1_出会う
次の日冬子さんは仕事に行って、帰ってくるまでの間の時間に、頭の中を整理することにした。
会いたいと言ったけど、それはきっと簡単なことじゃなかった。
冬子さんはいいと言ってくれた。でもそれはこちら側の決定で、弟には今家族がいて、その家族が私と彼を会わせてもいいと判断しない限りは無理なのだ。
私の勝手な都合で彼に会いに行って、もし本当のことに気付いてしまったら。昔、私の両親と彼の養父母が交わしたという約束を破ることになる。私は所詮まだ子どもだから責めることはないかもしれない。でもその分は冬子さんにいってしまう。気軽に行動してはいけないことを思い知らされる。
カタン、と冬子さんが鍵を置いた音で目を覚ました。外はもう暗くて、眠ってしまっていたようだ。
「起こしちゃった?」
「ううん、寝すぎた」
目を擦っていると、冬子さんが鞄からファイルされた紙をとりだし私の前に座った。それを私の前に置いた。
「これ」
手に取って見てみると、ここから近いであろう住所と高校の名前が書いてあった。
「・・・ここに転校?」
「そうね」
転校することはわかっていた。前の学校はここからじゃ通いきれないから。でもどこかに限定されるとは思っていなかった。車でこの家に向かっている時いくつも高校を見たから。
「そこにいる、あんたの弟」
耳を疑った。
「え・・・」
「日代ならどこでもやってけるでしょ。神経図太いし、頑固だし」
笑ってそう言った冬子さん。可笑しいことなんて何もない、そう思わせるような雰囲気で、取り乱す私がおかしいのかもしれないという錯覚に陥りそうになった。
「そういうことじゃなくて、」
「近くにいな。そこに行けば落ち着けるんでしょ、きっと」
冬子さんは私が寂しさを感じていることに気付いていたのかもしれない。
「ここから通えばいい。そう遠くないから」
「それは、」
「いいから。これは決定」
冬子さんの頑固な部分が出ていることに気付いた。それなら私も頑固なりに、自分の意見を伝えなければならない。
「迷惑はかけられないよ、これ以上。だって冬子さんが結婚しないのは人と暮らすことが苦手だからって私知ってるよ?」
私が知らなくても、多分冬子さんにはそういう相手がいたんだと思う。いなかったらお母さんがお節介をしてたはずだ。でも冬子さんは誰かのいる空間が苦手だから長く続かない。そう感じる瞬間は何度もあった。
「何気遣ってんの。日代が一人になったみたいに、私ももう近いのは日代しかいないし。ここ何日か一緒に生活して大丈夫だったから問題ない。お金だってあんたを養えるくらいにはある。使い道もないし・・・むしろ、私の目の届く範囲にいてほしい、お願い」
弱々しい表情の冬子さんを見てしまった。酷いな、私が断れないって知っててそういうこと言うんだ。
「わかった」
頷くと、冬子さんはほっとした表情を見せた。
「でも、私は良くても・・・会っちゃいけないんじゃ、」
同じ学校に行くというリスクに関して冬子さんがわかっていないはずはない。私がそのことを恐れているということも。
冬子さんは「大丈夫」と言った。
「あっちの夫婦に春子が亡くなったことを伝えに行った。その時に少し話をして・・・二人が会うことをむしろ望んでいるようだった」
「望んでる?」
「春子がいつまでもあの子を息子だと思っていたように、あの夫婦もあんたのこと娘のように大事に思ってるから。お互いに会えないだけで」
気を抜くと涙が出そうだった。両親がいなくても、冬子さんがいて、他にも私を思っていてくれる人がいることには、ただただ励まされる。一人じゃないんだと教えてくれる。
「冬子さん」
仕事に戻った冬子さんが振り返る。
「ありがとう」
「こちらこそ」
「・・・うん」
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