第12話 格闘ゲームを引退します
◎GAMER'S FILE No.11
『樋口佳奈美(ひぐちかなみ)の経歴』
至って平凡な家庭に生まれる。妹が一人いる。
幼少の頃、TV中継で見た空手の選手に憧れ、
オリンピック選手になることを志すも、運動能力の低さから断念。
小学校高学年の頃、社会現象を起こした大ヒット格闘ゲーム、
ストレートファイターと運命の出会いを果たす。
あっという間に格闘ゲームに見せられた彼女は、これを切っ掛けに、
リアルファイター、鋼拳、サイコキャリバー、ダッドオアワイフ等、
数々の格闘ゲームに挑戦し、最終的に大会を総ナメにする。
彼女の強さの秘密は、その動体視力やセンスももちろんだが、
脇目もふらずに道を追求する姿勢にこそあると関西弁の関係者は言う。
そんな一途に格闘ゲームを極め続けてきた彼女ゆえ、
ゲーマー歴の長さの割りに、他ジャンルに関する知識は著しく少ない。
今日もまた、ゲーマーズ達は八重花の家に集まって新作ゲームに勤しんでいるのである。
「我が剣を恐れぬなら、かかってくるがいい!!」
「ものども、八重花に遅れを取るなッ!! おたけびをあげろーーーっ!!」
「お、おぉー?」
「……二人とも、うっさい……」
「ヤエちゃんといいんちょ(だけ)、ノリノリやな」
千里を除いた4人がプレイしているのは、『懺悔の銀鈴』だ。
「はいそこっ、どうしたどうした、あたしを捉えられる奴はいないのっ?」
中でも一番生き生きしてるのは、ハイスピードアクションを最も得意とする八重花である。
敵中に突撃して自ら囲まれながらも、軽快な長剣捌きと身のこなしによって、四方から向かい来る敵を全て叩き落している。
「ふぅん、アクションゲームってのも慣れれば意外と簡単だね」
苦手なはずのアクションなのに意外と絶好調なのが佳奈美である。
最初はガード可能な片手剣装備で慎重に立ち回っていたが、
大槌の攻撃モーションにガードと同等の効果があることに気付くと、
ブロッキングが得意な彼女はあらゆる敵の攻撃にカウンターを重ね続け、次々と死体の山を築いていった。
「上機嫌なところ悪いんやけど、被ダメ抑えるだけで無敵やないんやから、そろそろ回復取らんと死ぬで?」
一方、亜理紗は近接武器を一切持たず、狙撃弓と拡散弓を使い分けて次々と敵を射殺していく。
「亜理紗は妹のほう使う思っとったんやけど、兄のほうとは意外やなぁ」
「……あんなボムゲーキャラ嫌……ああいうのは昌子に任せる……」
「おっほっほ、極大魔法連発で死者累々ですわっ!!」
「敵はともかく、いいんちょの死体まで積み上がっとるやないけ!」
MPが切れる度に『死亡→復活→MP全回復!』ということを繰り返している昌子は、
パーティ全体の共有復活ストックを一人でどんどん消費していくのだ。
結局、クリア寸前で4つしかない共有ストックを昌子が全て使い果たし、ゲームオーバーとなる。
当然ながら、昌子は全員からフルボッコにされる。
「この穀潰しっ!! あたしなんて一発も攻撃もらってないんだよっ!!」
「……弱いくせに……前線出るな……」
「何度も回復譲ってあげたんだがなぁ」
「まま、落ち着けや! ほな、たまには番組見ようや! TV番組!」
場を和ませようとTVのチャンネルを切り替える千里。
すると、映ったのは女子空手の世界大会の中継だった。
「あっ、決勝はこんな時間からでしたっけ!?」
慌ててTVの前に這い寄って、正座待機する昌子。
「なんやいいんちょ、スポーツ観戦とか好きなんか?」
「いいえ、これっぽっちも! でもこういう話題性のある出来事はチェックしておかないと、一般人のフリができないんです!」
「く、苦労してはるなぁ……」
TVの中で、屈強そうな外人選手と、あまり体躯の大きくない日本人選手が対峙する。
「この日本人選手、なんて人だっけ? 確か有名な人なんでしょ?」
「え、ええっと、確か……工藤なんとか」
「須藤武美だよ。31歳にして衰えを見せない名選手だ。今大会でも優勝は硬いと言われてる」
