ハウスキーパーは外国人

青沼キヨスケ

第1話 Ouvertüre

「全て」が終わったのだ。と知り得て-


起こるのは快哉ではない


ただただ、深い安堵

そして、脱力


喜々、とするのは呼吸の間を経てからの事


解放されたのだ

そう、確信してから、暫くの間を以て

じわじわ、じわじわ、と喜悦に近い感情が溢れ出て来る



一つの戦争が、終わった。






「正規軍は、凱旋かい」

肌のよく焼けた兵士が、遠く行く兵士の一団を見ながら

ふっふっと小さく笑いながら、ぬるい瓶ビールを呷り、呟いた

「まあ、俺達にゃ関係ねえか……栄誉じゃあねえ、金。だからなぁ」

そう呟き、またぽつりと小さく呟き直す

「-金と、情熱。かねえ」


埃、未だ硝煙の匂い残るその場で

兵士はぐびりとビールを呷った


そこへふらりと一人の白人兵士が入って来る

小麦肌の兵士は人好きのする笑顔で彼を迎えた


「よう、『ユキヒョウ』!!」

「……」

『ユキヒョウ』と呼ばれた兵士は表情一つ崩さず、言葉を返さず

ただコクリと小さく頷き挨拶を返した


小麦肌の兵士はその白人の兵士-『ユキヒョウ』に頷き相槌を打ち

まだ開いていないビールの瓶を勧めるが、『ユキヒョウ』は軽く手を振り其れをやわりと拒んだ


そんな反応に慣れているのだろうか。小麦肌の兵士はそのまま、機嫌の良い儘『ユキヒョウ』に語り掛ける

「さっきのは最高にゴキゲンだったな!!ハッハッ、奴等、形無しだったぜ?『真の英雄は誰か』って、言ってやりてえよなぁ……?」

「……」

「……どうしたよ。随分辛気臭え-いやまあ、アンタはいつもそんな感じかね」


『ユキヒョウ』は表情一つ崩さず

そうして、強く抑えた片手を掲げて見せた


抑えている手からは、血が滴っている


「救急キットを貸してくれるか」

「一撃見舞われてたのか?随分血が出てるな、その様子じゃあ銃が掠ったか、ナイフでも-」

「nine……噛まれた」

「は?噛まれた?」

兵士は表情を少しばかり固めて言われるまま、救急キットを手に取り『ユキヒョウ』へと手渡すが、彼の一言に唖然とする


「何だよ噛まれたって。捨て身の輩とでもやり合ったかね」

「…………人質になっていた、少女が犬を抱いていた。犬までよく助かったものだと感心して手を差し出した処……」

「……噛まれた、と」

「ja……」

ぶはっ、と小麦肌の兵士が噴き出す

火の点いた様な笑い、爆笑である

「ハッハッ!そりゃアンタの血生臭さやら殺気やら感じて警戒したんだろうよ!!」

「……少女や犬に、危害を加えるつもりは無かった」

「いやいや。染みたモンを感じ取ったんだろうよ、犬も御主人守ろうとして、必死になるってな。何せ、アンタ-」

「……」

『ユキヒョウ』は表情を崩さず

黙々と己の手の傷の手当を始めた


失言であったか、と

兵士は一旦口を閉ざして仕切り直す


「なあ、ユキヒョウ。次は何処の戦争に行くんだ?アンタと一緒なら、ビッグファイトが楽しめる!教えてくれよ?」

小麦肌の兵士が身を乗り出し、喜々として『ユキヒョウ』に問い掛けると

『ユキヒョウ』は淡々と答えた


「日本だ」

「……ジャパン?」

小麦肌の兵士は思わず眉を寄せ、首を傾げる

「何だい、世界一平和な国じゃねえか。内乱やら何やらは起きちゃねえだろ……要人警護か?なら、俺は付いて行けねえなぁ」

「nine……」


止血を終え、包帯を巻いてから

『ユキヒョウ』は小麦肌の兵士を見遣って言った


「-----」


『ユキヒョウ』の答えの直後

小麦肌の兵士は目を皿の様にまん丸にして


そうして再び、火の点いた様な大爆笑をした






『ユキヒョウ』

類まれであり、強く、そして美しい-


そんな異名を持った傭兵が、数多の戦場を駆け巡っていたという。


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