4_きっかけ



「冬子さん」

 私の荷物の片づけが終わって冬子さんの家に帰ってきた。急いだせいか体が痛い。最低限のものだけを段ボールに詰め込んだ。それ以外は冬子さんの家では邪魔になってしまうから持ってこれない。思い出は全て自分の中に詰め込んだ。

 リビングで仕事をしていた冬子さんに声をかける。

「どうした?」

 冬子さんと対面するようにソファに座って目を合わせる。一世一代とも言えるお願いをすることにした。

「弟に、会いたいって言ったら・・・怒る?」

 随分ずるい聞き方をしたな、と自分のことながら思う。言ってから後悔しても遅い。冬子さんは私に怒らない。それは一番私がわかっているのに。

 冬子さんは少し微笑んで困ったように言った。

「あの約束はとっくに時効。それに、春子たちがいなくなった今、養子だって知らせないわけにはいかない」

「知らせなくてもいいんじゃないかな。いくら双子だって男女だし、会ってないし、成長してるし・・・わからないでしょ?」

 知らせなくてもいい、というよりは、知ってほしくなかった。悲しい思いをするのは私だけでいいんだ。私は彼の笑顔が見たいのだから。

「だってそれじゃあんたは・・・」

 冬子さんは、私が一人でその悲しみを背負うことに対して心配してくれてるんだと思う。でも、悲しみを分け合っても軽くはならないから。共有してはいけないものもあると思うから。

「幸せならそれでいいんだ。それを壊すようなことはしたくない」

 私の折れなさそうな調子に呆れたのか、それ以上は言わなかった。

 心配されていることがわかるからこそ、弟にもその重荷を渡したくなかった。彼が望めば否定することはできないけど、それまではどうか、何も知らずにいてほしいのだ。

「私と冬子さんって似てるとこあったりする?」

 冬子さんはしばらく考えて「頑固なとこじゃない?」と困ったように言った。

「確かに頑固だよね、冬子さん」

 思い出して笑みが漏れる。

 お葬式とか、挨拶とか、そういうもので疲れた私に待っていたのは、誰が私を引き取るかという問題で。

 お父さん側の親戚との交流が薄かったこともあって、みんな困った様子だった。未成年だから一人で放っておくわけにはいかない。そんな義務感だけが残ったギスギスした空気の中、仕事で遅れてきた冬子さんが「私が引き取るから」と言ってくれた。

 でも、それまで何も言わなかった周りの人たちが急に心配するような言葉をかけてきた。「子どもを育てたことないのに」とか、「結婚してもいないのに」とか。

 聞いている私が耳を塞ぎたくなるような話ばかりだった。それでも冬子さんは曲げなかった。そのまま私の手を引いてこの部屋まで連れてきてくれた。

 感謝しかないこの人に、私は何を返せるのだろうと何回も考えて、そんなもの私にはないことにも気付いた。

「冬子さんみたいになりたいな」

 そう呟いた私に「誰か支えてくれる人を見つけなさい」という冬子さん。私が、冬子さんにとってのそういう存在になりたいんだけどな。

「もう寝なさい」

「うん」

 まだ仕事を続ける冬子さんの背中を見つめる。

 冬子さんに恋人がいるという話は聞いたことがない。彼女を支えられる人間にまだ出会えていないのか、甘えることが苦手なのか。

 妹であるお母さんはよく言っていた。冬ちゃんはしっかりしすぎてる。確かにその通りだと思う。気の抜き方を知らないのかもしれない。

 いつか現れてくれるといいな。冬子さんを、甘えさせてあげられる人。




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