第3話~留める衣~

 ざくっ、ざくっ……ざくっ。

「なんだよっ……なんなんだよ、いったい。なんだってんだよっ……このクソ砂漠はッ!」

 着こんではいるが、暑くはない。じりじりと燃える太陽も、熱さだけがない。ゆらゆらと揺れる蜃気楼じみた光景も、暑さのみがない。俺はただ疲労と、変わることのない砂漠だらけの景色のせいで、焦りから息が上がる。うざったくなって、前髪を上げるために巻いていたヘッドバンドを、むしり取るように引っ付かんだ。

「っだぁあああ! クソッ!」

 ついに耐えきれなくなった俺はバンドを外した勢いに任せて、砂漠の上に倒れこむように寝転がった。熱くはない。ゴロゴロと一通り転がってからごろんと仰向けに体勢を変え、俺は顔に腕をかざし、歯を食い縛って忌々しい太陽を視界から遮った。

「カミサマってのがホントにいるんだとしたら……」

 ぽつりと呟いた言葉に、これっぽっちも意味なんてこもっちゃいない。

「この俺を、助けられるもんなら……っ!」

 そ。ただの自棄だ。やけくそだ。

「助けてみろよッ……! カミサマよぉッ!!」

 どうせ誰も聞かない。誰に言うでもない、ただのやけくその叫びだ。それに応える声なんて、ないはずだったんだ。

「カミサマじゃないけど────ボクがキミを、助けてもいいかな?」

 この砂漠景色の中で、不釣り合いなほど落ち着いた声が、ぽつんと落とされた。続いて頭から真っ白な灰でも被ったかのような、青い、冷たそうな髪が視界に映った。

「あんた、は……?」

 逆光のせいで顔がよく見えない。目を凝らそうとした俺に、なにか、顔にかざした腕に巻きつく感触がした。

「うえっ……なんだ?」

 驚いた拍子に腹筋を使って飛び起きた俺は、げんなりと腕に巻きつくなにかを見やる。

 蛇、とかじゃないだろうな?

 目を向けると、蛇ではなかったが、うねうねと蠢く黄色い布が腕に巻きついていた。

 布……というより、リボンかこれ?

 リボンの先を辿ると、声をかけてきたヤツの手にある長方形の薄っぺらく、白い紙に繋がっていた。その形はまるで、というより、やはり────。

 手紙? なんで? 誰から?

 俺が尻餅をついたままぽかんとして手紙を凝視していると、まだあどけなさを残すガキンチョは、ゆっくりとした動きでソレを持ち上げた。

「キミの声(手紙)が届いた。だからここまで来れたんだよ?」

「はぁ? 声って……たかが手紙だろ? そもそも俺は手紙を書いた記憶はないし、ソレの中身は、文字じゃないのか?」

 俺はこのクソ砂漠に放り込まれてから一度も手紙を書いていない。届ける術も持たない。紙とインクすらないこんな場所じゃあ、手紙なんて書けねぇだろ。だから憶測だか、ガキンチョの持ってる手紙には文字なんてひとつも有りゃしないんだ。

「違うよ。文字なんて書かれてない。この手紙が届けるのは、助けての声だけだもの」

「助けての、声?」

「そう。ボクに手紙としての声が届くのは、ランダムなんだけどね。それと明確な助けての言葉だけが、この手紙に集まるわけでもない」

 ガキンチョは、困ったように首をすくめる。つーか助けての声だけが詰まった手紙って……いいや、このクソ砂漠も、十分非現実な話だった。

「手紙に巻かれたリボン、これが手紙の中身である助けての声のヒトのところまで、ボクを案内してくれる」

 ガキンチョがそう説明すると、俺の腕に巻きついてない方の……手紙についてる方のリボンの先端が勝手に浮かび上がり、ゆらりゆらりらと、まるで意思でもあるかのように、人間で言う手を振っているようなことをして見せる。