ウロ覚えの知識を搾り出そうとする昌子をさえぎり、八重花の疑問に答えたのは佳奈美だった。
そう言ってTVを注視する佳奈美の瞳は、抑え気味ではあるものの少女のように輝いていた。
「おっ、詳しいやんか佳奈美」
「……佳奈美の……数少ない得意ジャンル……」
「そういえば、佳奈美って昔は空手やってたんだっけ?」
「ま、ね……。でも昔のことだよ」
「あっ、始まりますわよ!」
勝負は、あっという間についた。
優勝者は、下馬評どおりに須藤武美。
「へー、パワードアーマーも無いのにすごいスピード!」
「たまには本職の技を見るのもええなぁ」
「そうだ、今度佳奈美さんにも空手を披露して頂きましょうか!」
そう言いながら横の佳奈美に振り向く昌子だが、
その表情は昌子の予想とは大幅に食い違っていた。
「……ごめん。あたし、ちょっと風に当たってくる」
「あ、あれっ!? か、佳奈美さん……?」
先ほどと打って変わって、急に表情に影を落とす佳奈美。そのまま昌子の言葉には答えずにベランダに出る。
佳奈美の思わぬ態度に狼狽した昌子は、慌てて亜理紗に小声で尋ねる。
「あ、あの……私、何か余計なことを言ってしまいましたか!?」
「……多分……悔しいんだと思う……」
「悔しい?」
亜理紗はチラリと佳奈美の背に視線を投げかけ、すぐに戻す。
佳奈美の表情はここからは伺えないが、その大きな背中はどこか寂しそうに思えた。
「……佳奈美……格ゲーに出会う前は、空手選手になりたかったんだって……」
「へぇー、あの運動音痴の佳奈美がねぇ」
「……あっ、選手になりたくても運動音痴だから!」
「諦めざるを得なかった……っちゅーことかいな」
ゲーマーズ達の心配げな視線が、佳奈美の背中に集まる。
そんな自分を気遣う仲間達のことを知ってか知らずか、佳奈美は柵に寄りかかったまま空を眺め続けている。
『エマージェンシー!! エマージェンシー!!』
「……こんな時に……」
「ちっ、空気読まんかいな!」
佳奈美に目配せする千里だが、意外にも佳奈美は既に臨戦態勢になっていた。
「さ、みんな行こう」
「佳奈美さん……その、大丈夫なんですか?」
「ん、なにが?」
気にするなと言いたげに微笑み返す佳奈美。
結局それ以上踏み込むことはなく、そのまま全員揃って出撃するゲーマーズだった。
「……無理……死ぬ……」
言葉少なに力無くつぶやいたのは亜理紗……ではなく、汗だくで今にも倒れそうな八重花である。
本日は記録的な猛暑であった。
ゲーマーズになるまで暑さも寒さも家に引き篭もってやりすごしてきた彼女には、気温40度近くはちょっとした拷問だ。
「……八重花……私の真似やめて……」
「そういう亜理紗もええ感じにヘバっとるなー。ウチはアウトドア派だから一応まだ踏ん張れるけども」
「……っていうか……何であの二人はあんなに元気なのよ……?」
八重花のぐったりした瞳の先には、アンチャー相手に大暴れする佳奈美と、それにハツラツと指示を出す昌子の姿があった。
「いいんちょは自宅にエアコンが無いから暑さには慣れとる言うとったな」
「じゃあ佳奈美は……?」
「どうもあいつは集中し始めたら暑さ寒さとか感じん体質らしい」
「……羨ましい体質……」
好き勝手寸評されつつも、佳奈美の奮闘によりアンチャーはもう死に体だった。
「今です、佳奈美さん! 大技で一気にしとめてください!」
「めくり春巻からコパコパに繋いで目押しで中P、双龍カビキャンから遠立ち大Kで拾ってミラクルコンボで〆っ!!」
「フグワァッ!?」
目にも留まらない佳奈美のコンボの直撃を受けたアンチャーは、たまらず消滅した。
アンチャー討伐を完了し、変身解除して背伸びをする佳奈美。
「なるほど、途中でわざと間を置くことで補正切りを行ったのですね」
「おっ、昌子も分かって来たじゃないか」
「格闘ゲーム素人ながら、色々と勉強させていただきましたから」
「よーし、なら次は実践だな! ゲーセン行こうか!」
