ、こういう経験とかあるんだろ?」

晴樹が少しばかり見上げねばならぬ、長身の相手

彼は確かに別嬪、との単語を繰り返したくなる程に、美麗である

中性的な、至極整った顔立ちをしており

その白い肌は滑らかに見え、眼鏡の下の涼し気な青い瞳もまた、澄んだ湖の様に美しい

晴樹の目から見ると、正直な処

(-ムカつく)

同性として、嫉妬を覚える程の美形であるのだ


(あーあー、さぞ、女にモテる事だろうよ)

膨らむ嫉妬、そして薄々感じる偏見。


(……もしかしたらこいつ、マジで「そういう目」にも遭って来たんじゃねえのかよ?)


例えば、同性を好む男なら放っておかないだろう

度々、嫌な目にも遭って来たのではないのか


(慣れてんだろ。ちょっとやそっとの事じゃあ、逃げねえって事だよな……)


一向に、何の反応も示さぬ男に、晴樹は業を煮やし

もう少し、積極的な手段に出る事にした


ぐ、と男の下肢の……男としての急所を握り込む

僅か、ほんの僅か、男の眉が動く様子が目に留まった


してやったり、とばかりに晴樹の表情が緩む


後少し、一押しすればこの美麗の外国人は立ち去るのではないか

晴樹は、熱い吐息を以て、男に囁いた

「な……ヤろうぜ?」

「……『ヤろう』とは何だ」

「わかんねえのかよ、セックスだ、セックス」

「……」

形の良い唇を閉ざす男。

長い睫毛を伏せ、青い瞳を一たび、そっと閉ざす


-この、反応は。


(勝った!これでこいつも流石に嫌になっただろ!)

今から……!或いは数日で此処を出て行くだろう!!と

晴樹は『勝利』を確信した


勝利の快哉を脳裏にて、叫ぶその時

男は、ぽつりと答えた


「……Ja、了解した」

「あ?」


思わず妙な声を漏らしてしまう晴樹


男はそんな晴樹の反応を-初手の頃と同じく、やはり気にもせず

自らのシャツを脱ぎ落した


そうして、自身のズボンと、下着さえもさっと脱ぎ落し

「ちょ!待て待て!!やめろ!!脱ぐんじゃねえ!!うお!?チンコしまえ!馬鹿野郎!!」

至極慌てまくる晴樹に全力で止められ、そして脱ぎ去った衣服を再び着せられた


それから、時間が経過し-


精神的疲弊に、晴樹は床に倒れ伏していた


片や、男は掃除をきっちりと終えて掃除用具を片付け

晴樹の前に鎮座していた

涼しい、実に涼しい面持ちである。


「ハルキ」

「……何だよ」

「……Kranker Zustand……身体の、調子が悪いか……?」

「……いや……何ていうか……」


(誰のせいだよ……)


否、誰のせい。でもなく晴樹自身のせいであるのだが

自身がこの目の前の外国人にセクシャル・ハラスメントとおぼしき動きを見せ

そうして、返り討ちに遭い、一人で轟沈しただけであるのだが


そんな晴樹を、男はじっと見守っている

その瞳は……表情こそ変わらぬのだが、晴樹を心配している様にも見える


「……」

晴樹はゆっくりと身を起こして、ぐ、と

至極不快気に眉を寄せた


「……」

男は、何も言わない

ただじっと、晴樹の様子を見詰めている


「……何、正座してんだよ」

「Diese……これが、『ジャパニーズ・スタイル』だと聞いた」

「……あ、そ……」

はあ、とため息をつき、晴樹は相槌を打つ

先の様にハラスメント行為に出る気力もない


(こいつ……どうするかなあ)


正座をする男の前で、胡坐をかき

晴樹は自棄を起こした様にガシガシと自分の頭を掻き毟ったり、深くため息をついたりした


その間も、男はじっと正座をしたまま、晴樹を見ている


「……」

晴樹は難しい顔で、黙ってそんな男を見つめ返した


その時晴樹はふっと、何らかの引っ掛かりを覚えた

(ん……?あれ……さっき……何か……?)


その引っ掛かりが何であるのか

考え、思い返してみるが、今の晴樹には何も分からない


薄い、靄の様な物が頭に掛かるが

今の晴樹には、どうにも出来ない


はぁぁ、っと

盛大な溜息を漏らすと、晴樹は男へと問いを向けた

「外人……アンタ、名前は?」


男は一度、二度と瞬き

そうしてから小さく息をつき、答えた


「ウィンクライド・リース」

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