4_日常



「・・・ということらしい」

「ふーん」

 冬子さんは明らかに納得していなかった。私もリサーチする相手を間違えたことを謝罪しなくてはいけない。

「告白シーンとかは見てないけど、手紙が机に入ってるのは見た」

 唯一くらいに自信を持って言える証拠を贈呈する。まんまと冬子さんは目をキラキラさせた。

「青春ね・・・」

 妄想だけで真幌の青春物語を書いて本を出版しそうなほどの食いつきっぷり。これさえあれば聞き込みはいらなかったんじゃないかと思うけれど、それは自分の頑張りを否定しているようにも思えるのでやめておく。それこそ悲しすぎる。

「青春できそう?」

 疑問形だったので、自分に向けての言葉だと気づいた。

 冬子さんはふざけてばかりなのに、いきなり真面目になることがある。

「んー、うん」

 素直にうんと頷けなかったのは、隠し事があることを後ろめたく感じるせいなのかもしれない。

 一人異質な存在に感じるから馴染めているか不安になる。

「まあゆっくりね。時間はあるから」

「そうだね」

 私の気持ちを汲み取るように、ペースを守る言葉をかけてくれる。だから急がなくていいと思える。走りかける私に歩いていいと言ってくれる。


 自分の部屋に戻って写真立ての中のお母さんと見つめあう。

 お母さんは真幌を預ける時、どんな気持ちだったんだろう。辛かっただろうとは思う。その他には?真幌にはどんな子に育ってほしかったのか。大切にしてほしかったことは何か。女の私じゃなく、男である真幌にだからこそ言いたかったことがあったかもしれない。お母さんだけではなく、お父さんも。

 二人が生きていたら。大きくなった真幌になんて声をかけるのか。それを代わりに伝えてあげられたなら。

 その言葉を私が知ることはないし、今のところ私がその言葉を伝えることはできないし、全てがもしもの話だけど。そうなればいいな、という理想の話でもあるのだと思う。




「お母さんは、幸せだったのかなあ」

 ソファに座ってそう呟く。目の前で仕事をしていた冬子さんがパソコンから顔をあげた。不思議そうだ。私が弱気だからだろうか。

「どうした、いきなり」

 深刻に感じたのか、仕事机から移動して目の前に座った冬子さんは、腕を組んで背もたれに寄り掛かった。目を閉じて、何か考え込んでいるように見える。

 私がそう呟いた理由は何なのか。それは、双子の中で私がお母さんの元に残った理由が知りたかったからだ。

 もし、お母さんの意思に反して私が残ってしまったなら、それは後悔なんじゃないだろうかと思った。

 そんなことを考えてしまうくらいに私は弱っていたのかもしれない。弟がいたという事実を飲み込んで楽しんでいるように自分に思い込ませていたのかもしれない。だから中途半端に弱気になるのだ、きっと。

「春子はどっちも同じくらいに愛していたよ」

 私の考えを見抜いたように冬子さんが切り出した。

「だから、どっちを失ったから悲しいとかそうじゃない。どっちでも悲しいよ、自分の子どもなんだから・・・」

「だって、あっちは男だし・・・二人が亡くなった今、あの家を守っていく人間がいなくなっちゃったんだよ?あの二人の血を残していく人が・・・」

「日代。あんたが誰かの奥さんになったからって、あの二人があんたの中から消えるわけじゃないよ?」

 言葉が詰まった。

 叫びたいようで叫べない。今更私は二人がいないことを強く感じている。

 式では泣かなかった。泣けなかった。もう私しかいないのだと実感するのが怖かったんだ。血を分けた弟がいても、それはもうここにいなくて、結局一人なのだと思い知らされるのが辛かった。

 涙が伝ってくるのがわかった。我慢はできなかった。





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