3_出会う



 新しい高校へと転入する朝、いつもより落ち着かなかった。新しい場所へのドキドキ感もありつつ、弟に会えることの喜びと不安が大きかった。

「何緊張してるの。日代なら大丈夫だって・・・頑固だし」

「まだそれ言う?」

 私の本当の不安に気づいているらしい冬子さんは、冗談を言って緊張を解してくれる。なんでもわかっちゃうな、冬子さんには。

「とにかくさ、肩の力抜きなさい。そんな気張ってたって何かが変わるわけじゃないんだから」

「そうだね」

 私が無駄に緊張したところで弟の何かが変わるわけじゃない。昨日の女子二人だっている。必要以上の緊張はいらない。遠足の日の朝みたいな、そんな気持ちで行くのがいいのかもしれない。

「とりあえず慣れること。それが一番」

 冬子さんの言う通りだった。

 私はこれからここで生活する。すぐに前の学校に戻るわけじゃない。弟を探すよりもまず、ここの生活に慣れないといけない。

「そろそろ行こうか」

「はーい」

 初日は冬子さんとの登校。

 どうやらこれから通う学校は冬子さんの母校でもあるらしく、知り合いが働いているから顔を見に行くらしい。

 まるで授業参観でもしに行くかのような気軽さでそれを私に話した冬子さんは、さすがとも言えるべきマイペースさ。お母さんとはまた違ったマイペースだ。



「冬子さんは高校で何が一番楽しかった?」

 正門に差し掛かったところでそんな質問を投げかけてみた。特に意味はないけれど。

「んー・・・何だろう」

 本当に思いついていないようなトーンで言う冬子さんには呆れさえ感じる。きっと周りに興味がないのだと思う。

 自分のやりたいことをやって、進みたい道を進む。だから、”高校での思い出”と言われるとピンとこないのだと思う。

「今も昔も変わらないね、多分」

 私の言葉に、「変わってるから」と返したところで、前方に知り合いを見つけたようだった。

「あ、」

「・・・お前は!」

 悲鳴にも似た絶叫が聞こえて前方を見ると、冬子さんを見て顔を青くする男の人がいた。冬子さんの記憶に残っているということは大分貴重な人なんじゃないだろうか。

「変わってないな、コタ」

「お前もな・・・」

 コタと呼ばれたその人は観念したようにこちらに近付いてきた。

 なんだか愛嬌があって、冬子さんも歳に対して若く見えるけど、その人も中々だった。

 すぐ目の前に来て目が合い軽く礼をする。初対面の人には大体こんなものだ。昨日の彼女がおかしかっただけだ。

「春子の娘」

「ああ・・・大変だったな、大丈夫か?」

 精神面と言うことだろうか?冬子さんだけではなくお母さんとも知り合いだったんだ、この人。

「はい、もう落ち着きました」

「そうか」

 少し微笑んで何度か頷いたその人は、急に冬子さんに近付いて何やら耳打ちをした。子どもには聞かせられない内容なのだろうか。

 聞き終えた冬子さんは何やら意味ありげに「ふーん」と相槌を打った。「まあいいんじゃない」と呟いたその言葉の意図を是非とも教えていただきたい。

「ってかあんたこそ立ち直ってないんじゃないの?」

 耳打ちがなかったかのようにコタさんをいじり始める冬子さん。何やらいじられるタイプの人らしい。そういう人は冬子さんの獲物になってしまう。

「何がだよ」

「日代。こいつ、春子に6年くらい片想いしてたのよ・・・なんなら今も引きずってるわ」

「お前!」

 高校時代に戻ったかのようにはしゃぐ二人を微笑まし気に見つめる女子高校生。立場逆転にもほどがある。

「コタさんは・・・冬子さんと同級生?」

「コタさんて、まあいいか。いや、一歳下」

「じゃあお母さんと一緒か」

 それで冬子さんにあの気軽さってすごいな。二人を交互にまじまじと見ても同級生にしか見えなかった。それほどこの姉妹と近い距離だったということか。

「さ、そろそろ行きな」

「時間取らせたのお前だろ」

 ぼそっと言った言葉を聞き逃さなかったようで、すぐにコタさんのいじりに入る冬子さん。漫才コンビでもおかしくない息の合いっぷり。

「行ってきます」

「うん」

 片手をあげて見送る冬子さんにしばらく手を振り、途中でやめて背を向け校内に入る。

 コタさんは私を迎えに来ていたらしく、まず校長室に案内された。

 この学校の特色や生徒の雰囲気、クラスの話や部活の話を聞いて教室へ移動する。案内はやはりコタさんで、クラスの担任であることを話している中で知った。

「コタさん先生、ですか」

「なんだその呼び方・・・まあ知り合いだし、堅苦しいのもあれだし適当に読んでくれ」

「わかりました」

 今は朝のHRの時間らしく、どのクラスからもがやがやとした話し声が聞こえてくる。堅苦しくなさそうで安心する。まあ昨日の山下さんを見れば真面目そうじゃないことはわかったけど。

「ここな」

 先にコタさんが教室に入っていく。私は呼ばれたら入ればいいと言われた。緊張がピークに達しそうだった。急に浦坂さんの言葉が脳内をよぎった。

 同じクラスだといいな・・・。





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