「え、ええっ!? あの、わたくし夏季休み明けの実力試験の勉強をしないと」
「ちょっとぐらいいいだろ? これも勉強、勉強!」
「ほな、ウチらは先帰っとるで。チビ二人がバテきっとるし」
「ええええええ!? ちょっとお待ちになってええええ!!」
助けを求める昌子をスルーし、千里は四輪に変形させたマシンに亜理紗と八重花を放り込み、走り去っていった。
昌子はそのまま、佳奈美に半ば無理やりゲーセンに連れて行かれてしまった。
ゲーセンに到着し、格闘ゲームの対戦を始める二人。
昌子の方ももう観念し、愚痴交じりにガチャプレイを行っている。
「全く、こう連戦続きではロクに勉強する時間も取れませんわね!」
『K.O!!』
「わたくし、このままこんな状態が続くようなら、いっそゲーマーズをやめようかとすら思ってしまいます!」
『K.O!! PERFECT!!』
「……って、佳奈美さんは相変わらず容赦ありませんね!
というかわたくしの話、聞いてます!?」
「聞いてるよ。いいじゃんやめれば」
「!」
「昌子が大事だと思うものを優先すればいいじゃないか。
いつかみたいに無理強いはしたくないし、昌子がそのつもりなら引き止めないよ」
「わ、わたくしは勉学もネトリスもファイエンもゲーマーズも大事です! みんな捨てたくありません!」
「なら、頑張るしかないんじゃないの」
「で、ですよねー……」
少々疲れた様子で黙りこくってしまった昌子に、佳奈美は冗談めかしてこう言う。
「ま、あたしは格ゲーが今最も打ち込める物だからやってるだけだし。他にもっと大事な物ができたら、乗り換えるかもね」
「あはは、またご冗談を」
佳奈美の発言に思わず笑いを漏らす昌子。
格ゲーと佳奈美は切っても切れない関係だ、格ゲーをやらない佳奈美なんて想像すら出来ない。
「ふふっ、冗談なもんか。何せあたし、格ゲー始める前はずっと空手やってたんだ。
でも、格ゲーの方が面白くなったから、キッパリやめたんだよ」
「そう、なんですか……」
「あぁ、変わるもんさ。一番大事な物なんて」
そう言って、少し自嘲気味に笑う佳奈美。
その言葉のどこまでが本心なのか……。
測り兼ねた昌子は、曖昧な返事を返すことしかできなかった。
「……もう一戦やる?」
「あ、そうですね。……あっ」
佳奈美の言葉に、財布をまさぐろうとした昌子だったが、ふと腕時計に目が行く。
「もうこんな時間! 佳奈美さん、申し訳ありませんけど今日はもう帰りますね!」
「そっか、あたしはもうちょっとやってから帰るよ」
「はい、それではまた次の機会に!」
塾の予定でもあるのか、昌子は何度も時計を確認しつつ、慌てて走り去っていった。
一方の佳奈美は、黙々と一人プレイを続ける。
ふと気が付くと、昌子が居た反対側の筐体に誰かが座ったようだ。
続いて100円が投入された音がする。
『New Challenger!!』
「ん、乱入なんて久しぶりだな」
『Fight!!』
試合が始まり、相手の技量を推し量ろうと様子を見る佳奈美。
崩しを考えないガン攻めタイプ。
こういう相手は佳奈美の最も得意とするタイプだ。
ブロッキングやフェイントで振り回し、軽くあしらっていく。
(なんだ、大した腕じゃないな。流れのライト層か)
見切りをつけた佳奈美は、相手の大振りをカウンターヒットしてからのコンボを決め、圧倒的な勝利を得る。
『K.O!! YOU WIN!!』
「悪いね、手加減はしない主義でさ」
『New Challenger!!』
「ん、連コか? しょうがないな……」
あまり面白い相手ではなかったので連戦は遠慮したかったのだが、挑まれてしまったからには仕方ない。
当然、結果は先ほど以上の圧勝だった。
しかし挑戦者は一向に諦める気配が無く、再びの連コイン。
そうして気が付けば対戦回数はもう二桁を突破しており、佳奈美もいい加減にウンザリしてきた。
……が、向こうの方のイラ立ちはそれ以上だったようだ。
ガァン!!
