1_再会
朝起きて目が腫れている、なんて失態はしない。遺品を片付けている時に何度も泣いて、それを繰り返して学んだ。次の日に持ち越さない術を。
「おはよう、冬子さん」
「おはよ」
帰ってきた挨拶には少し心配の色が滲んでいた。自分では慣れたつもりでも、心の隙間はいくつもあって。なにかあるたびに刺激して私を弱らせる。
強くなりたい、そんな今日この頃。
食卓に並ぶお揃いのマグカップを見て心が柔らかくなる。私は一人じゃない。冬子さんがいるから一人じゃないんだ。
自分を慰めるその言葉がむなしく感じることもあるけれど、冬子さんが私を大事に思っていてくれるのは伝わるから、最近はそう思えば胸が晴れるようになった。
「今日遅くなるけど、先に寝てていいからね。夕飯も済ませて帰るから」
長い綺麗な黒髪を一つに束ねながら冬子さんが振り返る。
「私も今日遅くなるんだ!丁度よかったかも」
一人の夕飯はまだ寂しい。
今日は金曜日。京子が学校終わりにこちらまで来てくれるらしい。知り合いの家に泊まると言っていたから、多少遅くなっても大丈夫だろう。元々は夕飯前に帰る予定だったけれど。あとで京子に確認してみよう。
「お、早速お友達と?」
「残念ながら、」
笑顔を向けてくる冬子さんに、眉を下げて肩をすくめる。
「前の学校の子が遊びにくるの。キラキラの学園生活はまだ先かな」
「それだって十分青春。学生にとって近い距離でもないのに日代に会いに来てくれるんでしょ?いい友達を持ったね」
冬子さんが口角を上げて私の頭に手を置く。伝わってしまっただろうか、私の寂しさが。冬子さんがいなかったらきっと今頃こうして笑ってはいられなかった弱さが。
「うん!」
「今日も一緒に帰れないの?」
唯が私の手に自分の腕を絡めながら駄々をこねる。残念がってもらえることは嬉しいけど、今の私はただ眉を下げることしかできない。
「唯。日代さんが困ってるから」
「ごめんね、約束があって」
「日代さんが謝ることじゃないです!」
浦坂さんが私の腕から唯をもぎ取り、蓮のところに投げつけた。
長い付き合いじゃないとできないだろうと思う扱い。楽しそうで何よりだけど。
「手のかかる・・・」
浦坂さんも私のが伝染したかのように眉を下げる。やっぱりお母さんみたいだ。彼女がいるから唯もあそこまで元気にできるのだろう。
「日代でいいよ。敬語も・・・同級生だし」
新参者だから距離を取られているだけかもしれないとも思ったけど、つい気になって口にしてしまった。浦坂さんの口角が少し上がったのがわかった。
「じゃあ私のことも奈央と。いいですよね?」
「う、うん」
「ふふ」
どうやら私は彼女の策略にはまってしまったらしい。してやったとばかりに笑う奈央は今まで見た一面と違って、年相応の女の子に見えた。
「一緒に帰りたいのは私も一緒だからね」
照れるように顔を背ける奈央。まさか・・・ツンデレ属性か!なんてツッコミは置いといて。奈央もそう思ってくれていることが純粋に嬉しかった。
「ありがとう」
幸せだ。
弟に会えて、自分に好意を向けてくれる友人がいて。両親が私に幸せを分けてくれたのかもしれない、なんて。都合が良すぎるかもしれない。
気付けば学校の門はすぐ近くまで来ていた。柱の影からポニーテールが覗いている。きっと京子だ。待ち合わせ場所を決めてはいなかったが、どうやら迎えに来てくれたらしい。そういえば、と高校の名前を聞かれていたことを思い出した。
「じゃあまた明日」
友人たちに今日の別れを告げる。
「気をつけて帰ってねーー!」
「唯もね」
「ばいばい」
「うん」
一通り挨拶して、少し離れてからもまだ手を振ってくるけれど、振り返す私のそばに京子がそっと近付いてくる。
「友達できたみたいでよかった。まぁ日代だし、心配はしてなかったけど」
本当にホッとした空気がわかって嬉しくなった。
「あの一番右の子」
「ああ、あのモテそうな子」
「弟」
未だに手を振り続ける唯に対応する私の横で、京子が目を見開いて私を見ているのがわかる。見られすぎて穴が開きそう。
思っていることが伝わって来そうだ。そんな重要なことを何故そんなにさらっと言うんだ、とか。もう少し心の準備をさせてくれ、とか。本当にことを話すのに準備も何もないか。
「確かに・・・似てるな。ほう、さすが双子。あのご両親からだもんな、この双子が生まれるわけだわ」
京子は私と真幌を交互に見ながら頷いている。やはり京子は順応が早い。準備など必要なかった。
「似てるの、かなあ」
「似てる似てる。あたしが言うんだから間違いない」
「京子が言うんだから?」
「あたしが言うんだから」
顔を見合わせて、可笑しくなって吹き出した。やっぱり京子は心地いい。
双葉は別れ、また出会う 立花 零 @017ringo
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