白昼夢
夢を見る。昼間見る夢だ。
白昼夢、と呼ばれる物だ。
今を過ごさずに、生きる日々を。
当たり前に平穏で、普通で面白味は無く、刺激とは掛け離れた同じ景色と同じ毎日。
何も変わらない毎日。
唯一の楽しみは、毎週流れるアニメぐらいの物だった。
君の家での生活は、退屈なのは目に見えていた。
過去にあった、嫌な事を忘れる為や、時々鳴らされる玄関越しのインターホンの音に、心臓を強く跳ねさせて、冷や汗をかいた不快感を誤魔化す為に、溺れる様にアニメを見て、殺したい人間を忘れる為に、ホラー実況動画を見て、結局忘れられないから、音楽を聴きながら物語を作る。
そして、冷たく
君が見る夢では、よく悪夢を見る。
悪夢の内容は、追いかけられていて、殆ど君自身が死ぬか殺される夢だ。
やりたかったであろう事を、恐怖心とそのギリギリの理性で、留まれたから、その平穏があると言うのに。
君は呟く。
『退屈』
君の言ったその言葉の意味は、そのままで受け取れば確かに退屈だろう。
だけど、涙を流してまで言う台詞では無い気がしていた。
僕は君が享受する、その平穏に焦がれた。
~~~~~~~~~~~~~~~~
ゆっくりと重い瞼を開け、目を覚ます。
僕には沢山の時間があった。
平穏からはかけ離れた、長い長い時間だ。
実際には長く感じてしまう時間、とも言えるのだろうけれど。
だって、今僕は――――――
ピチャンッ…………
「ようやく起きたか」
水音がする。
それに少し、寒い。
あぁ、水を掛けられたのか。
冷たい衝撃と硬い物にぶつかる様な痛みで乱暴に僕を起こした声の主は、底冷えがする程に冷たい。
僕を
僕もそれに応える様に視線を声の主に向ける。
僕を映すその瞳には軽蔑と憎悪、支配欲と優越感が透けて見えていた。
あぁ、わかりやすい。
僕はその目を何度も見てきた。
僕はその目をずっと見続けた。
だから分かる。
彼のは半分本気で、半分偽りだ。
「ははっ……」
思わず笑ってしまう。
だってそうだろ?
僕に対するその感情を、本人は自覚していても改める事は出来ないんだから。
その内、その感情は本物に変わるだろう。
僕は誰かのせいにしてでも死にたいタイプではあるけど、彼はどうかな。
「何が楽しい」
冷たく僕を見下ろす瞳には、薄らと殺意も伺えた。
挑発に乗らないだけの冷静さを失っている証拠だ。
僕を知ろうとしてしまったのが運の尽きだろう。
だから余計、楽しいさ。
いつか僕を殺すかも知れない相手なんだから。
「僕の感情なんてどうでも良い事を気にしても意味は無いんじゃない?」
僕はいつも通り、挑発を重ねる。
僕は囚人だ。罪状は殺人。
それも、特に男を狙った殺人。
女を殺さなかったか、と問われれば殺しはしたけど圧倒的に多いのは男だろう。
まぁ、敢えて言うならば僕に暴言も暴力も振るったのが男である確率が高かっただけの話だな。
僕が抵抗しないからと、暴力を振るい続ける男共の瞳には彼と同じ感情が強く混ざっていた。
彼等の言い分としては僕が「いい子では無かったから」とか、「言う事を聞かないからムカついて」、なんて理由が後から沢山やってくるだろう。
でもな、抵抗しない人間に対して一方的に暴力を振るうのは健全な人間としての思考を外れている。
ただ大人しく涙を流して、声を押し殺して死にたいとも殺したいとも思う人間の瞳から生気を失わせる行為だ。
だから、な?
理由があれば暴力を振るって構わないと言うのなら、僕だって理由さえあれば無抵抗の彼等を殺して良いのだと思うのは道理じゃないか?
