第2話 Begegnung

「次の便で到着する筈です」

「……大丈夫なのか」

「ええ、日本語も相応に話せる、という事ですが」

「……いや、そうじゃなくて……」

「何ですか?家事が出来るかどうか……」

「それも、あるが……」


スーツの男性が二人

空港の、到着フロアにて

難しい面持ちで言葉を交わしながら、待機している


どうやら、人を待っているらしい


「じゃあ、一体何が気になるんですか」

「……彼の噂も聞いているし、写真も確認した訳だが」


話す最中、続々とゲートを抜けて乗客がわんさと出て来た

国際便も在る大きな空港である、ほぼ同刻に着陸する飛行機もある


二人は乗客たちに注視した


「……随分賑やかしくなって来たな」

何やら、ゲート前が騒がしくなって来た事に、男の一人が首を傾げる

主に、女性のざわつく声が多く聞こえる

「アレじゃないですか。多分、芸能人が到着したとか何とか」

「そうか……だと、良いが」

「え?」

もう一人の男も、首を傾げた


「……」

「……」

会話をしていた二人は口を閉ざし、じっと到着ゲートを見詰めた


女性の賑やかしさは、どんどんと増して行き

それに惹かれる様にして、女性の数はどんどんと増えて行く


「……だから!個人機にしろと言ったんだ!!」

「え、ええー……まさか……ねえ……」


すっかり女性まみれとなった到着ゲートに、二人は慌てて駆けて行った


--------


「はあ……」

気怠げに溜息をつきながら、晴樹はエレベーターを降りた


手には大きな、コンビニのビニール袋

もう片方の手には、スマートフォン


親から届いたラインを、ろくに内容確認せぬままに『既読』にする


返事はしない。-既読、無視


「五月蠅えっつーの、毎日毎日」

ぼやきながら、スマートフォンをポケットへと仕舞い込む

「好きで入った学校でもねえんだしよ……」

そうして鍵を取り出して、自分の部屋へと向かい


「……は?」

晴樹は、足を止めた


自分の部屋の、ドアの前に何者かが佇んでいる


後ろ姿であり、顔などは確認出来ないが

すらりと背の高い、痩せ型の男の様である


髪の色は黒い。艶があり、何と言えば良いのだろうか

鴉の羽根の様に何処かしら青みのある黒-

いわゆる『緑の黒髪』という奴である


そんな人物が、自分の部屋の前に佇んでいるのだ


(何だ?)

怪訝に眉を寄せ、晴樹はゆっくりとその人物に近付いて行った

拳を固め、そして手に下げたビニールの持ち手を握り締め、いざとなったらそれさえ武器に出来る様にしながら


「-おい、アンタ。部屋間違ってるぞ」

晴樹がそう声を掛けると、男はゆっくりと振り返った


晴樹は思わず、息を呑む。


黒髪であるが故、てっきり日本人であると思っていたが

その人物の瞳は青く、肌の色は陶器の様に白い


(……外人かよ……参ったな)


「……」

男は何も喋らず、まじまじと晴樹を見詰めている


暫し、考え込んでから晴樹は再び、男に声を掛けた


「あー……えっと……ディスルーム、イズ……」

「……日本語は、分かる」


(分かるのかよ!!早く答えろよ!!)


心の中で目の前の男に突っ込みを入れつつ、

そして気を取り直して今度は日本語で語り掛けた


「ここは俺の部屋だぞ……アンタ、部屋間違えてっから。で、部屋入りたいんで退いてくれるか?」

「分かっている。間違いはない」

「は?」

淡々と返される言葉に、晴樹が眉を寄せると

男は手にしていた書類をちらと見て、晴樹を見て言った

「『ハルキ・リクサカ』?」

「あ?……ああ、そうだけど……何だよ」

相手に再び、警戒心が膨らむ晴樹

見知らぬ相手が違いなく自身の名を呼んだのだ、無理もない


男はそんな晴樹の反応を気にも留めず、続けた

「本日より、貴方のhaus……部屋にて、ハウスキーパーを務める事になった」

「はあ!?」

唖然とする晴樹。そして直ぐにしかめ面となる


(クソ親父、また『いつもの』かよ)


「生憎だが、そんなモン欲しいぐらい困ったりしちゃいねえ、帰ってくれ」

「そういう訳にはいかない。Ein vertrag……コヨウ、契約も済ませている」

「契約済ましてようが何だろうが、ハウスキーパーなんか要らねえんだよ!帰れ!」

「nine、それは不可能だ」

「……」


苛立った、晴樹は苛立った


男の涼しい、人形の様な顔に、淡々とした男の語調に、時折混ざる英語か何か分からない外国語にも、苛立った


「……っ……お前が、何と言おうが!兎に角要らねえ!お前が帰らないなら、俺もこのまま此処に立ってるからな!部屋の鍵なんて開けてやらねえぞ!!」

部屋の鍵を開けねば、入れない。

ハウスキーパーとしての仕事も、務められない

さあ、どうする


困れ。


晴樹がそう思った処で

「問題無い」

と、男の淡々とした答えが返って来た

「鍵ならば、預かっている」

そう言うや、男はすっと鍵を-晴樹が持っているそれと同じ鍵を取り出して

ノブ下の鍵穴へと差し込もうとした


「いや!ちょ!待て待て待て!!」

慌てて男の手を掴み止める晴樹

「お前!何で鍵持ってんだよ!」

「ハルキのVater……父君から、預かった」

「何だと!?」

「……此れが無いと、Herrenhaus……マンションに入れないから、と」

「…………!!」


そうである

このマンションは、エントランスもオートロックなのである


故に、この男が此処まで入り込んでいるという事は

そして自分の部屋が目的の場所であるという事は


……である。


(畜生!!クソ親父!!)


晴樹は、心の中で絶叫した

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