突如として、激しい衝突音が店内に響く。
業を煮やした対戦相手が、筐体を蹴り飛ばしたのだ。
「おい、勝てないからって筐体に当たるなよ。壊れたら弁償する金あるのか?」
見かねて立ち上がって対戦相手に詰め寄る佳奈美だが、相手は濁った瞳で佳奈美をにらみ返す。
「はっ、あんたアタイが誰だか分かって喧嘩売ってんの!?」
その見るからにガラの悪いヤンキー娘は、佳奈美の前に立ち上がって指をバキバキ鳴らした。
「あたしゃ空手大会の高校生部門で4位入賞したアガサアミコだよ!?」
「へぇ……そりゃすごいね」
まさかこのヤンキー娘が空手の実力者だとは思わずに驚いた佳奈美だったが、同時に無性に腹が立ってきた。
それほどの腕前がありながら、どうしてこいつは空手を汚すような真似をしているのか。
「すごいけど……4位なら、4位なりの態度を取るべきなんじゃないのか?」
「はぁ!? 何言ってんの!?」
「4位の空手家として、恥ずかしくない振る舞いをしろって言ってんだよ!」
「4位4位うっせーよ! つーかあれか、要するに4位の鉄拳を味わいたいって言ってんのか!?」
アミコは空手の構えを取った。
その目はキレており、本気で佳奈美に殴りかかって来そうだ。
「おい、リアルファイトはやめろよ。折角ゲーム内で決着ついたのに無粋だろ」
「今更ビビってんじゃねー、ゲームオタクがっ!!」
激昂したアミコは、とうとう佳奈美に襲い掛かってきた。
(……あれ? こいつ、意外と動き遅い……?)
アンチャーとの戦いで実戦慣れしていたせいか、アミコの動きは佳奈美にはスローモーションに見えた。
アミコが放つ右ストレート、ローキック、大振りな回し蹴り。その全部が手に取るように見える。
……問題があるとすれば、ただ見えるだけだったことだろうか。
ドガッ! バキッ! バンッ! ドサッ!
いくら相手の攻撃が止まって見えようが、運動神経の鈍い佳奈美には避けることは叶わず、全ての攻撃が佳奈美の体に叩き込まれていく。
瞬く間に、佳奈美はアザだらけになって地に伏していた。
「口ほどにもねー奴だ、思い知ったか!」
「いてて……だからリアルファイトは嫌いなんだよ、勝てないから……」
「これに懲りたら喧嘩を売るときは相手を見て……。……あっ!?」
アミコが何かを見てピシッと固まった。
いつの間にか佳奈美の後ろに誰かが立っており、アミコの視線もその先だ。
その視線の先に、佳奈美も目を移してみる。
そうしてそこに居た人物の姿を認めると……佳奈美は、目を丸くした。
そこにいた小柄ながらしっかりした体躯の中年女性は……。
「すっ……」
「須藤さん!? ど、どうしてゲーセンなんかに!?」
須藤武美―――佳奈美がかつて目標にしていた、空手のトップ選手だった。
「あんたを探しに来たに決まってるじゃない!
練習をサボってこんなところで何やってるかと思ったら……」
須藤は、身体中にアザができている佳奈美を一瞥すると、鬼の形相でアミコを睨む。
「あんたねぇっ、一般人に暴行だなんてどういうつもり!?」
「す、須藤さん、ち、違うんです!」
「何が違うっての!? この子に蹴りくれてるところをはっきり見てたわよ!」
「す、すんません……で、でも、こいつが喧嘩売ってきて……」
「どっちが売ったかとかどうでもいいの!