「間違っている」とか「狂っている」とか、「おかしい」だのなんだの叫ぶ人間も
うんざりする。
自分が言ってる言葉をもう一度良く考えて欲しい。
おかしいのは自分だと思いもしないのか。
偽善的な台詞もそこまで来ると僕と変わりゃしない。
僕に狂っていると言った人間こそ、暴力をふるう人間を黙認、及び容認した上で自分すらも無意識に暴力をふるって僕の様な人間を生み出すのだから。
そうした感情と泥沼の様な思考に飲み込まれた僕は衝動と言われるそれを制御せずに殺人を犯した。
それが悪い事だなんて思いもしなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~
視界を占める暗闇。
宙に浮いてる様な水中に沈んでいる様な、それでいてシルクに包まれている様な心地好さが全身を撫でる。
僕はそこで誰かと微睡みながら、抱き締めあっていた。
時折、僕の存在を確かめる様に頭や頬を優しく撫でられる。
その温かな優しさに視界がふわり、と滲む。
やっと、だね
やっと、私の念願が叶った
貴方に会えた、貴方を知れた
貴方に知って貰えた
後は……………………
耳慣れない声に、夢なのだとすぐにわかった。
最近じゃ、冷たい男の声しか聞かないから。
こんなに無防備で、優しい声………。
知っているけど知らない声。
夢じゃなきゃ、説明が付かない。
それに何より、僕と君は会うはずの無い者同士だから。
君は僕の未来で来世で、そして僕の憧れた普通に近い物事を享受する権利を得ている。
それなのに。
熱い吐息と共に聞こえる。
幸せそうに緩む瞼と潤む瞳、赤らんだ頬と歪み切った唇。
上擦った声と、熱に浮かされた表情。
僕の肩を抱く、指先だけが冷えた熱い腕。
僕の目の前に、確かに君は居た。
そうか、君は僕の人生に焦がれていたのか。
目の前には処刑台とも言える物が待ちながら。
それでも君は、僕の人生に焦がれたのか。
君は動かなかった。
動けなかったとも言うけれど、君は確かにそう育てられた。
君は混乱に陥りやすく、硬直しがちなのは相手の暴力や暴言を受け止め、受け入れる為だった訳じゃない。
それなのに、その咄嗟に止まってしまう君の行動が後付けの様にそう思われてしまった。
君はそれが辛くて破滅的な思考を持ち、思考を纏まらせない事で安定を保っていた。
勿論周りには狂っていると言われた。
生みの親は気付いてないだろうが、確かに君を縛っていた。
それが悪いとは言わない。
そのおかげで君は留まる事が出来たのだから。
だが、それを対価に君は思考がどうしてもまともにはなれなかった。
だから君は、僕を求めてしまった。
君のあったかもしれないもう一つの姿。
僕が君自身だったと気付いたのは、君を助けてからだった。
抵抗をしない君に、瞳から生気を失い思考出来なくなるまで傷付いてしまった君に苛立ちを覚えてしまったからだった。
君はもう、本当は死にたかったんだろう。
殺したかったんだろう。
でもそんな余裕なんて無かった。
だから僕を――――
大丈夫、僕が君を………○○すから。
だから、今はおやすみなさい。
~~~~~~~~~~~~
患者番号、286番
性別、女
年齢、○○○歳
囚人
罪状、殺人
危険人物な為、隔離と他の患者との接触を避ける等の配慮が必要。
足音、それから水音。
椅子に拘束されそのまま眠る、いや正確には意識を失ってるであろう囚人。
いつも通りと言わんばかりに水の入ったバケツを傾ける男。
最後にバケツをぶつけるのも忘れない。
男に何一つ抵抗出来ない囚人はいつもここまでして、やっと気だるげに起きるから。
「おい囚人、起きろ」
「………………」
反応が無い。
男はやっと囚人の腕の拘束部分を一部外す。
だらり、力無く垂れた手首を掴み、指先で脈を見る。
手首だけでは分からず、首の頸動脈に指先を当てて見る。
「おい?
脈が無い、死んだか」
「………………」
当然、囚人からの反応は無い。
尚、患者に対する配慮は必要ないと記述されているが、彼女も一人の患者である事に変わりは無い事も明記しておく。
「ふん、今更こんな書類が届くとはな」
「………………」
囚人の基本情報と、取り扱いに付いての書類を片手に、一人の男が昨夜までは生きていた人の形をした血の気も無い青白い肉塊を眺める。
その瞳にはもう、どの感情も写ってはいない。
囚人番号、6042番
死因、衰弱死
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