2_出会う



「あおき・・・まほろ?」

 紙に書かれた名前を読む。読み方があってるかはわからないけど。

「そう。それが弟の名前」

「まほろかあ。誰がつけたの?」

「春子よ」

 双子ということを改めて実感した。この名前は、お母さんの形見のようにも思えた。

 今となっては、名前だけが私と弟をつなぐもので。それさえあれば彼が私のことを知らないままでもいいと思えた。勝手に弟と思われているのも気持ち悪いだろうか。

「じゃあ、制服用意しに行こうか」

「うん」

 冬子さんは、貴重な休日を私の身の回りを整理することに費やしてくれた。何故かお揃いのものを選んだり、その様子が楽しそうなので断れなかった。大事な人の嬉しそうな表情は見てて飽きない。むしろ私に存在価値を与えてくれているように思えて嬉しい。

「似合うねえ」

 ブレザータイプの制服を着た私を見て冬子さんが感嘆の声をあげた。

「やめてよー、照れるから」

 前の学校はセーラータイプだったから新鮮だ。チェック柄のスカートは女子なら一度は夢見るんじゃないだろうか。

 見本として置いてある男子用の制服を見て、真幌はこれを着ているんだな、と想像してみる。顔がわからないから想像しにくい。私と似ているとしたら・・・と自分に当てはめてみたけど今いちピンとこなかった。

 何を馬鹿な事をしているんだろう、私は。

「それで大丈夫そう?」

「んー」

 試着室から出て体を動かしてみる。

「うん」

「じゃあ決まり」

 制服はいったん帰宅して後日取りに来ることになった。

「日代、この日取りに来れる?」

「うん」

 場所も家から遠くないし予定もないので頷く。高校に入学する前のようなわくわく感が不思議と湧いてきた。



『へ~、日代が双子だったとは』

「面白がってるでしょ」

 幼馴染の京子との電話は、数日間顔を合わせていないだけなのに、酷く懐かしく感じた。声を聴くと落ち着くのは、友人の中でも京子が一番だった。

 現実を受け止める気力がなくなりそうだった私に、頑張れと言わず、ただ側にいてくれた。私が頑張れと言われて頑張れてしまうことを知っていたからだと思う。

『昔から言ってたでしょ、兄弟がほしかったなって。良かったじゃん』

「でも、兄弟って言うか・・・なるべくなら知らせたくないって言うか」

 電話のノイズで、なんとなく彼女は私の言いたいことを理解したように思えた。

 空っぽだった私を見たからこそ、私が誰かがそうなってしまうことが怖いと感じていること。

 双子だからこそ通じてしまうものがあるとしたら。

『こっちからもするけど、そっちからも電話してね、いつでもいいから。たまには会いに行くし』

 声から心配していることが感じられる。幼稚園から一緒の京子は、私に頑張れって言わないから、弱音を吐くことができる。たまには甘えてくれるし甘えさせてくれる。

「ありがとう」

『いーえ』

 会いに来てくれると言ってくれたことがこれからの活力になる。期待感と同時に大きくなる不安を和らげてくれる。

 電話を切ってすぐに寂しさを感じるけど、それはどこにいたって同じ。私は私の意思でここにいる。新しいことに挑むとき、不安はつきものだ。



 制服が届いたとの連絡をもらって、採寸をした店まで取りに行くことになった。

 その店はショッピングセンターの中に入っていて、平日の夕方だからか、学生が多く見られた。

 目的地まで近付いたところで、前に来た制服と同じ制服を着た男女4人が前方から近付いてきていた。なんだか楽しそうだ。前は女子高だったから、こんな光景はなかったな、と思いに耽る。

「あ、相田さんね?」

 外で制服を整えていたおばさんが私に気付いた。6月と言う中途半端な時期に制服を頼む人間は珍しいということもあって、顔を憶えてくれていたらしい。

「はい。連絡をもらって」

「ちょっと待っててねー」

 おばさんはニッコリと笑って制服を取りに行った。

 「はーい」と返事をして待っていると、ゆっくりと歩いてきていた4人組がすぐ目の前に迫っていた。

 とても仲が良さそうで、見ていて微笑ましい。

「はい!芦ヶ矢高校の制服ね~、頑張って!」

「ありがとうございます」

 制服を受け取って振り返ると、もう既にここを通り過ぎていてもいいであろう4人組が私の目の前で足を止めていた。特に女子二人がこちらを見つめていた。

「あのー、」

 何か用だろうかと声をかけてみると、一人が勢いよく話しかけてきた。

「うちの高校に通うんですか!?」

「は、はい」

「転入生ですか!?」

「そうです、けど」

 若すぎるその勢いに負けて一歩後退りをする。最近同級生と交流していないせいか歳を取ったように感じている。

「何年ですか?」

 転入生と言う言葉は、その学校に通っている人にとってはキラキラした言葉なのかもしれない。慣れてきた学校生活への刺激。私にとっても同様に刺激となるように。

「二年です」

「一緒ですよ!」

「そう、なんですね」

 さっきから私に話しかけてくるのは一人の女子で、それ以外の三人は私と彼女の会話をじーっと聞いている。何か面白いことでも言わないといけないんじゃないかという謎の焦りを感じた。

「同じクラスになるといいですね~」

 手を掴まれてぶんぶんと振り回される。初対面でこんなにフレンドリーになれるものだろうか。ぎこちない笑みを浮かべながらも尊敬する。いや、今の子は案外これが普通なのか。あれ、私も一応今の子だぞ?

「ほら、迷惑だから」

 もう一人の女子が元気な彼女を諫める。そろそろ腕が痛くなってきた私にとっては救いの女神だった。

「あたし、浦坂って言います。困ったことがあったら聞いてください」

「あ、相田です。ありがとうございます」

 浦坂と名乗った彼女はお姉さんタイプらしく、もう一人の女の子の保護者のようにも見えた。頼れるお姉さんって感じだ。隣の女の子とは同じ学年に見えないな。

「私は山下唯亜です!話しかけてね!」

「機会があれば・・・」

 あまり聞こえないように返事をする。山下さんに話しかけられたら嫌でも目立ってしまいそうだ。できれば二人でいる時に出会いたいものだ。

「いつから学校に?」

 浦坂さんの問いに「明日です」と返す。制服ができ次第学校に行くことになっていた。制服なしでは、異物感がすごいと思うから。

「そうなんですね、楽しみです」

「そうですね」

 偶然でもここで彼女たちに出会えたことで、誰も知らぬままではなくなったので良かった。知り合いと言ってもここで話した程度だけど、顔見知りがいるのは心強い。

「じゃあまた明日」

「はい」

「ばいばーい」

 結局会った時にはもう帰る予定だった彼女たちと、ショッピングセンターの入り口まで歩いた。

 最後まで男子二人とは話さなかった。自分から話しかけるのも違う気がして、彼らのことには触れなかった。というか、山下さんが強烈過ぎてそれどころじゃなかった。顔もよく見れていない。

 彼らの後姿を見て、やっと制服を着た弟の姿が想像できた気がした。彼もあんな風に放課後友達と遊んだりしているのだろうか。部活動に励んでいるのだろうか。

 冬子さんへのお土産話ができた。






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