あんたは自分が武道家の端くれだって自覚がないの!?」
「そ、それは……」
須藤の怒声に、アミコはしどろもどろになるばかりだ。
「こんなことを仕出かして、まだウチの道場に居られると思ってないでしょうね!? あんたは破門よっ、今ここで!!」
「そ、そんなぁ!! 勘弁してください!!」
必死に自分に追いすがるアミコを振り払い、須藤は目を白黒させている佳奈美に近づき、抱き起こした。
「あなた、大丈夫?」
「は、はい! ……いてっ!」
慌てて立ち上がったものの、頬に痛みが走り、思わず手で押さえる佳奈美。
「やっぱり手当てしないとダメね……。私の道場がすぐそこだから、そこまで行きましょう」
「そ、そんな! そこまでしてくれな―――い、いただかなくても……」
「私の後輩がやらかした結果なのよ、ちゃんと責任取らせて欲しいわ」
須藤はそう言ってニコッと笑った。
結局、佳奈美はそのまま須藤の肩を借り、彼女の道場まで行くことになった。
スポーツジムの隣に存在する小さな道場。
そこの軒先で、佳奈美は須藤の手によって薬を塗られていた。
練習中なのであろう、中からはセイ、セイといった掛け声が間断なく聞こえてくる。
「本当にごめんなさいね、うちの門下生が酷いことを……」
「い、いえっ……あの程度、慣れてますから……」
「まぁ、おてんばなのね」
「そうじゃなくて、ちょっとバイト絡みで……」
そうして雑談しながらの治療を受けながら、稽古の風景をぼんやりと眺める佳奈美。
「空手……あたしも昔はやってました」
「あら、ホント?」
「それもその……子供の頃にTVで見た、須藤選手に憧れて空手始めたんです」
「まぁ……嬉しいわ!」
佳奈美の言葉を聞いて、子供のように目を輝かせる須藤。
一方の佳奈美は、少し俯いてしまう。
「……そのまま、続けられてたら良かったんですけどね……」
「あら、どうしてやめちゃったの?」
「あたし……人並み外れた運動音痴で……」
「そうかな、私から見て、あなたはセンスがあると思うけど」
「そんな、お世辞なんて……」
「ううん、確かに身体を動かすのは苦手みたいだけど、そんなのは訓練次第でどうにでもなるわ」
「そういうもの……ですか?」
「ええ、トップレベルになると、一瞬の判断力……
言うなれば、野生の勘みたいなものが一番重要になってくるの。
そういう感覚ばっかりは人に教えられてどうこう出来るものじゃない」
「はぁ、そうなんですか」
「そして、あなたはその感覚を持っている。私には分かるの」
「はは、まさか。買いかぶりすぎですよ」
「……………………」
須藤は急に真剣な目つきになる。
「さっきのアミコとのケンカを見てたけど……あなた、あの子の攻撃を全て見切っていたんでしょ?」
「えっ!」
「避け切れてはいなかったけど、あの子の攻撃に対して完璧な回避を試みていたように私には見えたんだけれど」
「……………………」
佳奈美は無言ではあったが、その瞳が一瞬輝いたのを、須藤は見逃さなかった。
「空手、もう一度始めてみない? 私がみっちり指導してあげるから!」
(そんなまさか。もう散々分かっているだろう、自分には無理だって)
そう静止する冷静な心の声。
しかし今の佳奈美には、それより胸が高鳴ってウズウズする身体の声の方がよほど大きかった。
「……やります。いえ、やらせてください!」
自分も空手家として開花することができるのかもしれない!
それも、憧れの須藤武美の下で!
