第六話
リリィをスタンドに残したまま、ダベンポートは急いで
「グラム、解ったぞ。すぐにサー・プレストンを
飛び込みながらグラムに言う。
「解ったって、何が?」
突然のせいか、グラムの反応が鈍い。
「サー・プレストンが負ける理由だよ」
ダベンポートは言葉を続けた。
「向こうは魔法を使っている。サー・プレストンを呼んでくれ。対抗措置を取る」
すぐにトラックに整備士が飛び出していった。大騒ぎして、走ってくるサー・プレストンを
あと十八周。
時間がない。
サー・プレストンは急減速しながら
「何かね、給水と給油はまだのはずだが……」
「違うんです、サー・プレストン」
整備士達の代わりにダベンポートはサー・プレストンに言った。
「解りましたよ。このままでは士爵は絶対に勝てません」
「勝てない?」
「はい。ここには魔法が使われています」
そう言いながらダベンポートはサー・プレストンの車の下に潜り込んだ。
「これがボイラー、これがバーナーか」
配管を指で確認しながらボイラーとバーナーを探り当てる。
ダベンポートは急いで地図を取り出すと、その場で座標を調べた。
次いで羊皮紙を取り出し、魔法陣をプロット。熱力学呪文の二枚の魔法陣を素早く起こす。
ダベンポートは一枚目の魔法陣をボイラーに貼り付けた。次いで二枚目をバーナーに。排熱と吸熱、二枚セットだ。
ダベンポートはすぐに呪文の詠唱を始めた。
はじめに起動式。
「────」
次いで固有式一。
術者:ダベンポート
対象:ボイラー
エレメント:バーナー
マナソース:サー・プレストン
「────」
固有式二。
術者:ダベンポート
対象:バーナー
エレメント:ボイラー
マナソース:サー・プレストン
「────」
二枚の魔法陣のルーンは固有式を受けるとそれぞれ青と白に輝きだした。
詠唱終了と同時に明るく輝き、その場に魔法陣を焼きつける。
「よし」
ダベンポートは車の下から這い出した。
立ち上がって車の横に張りつき、サー・プレストンに話しかける。
「この車のボイラーは丈夫ですか?」
「それは大丈夫だ」
とサー・プレストンは頷いた。
「十分な安全マージンを取ってある」
「ボイラーの圧力がもっと上がるように今呪文をかけました」
とダベンポートは言った。
「向こうは魔法を使っています。ならばこっちも対抗するまでです。ついでに」──と言葉を継ぐ──「コーナーを走るときはできる限り外側を走ってください。内側を走ると減速します」
「レディ!」
「レディ!」
背後で給水と給油をしていた整備士が合図を送る。
「ご健闘を」
ダベンポートは手を振るとサー・プレストンを送り出した。
+ + +
ピットを飛び出してから、サー・プレストンの車は見違えるような走りでスタンレーの赤い車を猛追し始めた。
ストレートでの最高速度が明らかに速い。それにコーナーでは外側を走るようにしたために減速もない。
ダベンポートはスタンドから双眼鏡で勝負の行方を追い続けた。
三十三周
三十四周
三十五周……
スタンレーの車がサー・プレストンの射程距離に入る。
三十六周
三十七周
三十八周……
ついに追いついた。
サー・プレストンがスタンレーの背後に付き、緑色の蒸気自動車をさらに加速させる。
三十九周
四十周……
スタンレーが必死で車を操作し、サー・プレストンをブロックしようとしているのが双眼鏡の中に見える。
だが、運転技術はサー・プレストンの方が遥かに上だった。逆にフェイント、スタンレーのミスを誘う。さらに後ろから猛烈なプレッシャーを加え、強引にアウトコーナーを開けさせる。
四十一周
四十二周
四十三周……
四十四周目で、ついにサー・プレストンはスタンレーの前に出た。
「ウォーッ」
大きなどよめき。
サー・プレストンはさらに加速し、逃げ切りにかかる。
スタンレーも必死で追いすがるが届かない。
観客席の観客が総立ちになる。皆口々に大声でサー・プレストンやスタンレーを応援している。
「サー・プレストン!」
「スタンレー!」
だがその後、スタンレーの赤い車がサー・プレストンの前に出ることはなかった。
六周かけてサー・プレストンがスタンレーに対し半周差の大差を決めてゴールする。
大きく振られるチェッカーフラッグ。
「ウォーッ」
「勝った!」
ピットから整備士達が一斉に飛び出し、帰ってきたサー・プレストンの車を取り囲む。
サー・プレストンはしばらく車から観客に両手を振っていたが、すぐに整備士達によって車から引きずり出されてしまった。そのまま胴上げ。
観客席から割れんばかりの拍手が上がる。サー・プレストンは胴上げされたまま、表彰台へと運ばれていった。
「…………」
誰もいなくなった
(サー・プレストン最大のピンチだったな)
最後の猛烈な追い上げを思い出しながら焼きついた魔法陣を解呪の護符で撫でる。魔法陣はすぐに消えると、ボイラーとバーナーは元どおりになった。
これで良し。
呪文の痕跡が綺麗になくなったことに満足すると、ダベンポートはゆっくりと表彰台の方へと歩いていった。
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