002

 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘




『ムリー』


『は?』


『待って、ほんと無理』


『最悪』


 激荒れ模様である。


 気を利かせてだろうか、友達や知り合いであろうアカウントから律儀にリプライが来ているが返信する間もなく新しい呟きが増えていく。


『なんなの』


『くそ』


『あー、もうヤダ』


『あ゛────っ!!!!!』


 即刻のミュート案件である。


 律儀さでいえばいつのまにか全ての呟きが通知として受け取る設定にされていた自分も例外ではない。が、正直うるさい。だが、設定を変えるのも面倒なので静かに見守ることにする。


 でなくても、


『ねえ』


 次は別のアプリからの通知がきた。


『酒』


 こちらの返信など待つ気もないらしい。


 構わない。どうせ、聞きやしないのだから。黙って店のURLのみ送る。


『やだ、居酒屋がいい』


「…、ふぁっくですわ」


 冷蔵庫の中のウコン含有ドリンクの在庫に想いを馳せる。




 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘




「出てきた!」


「…はい?」


「リングも置いて来た!」


「あ、そう」


「荷物もバッチリ!」


「左様で」


「だから、しばらくお世話になります!」


「…。あんた友達いないん?」


「うるさい!」


 いつしかを彷彿させるキックが脛にヒットする。痛い。いや、そういえばいつしかではなく昨日だったかもしれない。この時、歴史は動いた。たった十何時間で忙しいものだ。


「いや、でもね流石にやだよ」


「なんで」


「年頃の異性を部屋に置いておきたくない」


「何を今更」


「ほんと勘弁」


「襲う勇気もないくせ」


「そうじゃないだろ」


「何よ、こっちは真面目に────」


「だから!」


「っ…」


「そうじゃないんだって」


「ゴメン」


「分かればよろしい。こっちこそゴメン」


「「………」」


 嫌な沈黙だった。カチンときたとはいえ流石に不味かった。自己嫌悪でビールの苦味が増す。これはこれでアリかもしれない。


「でもじゃあ…どうしよう」


「帰りなよ」


「やだ」


「なんで」


「他の女が過ごした部屋なんてやだ!」


「あー、そういう」


「信じられなくない⁉︎ 私は何なの⁉︎」


「人間」


「は?」


「痛っ!」


 大恐慌である。どうして右脛ばかり執拗に狙われるのだろうか。足元から崩す気なのか。


「ねえ、お願い。一泊だけでいいから」


「嫌だ」


「お願いお願い〜」


「だから、そういうのは彼氏だけに────あ、はい、すみません」


 めちゃくちゃ睨まれた。今のはそれこそ人を殺めることが可能な質量を含んだ視線だった。チビのくせに大した威圧感だ。


「あー、もう。やだやだぁ」


「駄々っ子かよ。草」


「そうだよ〜、駄々っ子だよ〜。だから、助けろよ〜」


「…。慰めてあげよっか?」


「きもっ。そういうとこやぞ」


「うん、知ってる」


「いきなりスイッチ入れんなし。きもっ」


「やったね!」


「ほんとテキトー」


 吐き捨てるように言い放つと、ジョッキに半分以上残っていたビールを一気に煽った。ゴクゴクと鳴る喉に視線が惹きつけられる。


「っはぁ!まずい!もう一杯」


「あ、俺はハイボール濃い目のレモン抜きで」


「いや、そっちにボタンあるんだから押してよ!」


「さーせん」


 夜が更けていく。




 ⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘




 どうしようもないことは察しがついていた。


 有言通りに詰められた大きめのボストンバッグ。外ポケットには充電コードやヘアアイロンが見え隠れしている。


 そして、何よりそこまで強くもないくせに今日はもう空いたグラスが数え切れない。


「なぁ」


「なによー」


 妙に間延びした語尾に思わず溜息が漏れる。吐息には酒気がこびり付いていた。単純にアルコール臭い。


「帰るぞ」


「うん。一緒にね〜」


「…」


「タクシー代払うから」


「いや、そうじゃなくて」


「ベッドじゃなくていいから」


「いや、違くて」


「…。昨日みたいにワガママ言わないから」


「…。馬鹿野郎。耳まで真っ赤だぞ」


「酔ってるんだから仕方ないでしょー」


 机に突っ伏したまま、もう視線を合わせてはくれない。料理も全部中途半端に残して、途中からは三つのグラスを順にローテーションして飲んでいた。ちゃんぽんは実に胃に悪い。半個室とはいえ、やはり居酒屋はタバコ臭くて仕方ない。


「はい、お呼びでしょうか?」


「はーい、お呼びでぇす」


「黙ってろ酔っ払い。支払い、これでお願いします」


 やんわりと苦笑する店員さんにカードを渡して店を出る用意をする。このクソ重そうなボストンバッグと酔いどれ女、二つを担ぐのは実に骨が折れそうだ。引き摺るならどちらにするかなど迷う必要もない。片方には足がついているのだから。


「……バカ…」


 誰に対してなのか。そう呟いたのを最後に黙った酔いどれ女が次に口を開いたのは急遽寄ってもらったコンビニのトイレでのことだった。




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