「さ、それじゃ早速稽古を始めましょ!」
須藤はニッコリ笑って、佳奈美の手を取った。
――――――――――――――――――――――ー―――――――――――――
佳奈美が須藤と出会ってから、一週間の時が経った。
アンチャー出現の報を受けた佳奈美(とゲーマーズ)は、今日も変わらずアンチャー討伐に精を出している。
「正拳中段突き!!」
「足刀外廻し蹴り!!」
空手の技を駆使して、アンチャーを蹴散らしていく佳奈美。
今日のアンチャーは弱いものばかりだったこともあり、そうかからずに討伐完了する。
一息つく佳奈美に、目ざとい千里が声をかける。
「なんや、どうしたんや佳奈美? いつもとプレイスタイルちゃうやん」
「へへへっ、実はさ……」
佳奈美は、空手を再び習い始めたことをゲーマーズ達に説明する。
「ええーーーっ!? あの須藤選手にスカウトされたんですのーーーっ!?」
「ああ、だからこれから空手の練習と二束の草鞋になりそうなんだ」
「ええやんええやん! 空手で鍛えれば、アンチャー戦ももっと有利になるんとちゃうん?」
「……佳奈美……よかったね……!」
「サンキュ、亜理紗!」
「……………………」
素直に驚きと喜びを表現するゲーマーズの面々を他所に、八重花一人がいやに険しい表情をしていた。
「おっと、そろそろ稽古の時間だ。あたし、もう行くから!」
それだけ言うと、佳奈美は面々に手を振りながら颯爽と駆け出していった。
その晴れ晴れとした表情は、どこか影のあった以前の佳奈美とはまるで別人のようだ。
一方、何かを考え込んでいた八重花は、そっと昌子の後ろに近づくと、トントンと肩を叩く。
「……昌子さん、ちょっと付き合ってくれない?」
「あら、どうしたんですか?」
「少し特訓がしたいの。昌子さんが居れば色んなパターンで出来るからね」
「特訓? どうしてまた急に……」
「いいから」
そうして変身も解かないまま、八重花は昌子を連れてどこかに行ってしまった。
「……八重花……佳奈美が強くなって、悔しいんだ……?」
「う~ん、そうなんかなぁ?」
八重花の不可思議な態度に、亜理紗と千里は首を捻るばかりであった。
「佳奈美、なかなか腕を上げてきたじゃない」
稽古の休憩中、タオルで汗を拭いている佳奈美に須藤が話しかけてくる。
「いや、武美さんの指導がいいからですよ!」
「指導がよくても結局は本人次第なのよ。佳奈美はもうちょっと自分を高く評価してもいいと思うわ」
「こ、光栄です!」
「あ、そうそう」
何かを思い出したように、ポンと手を打つ須藤。
「来月の大会、あんたの出場登録しておいたから」
「え、大会ですか?」
「今の佳奈美の実力なら、優勝も夢じゃないかもね」
「そんな、あたしが優勝……?」
言うほど簡単なことではないだろう。
しかし、しかし……もしもそれを成し遂げることができるのなら、
自分はやっとコンプレックスを克服し、自分に自信が持てるようになるのかもしれない。
「大丈夫、佳奈美は強いって。もっと自分に自信を持ちなさい」
「……よっしっ、やっるぞぉーーー!!」
気合を入れなおし、空手の練習を再開する佳奈美であった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「手刀鎖骨打ち……くっ!?」
「上段受け……うわっ!?」
今日もアンチャー討伐に精を出す佳奈美だが、どうにも様子がおかしい。
繰り出す技が全く決まらず、反撃を受けてばかりなのだ。
結局、見かねて援護にやってきた他メンバーの活躍でアンチャーは撃退される。
「どうしたんですか佳奈美さん、今日はいやに調子が悪いじゃないですか」
「うーん、どうしたんだろうなぁ。なんかよく分かんないんだけどしっくり来ないんだよ」
昌子に疑問を呈されても、当の佳奈美自身も首を捻るばかりだ。
「いや……これは調子が悪いんじゃないよ」
「八重花?」
やっぱりね、と言った様子で佳奈美を見下ろす八重花。
更に千里も八重花の言ってる意味を悟ったようだ。
「ヤエちゃんの言うとおりかもしれん。これは確かに調子が悪いんとちゃう」