 なるほどな。だから声の主を、俺を見つけた意味も込めて、そのリボンが俺の腕に巻きついたって訳か。

「どうするの? ここにいつまでもいる気は、ないんでしょ?」

 話は終わったとでも言いたいのか、ガキンチョは俺の意思を問う。これからどうするのか、か……そういやさっき言ってたな、このガキンチョ。俺に「助けてもいいか」って。

「おいガキンチョ、あんたは俺をどこに連れていく気なんだ?」

 助けるもなにも、俺の行く場所が決まってなきゃ意味ねぇだろ。

「どこって、キミの生きてきた世界じゃないの? キミは戻りたかったから、助けを求めたんじゃ……違うの?」

 ああ違う。全くもって見当外れだ。俺は戻りたくなんかない。だって俺は、

「キミは……帰りたく、ないの?」

ひとりになれるどこかを、望んだんだから。


「そっ、かぁ……キミは、なにかしら願っちゃったのか。ひとりきりになれる世界に行きたい、とかね」

 毎日毎日、騒音だらけ。蒸気が吹き続ける機関車に鉄を打ち続ける音ばかりを耳が拾う日々。最初は、作れるだけで満足だった。車でも機械仕掛けの人形でも、生活の役に立つもんでも立たないもんでも、作りたい物を作り、自己満足でソレは俺の物だと実感できればそれだけでよかった。それがずっと続けばいいと思ってた。俺の作り上げた作品は、俺だけの物には決してならないと知ったときから、ずっと考えてたことだ。ひとりの殻に閉じこもれたらどんなにいいかって。俺の作るもんは、俺が認めたヤツ以外には、決して使わせねぇ。それが叶う世界なら、どこでもよかったんだ。

 目を合わせず、沈黙を貫く俺を見て、答えがイエスだと判断したんだろう。ガキンチョは勝手に話を続けた。

「でも見たところ、キミは望んだ場所に辿り着けた反面、ここには文字通り『なんにもない』……だから助けを欲したの? 水すらないこんなとこじゃあ、生きていくことも、なにかを作ることもできないから」

 ああ、全くもってその通りだ。我ながら間抜けな話だよ。自分で望んでおいて、ここじゃなにも作れないから、思ったのと違うからって理由で、勝手に助けを求めて。ここは俺の理想の場所だってのに、理想の場所で死ぬのがごめんだからって、居もしないカミサマなんかに頼ろうとするなんて。


「────だったら、ボクと来る?」

「は?」

 驚いて顔を上げる。そこで初めて、俺はガキンチョの姿をちゃんと見た。

 冷たい色の髪を二つ括りにし、ちっせぇ口に、俺に巻きつくリボンと同じ色のまんまるお目目。クソ暑そうなフードつきの長いマントを羽織り、星の形をした首飾りをぶら下げていた。

「ボクのとこにはたくさんの『セカイ』から声が届くから、キミの気に入った場所が見つかるかもしれないよ? それに、ボクなら簡単に、キミの創ったこのセカイと繋がることができる。だから、ほんとうの理想のセカイが見つかるまで、それまで、ボクのセカイに住む?」

 遠慮がちに、一歩後退りながらも、俺より遥かに若そうなガキンチョは言う。ああ……本当に、俺を助けてもいいのか迷ってんだな。俺が助けてくれって言うのを、待ってんだな。

『助けられるもんなら……っ! 助けてみろよッ……! カミサマよぉッ!!』

 ああそういや俺、コイツが来る直前にそう言ってたっけ。俺は外してたヘッドバンドをぎゅっと握りしめ、もう一度頭に巻き直す。

「そんじゃよろしく────俺の、カミサマ……」

 砂ぼこりを払い、立ち上がった俺は────俺の信じたカミサマについて行くことを、決めた。

「それじゃあ、いいよ。ボクのセカイへおいで」

 そう言って俺に背を向けるカミサマは、後ろに振り向いた拍子に被っていたフードが脱げた。フードの中から、またあの冷たい色の髪が姿を見せる。

 なんだっけ。この夜空みたいな、けど少し青みがかったこの色は……。

 そういや俺がまだちっせぇクソガキの頃、透き通るガラス玉に浮かぶ青を見て、とても綺麗だと感じた。その青の色は確か……アイ。そう、藍色だ。誰かから聞いた。藍は深い海の色、そして海は愛の源、涙のようにしょっぱい海の色の名前は、藍。


「ああ、そうだ。思い出した」

 急に声をかけられて驚いたんだろう。びくりと大袈裟に肩を跳ね上げる。カミサマって、存外びびりなんだな。

 恐る恐る、明るい色の瞳を揺らしながら俺に振り返るカミサマに、俺はずいぶん素直に、たった今思ったことを伝えた。

「藍、あんたの色だよ」

 よく、カミサマはアイに満ち溢れてるって言うもんな。

End


 おまけのカヨカちゃん

「あ、そうだ。ボクについて来るなら、きちんと名前を名乗らないとね。改めまして、ボクの名前はカヨカ。キミの呼びたいように呼んでいいよ──ルイくん?」


作者コメント

 俺の作ったもん、あんたになら使わせてやってもいい……俺になにかメリットがあんならな。


 月1投稿目指してたのにギリギリで本当に申し訳ありませんでした。

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