2_きっかけ




 大体の整理が終わって、残るは自分の部屋の片づけだけになった。

 両親がいなくなった今、一軒家を一人で維持していくのは無理だと思った。冬子さんも言葉にはしないけどそう感じていたんだろう。私の決断に頷くだけだった。

 冬子さんの家はここからそんなに近くない。車で一時間かかる。もしそこから学校に通うことになったら、今通っている高校に居続けることはできない。友人にも挨拶をしておかないといけない。 

 やることが多いなぁ。

 ポケットにしまっておいた写真を取り出す。持ってきてよかったんだろうか。でも、私が持ってないともう両親のものを置く場所はない。私の中にしかもう思い出は残しておけない。

 写真を胸の前で抱きしめてみる。こうやって、お母さんの感情が伝わってくれればいいのに。



「冬子さん」

「ん?」

 リビングで仕事をしていた冬子さんが振り向く。

 聞いてみるしかないのかもしれない。もし私に関係ないものなら、持っている意味もないのかもしれない。

「これ」

 冬子さんの前に写真を置く。

「整理してるときに見つけて」

 細かいことは言わなかった。どこにあったとか、どんな疑問を抱いたとか、余計なことは何も。

 冬子さんの表情の変化でわかった。何かを知ってる。

 驚き、焦り。色々混じったようでいて、どこかわかっていたような。もしかすると、この写真を撮ったのは冬子さんだったのかもしれない。

「春子には何も言われてなかった?」

「お母さんに?」

 お母さんとの会話を思い出す。というか、何のことをだろうか。幼馴染とか、兄弟はいないはずだし。

「もう高校生だし、言うべきだよな・・・そこに座って待ってて。仕事終わらせちゃうから」

「うん」

 ソファーに座って冬子さんを見つめる。仕事をしているときの冬子さんは誰よりもかっこいい。仕事する女性の理想像とも言うべき存在だ。お母さんは専業主婦でマイペースな人だった。こうしてみるとまるで反対だ。でも、二人は仲のいい姉妹だった。子どもの私から見ても。


 冬子さんが目の前に座った。

 その動きはいつもと違ってゆっくりで、頭の中で話すことを整理するためのように感じた。実際はもう話すことを決めていたのかもしれない。伝え方かもしれない。どう言ったら私が飲み込めるか。混乱せずに済むか。

「本当は、もっと早く言うべきだったのかもしれない。春子が言わなかった理由はわからない。日代に知られたくなかったのかもしれない」

 間を置く。

「それでも、知りたい?」

 お母さんが言いたくなかったことを知ってしまっていいのだろうかと、悩むところはある。私のためを思ってのことなのだとしたら、その気持ちを無下にしてしまうんじゃないだろうかと。

 それでも知らなきゃいけないと思うのは、きっと私にとって大事なことだと思うから。

「うん」

 目を見て頷くと、冬子さんは寂しそうな表情をした。


「その子はね、あんたの弟。双子のね」

「双子?」

「そう」

 驚きもありつつ、納得した部分もありつつ、何故そう思ったのだろうと不思議に感じた時、そういえばと思い出した。

「ずっと寂しかったのはそのせいかな」

「きっとそうね。お互いが唯一として産まれて来たんだから」

 朝起きた時、ぼーっとしている時、夜寝る時。ふとした瞬間に何かが足りない気がしていた。この子だったのか。

 写真に写るもう一人を指で撫でる。記憶はないのに懐かしく感じる。

「でも、どうして今いないの?」

 私のもう片方がここにいない理由。お母さんたちが隠していたのはそのことだ。

「そうね・・・子どもができなかった春子の友人夫婦が、その子を養子として引き取ったの」

「養子・・・」

「お互いを合わせない約束で」

 冬子さんが俯いたタイミングで声が曇った。引っ掛かっていたのかもしれない。私たちが会わないことに。

「どうして?」

 お母さんが冬子さんに話したんだろう。そう思えるくらい、話す内容で冬子さんの表情は変わった。その時のお母さんの分身になっているように。

「本当の子どもとして育てると決めたから。顔を合わせてしまえばそれができなくなるって思ったから」

 双子だから成長しても似ているところはあるかもしれない。でも、お母さんたちは兄弟なわけじゃない。似ている理由はない。産まれた時のこととか聞かれたらきっと私たちはどこかで気付いただろう。双子であることに。

「自分の子どもだから、どっちも愛してたの春子は」

「うん」

「でもあの子は優しすぎた・・・相手はきっとその子を愛してくれるってわかってたから後悔はしてないって口では言ってたけど。随分、苦しんだみたい」

 みたい、じゃない。きっと苦しんだ。そしてそんなお母さんを冬子さんは支えていたんだ、そばで。だからお母さんはいつも私の前で笑顔だった。

 お母さんが一人で苦しんでいなくてよかった、と思った。私に話せないことをずっと抱えるのはどんなに辛かっただろうか。

 いつ話そうとしていたんだろう。もし、ずっと話す気がなかったのだとしたら。

 私はずっと隣にいるはずの誰かに気付かずに生きていたんだろうか。

 それはそれで、幸せだったのだろうか。





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