3_日常



「真幌、同じクラスだったよ」

「それはすごい」

 帰ってきた冬子さんに初日の感想を話した。同じクラスだということへの驚きはあまりなく、それが不自然に思えた。

「もしかして、知ってた?」

 朝の冬子さんとコタさんが耳打ちをしていた光景を思い出した。

「・・・ばれたか」

 やっぱり・・・と息を吐く。これが一番の衝撃的な話だったのに、それが全く効かないなんて悲しすぎる。わざとでも少しぐらい驚いてくれればいいのに、と冬子さんをじーっと見る。

 冬子さんと目が合って、やべ、という表情をしたのがわかった。

「ごめんごめん、朝聞いちゃって」

「別にいいけど」

 がっかりしつつ夕食を食べる手を進める。

 冬子さんと住むようになってから、ご飯を作るようになって、段々と上達してきているような気がする。自分の作ったものを美味しいと思い始める今日この頃。

「どうだった?」

 意味ありげな表情の冬子さんが私を見ていた。

「どうだったって?」

 問い返すと、冬子さんはぽかんとした表情で私を見返した。何かおかしいことでも言っただろうか。

「弟に会ったわけでしょ?その感想は?」

「だから、同じクラスだったって」

「そうじゃなくて」

 これでもわからないのか、と溜め息を吐く冬子さんだけど、私にはそれ以外の感想がなかった。どうだった、って・・・。

「あ、活発そうじゃなかった、とか」

「はあ・・・」

 思っていたものと違ったようでまたもや溜め息を吐かれた。

 弟を見ての感想。何が正解なのだろうか。冬子さんから答えが出るのを待つ。これ以上は考えても出てこなさそうだ。

「一応年頃の男女だし。かっこいい、とかないの?」

「えー・・・」

 そんなことを期待していたのかと驚く。冬子さんは普段はかっこいいのに訳の分からないところで乙女ぶろうとする。そういうところはお母さんと似ている。

 一応答えを教えてもらったのでそれに沿った答えを出そうと真幌の顔を思い出してみる。かっこよかっただろうか。

「私と似てるところは0じゃないけど・・・雰囲気は似てたかも?でも私と違って活発さがないし、クールぶってるって言うか・・・。うーん、かっこいいって言うのかな、あれは」

 弟に対してどんな感情を持つべきなのか。自分と似ているとすれば下手にかっこいいなんて言えないし、勝手な基準をもって不細工とも言えないし。だからといって普通なんて評価をすれば冬子さんが納得しない。

 こうなったら・・・周りの人に聞くしかないか。赤の他人って言ったら違うけど、血縁関係がない方が色目なしに評価できる気がして。

「学校で聞いてきまーす」

「よし。宜しく頼んだ」

 満足気に頷いた冬子さんは私の食器と自分のものを重ねてキッチンへと向かった。なんで指令みたいになってるんだろう。敬礼をしたまま固まる。はて・・・私が聞けるのはあの二人だけだけれど、答えは得られるんだろうか。



 冬子さんとの約束を果たすべく、次の日二人が話しながら教室に向かっているのを見て駆け寄った。タイミングを逃すと真幌たちが合流してしまう。

「二人は・・・ま、青木くんのことかっこいいと思う?」

 質問をしたところで気づいた。この質問する女子って、確実にその相手に気があると思われてしまうんじゃないだろうか。私が真幌に気があるなんて思われたら・・・。

「かっこいいかそうじゃないかで言ったら前者なんじゃないかと思うけど」

「うん。モテるしね!」

 私の余計な考えなど切り捨てるように二人はあっさりとそう言った。

 なるほど。モテるかモテないかで案外わかるものだな。というか、モテるんだ。予想できていたようでその事実をうまく受け止めていない自分がいた。兄弟のあれやこれやは聞いても気恥ずかしくなるだけなのかもしれない。

「そっか。うん、ありがと」

 考えすぎな自分を一旦閉めて、会話の流れを変える。

「今日何の授業があったっけ?」

 二人は優しく素直なので私の会話に乗ってくれた。

 とりあえず冬子さんの目的は果たされた。私も今日はもう頑張らなくていいかな。



 屋上に行って寝転がる真幌は眠っているようで、その傍らにはただじーっと高田くんが座っていた。彼の意見は果たして参考になるだろうか。

「高田くん」

「・・・蓮でいい」

「じゃあ、蓮は青木くんのことかっこいいと思う?」

 蓮はしばらく真幌の顔を見つめてから答えた。

「相田は真幌のこと好きなのか?」

 女子に質問した時は回避できた質問だった。さすがに都合のいい質問だけ返してくれるわけないか。小さく溜め息を吐く。

「そうじゃないんだ。単純に客観的に見た意見が欲しくて」

 私の言い訳に首を傾げた蓮だけど、なんとなく理解したのか、また真幌の顔を見つめ始めた。いつも見ている顔なのに、やっぱりそういう風に見たことはないか。

「かっこいいんじゃないのか・・・よく女子から呼び出しをくらってる」

「やっぱそうか・・・」

 近くにいすぎるとそういう対象に見れないからなのか、客観視じゃないというか。かっこいいという単純な評価じゃなくてそこには理由がつく。モテるから、とか。あの二人と同じで。

 まあでも、それだって立派な証拠だ。かっこいいと言える。

「ありがと」

「おう」

 そのお礼が何なのか疑問に思ったらしく蓮は首を傾げた。細かい説明はできない。おばさんに頼まれて、なんて可笑しな理由でしかないのだから。

 そういえば、聞ける人いたな。

 最後の望みは放課後に回すことにした。



 頼みの綱を探して校内を練り歩く。

「いた」

「・・・俺は珍獣じゃねーぞ」

「さすがに珍獣とは思ってないですけどね」

 近くにいるようで近過ぎず、遠くもないけれどみんなを見ているから何がかっこいいかわかってそう。平等な目で審査できそう。

 つまり先生という新たな着眼点!

 担任だし、知らないことはないよなっていう適当な発想。

「コタさん、真幌ってかっこいいと思いますか」

 単純に事情を知っている分、私がする質問に対して変な想像をしないであろうという私の楽さも含まれている人選。

「あいつの興味だなそれ」

「ご名答です」

 冬子さんに鍛えられているので物分かりがいいというか察しがいいというか。ありがたいことこの上なしです。

 「そうだなあ」と蓮のように自分の世界に入ってぼーっとするコタさん。

 今思ったけどお互いの連絡先知ってるだろうし、コタさんに関しては冬子さんが直接聞いた方がよかったんじゃないだろうか。

「かっこいいんじゃないか、多分。この学校では特に」

「えー・・・」

「期待はずれで悪かったな。そんなもんだ、教師なんて」

 なんてことを言うんだこの人。教師のイメージ悪くなることこの上なし。

「いや、まあいいです。ありがとーございました」

「気を付けて帰れよ」

「はーい」

 やっぱり私にも冬子さんと同じ血が流れているな、と感じる時間だった。コタさんはいじりやすい。話しやすいし。そういう人が事情を知ってることの動きやすさは大きい。

 あの四人と一緒にはまだ帰れない。そこまで近付くのが怖いからだ。

 近付くことに恐怖をいだくとは。私も大人になったということか、なんて自己満足で思ってみる。





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