「なんだよ千里まで。どういう意味だ?」
「それは……」
少々口ごもる千里。
しかし意を決し……口を開いた。
「おそらく佳奈美は…………空手を再開したことにより、弱なったんや」
「…………えっ?」
「あの、おっしゃっている意味がよく分からないのですけれど……」
「……身体を鍛えて……弱くなるって……?」
佳奈美本人はもちろん、昌子と亜理紗もよく意味が分かっていない様子だ。
千里の言葉を補足するように、今度は八重花が口を開いた。
「簡単なことだよ。
空手は『普通の人間』が『普通の人間』を倒すための技術なんだ。
パワードアーマーでアンチャーみたいな怪物と戦うための技術じゃない」
「あ……」
「要するに、空手にうつつを抜かしてる佳奈美は…………ゲーマーズとして戦力にならないってこと!」
シーン……。
ゲーマーズの間になんともいえない静寂が流れる。
そんな中、昌子がそっと口を開いた。
「……そうですね。
思えば我々が長官様に買われたのは、超常的な非常事態に関する対応力です。
ありふれた現実的な危機しか想定していない一般の格闘技では、対アンチャーにはまるで使い物にならないのは自明の話でした」
再びの静寂。
「そんなっ……。あたしは……あたしはっ……!」
佳奈美が呻くように声を上げる。
「あたしは、空手を……!」
「……佳奈美……」
「……………………」
誰もが次の言葉を躊躇う中……八重花は、キッパリと言い放った。
「やめなよ、空手。それしかないでしょ」
「……ッ!」
うつむいて唇を噛む佳奈美。
「夢だったんだ……小さい頃からの夢だったんだよっ!!」
キッと顔を上げて八重花を睨む。
「その一度捨てた夢が、また叶うかもしれないんだ……簡単に諦められるかよっ!!」
「じゃあゲーマーズをやめるっていうこと!?」
「それはっ……!」
「どっちを選ぶのかハッキリ決めなさいよ!
ゲーマーズは半分ぐらい遊びみたいなもんだけど、それでもみんなその遊びに命賭けてんのよ!
そんな覚悟も無い生半可なゲーマーなんて……ゲーマーズにはお呼びじゃないのよ!!」
「ぐっ……」
言い方はともかく、八重花の言葉は正論だ。佳奈美は言い返せない。
それを見かねたのか、昌子が柔らかい物言いで割って入った。
「佳奈美さん……前にゲームセンターでおっしゃいましたよね」
「え……?」
「ゲームよりも大事な物が出来たら、ゲームを捨てても後悔はしない、と……」
「…………」
「わたくしは佳奈美さんの選択を尊重いたします。 ゲームでも、空手でも……佳奈美さんが本当に大事だと思う方を選んでください」
しばらく押し黙っていた佳奈美だったが……。
「一晩…………考えさせてくれ」
搾り出すようにこれだけ言うと、重い足取りでその場を立ち去っていった。
「なんや、とんでもないことになってきたなー」
ぽりぽりと頭をかく千里の腰に、亜理紗がしがみついてくる。
「ん、どした亜理紗」
「……佳奈美が……ゲーマーズをやめたらどうしよう……」
「……………………」
亜理紗の言葉に、千里は何も答えることが出来なかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『エマージェンシー! エマージェンシー!』
「アンチャー出現です! みなさん、行きますわよ!」
「らじゃっ!」
「了解!」
「……うん……」
『『『『プレイ・VR!!!』』』』
「千分の一秒を削るのに命を賭ける。
音すら置き去りにする光速の戦士……『G・ドライバー』!!」
「狙った獲物は逃がさない。
視界に映る全てを射抜く戦慄の戦士……『G・シューター』!!」
「あらゆる死地を活路に変える。
フィールドを駆け巡る躍動の戦士……『G・アクション』!!」
「全ての謎は、ただ解き明かすのみ。
真理を究明する英知の戦士……『G・パズラー』!!」
『『『『四人揃って、ゲーマーズVR!!』』』』
変身した四人の戦士は、アンチャー出現の現場に向かって走り出した。
【ゲーマーズをやめる】
それが一晩の間、悩みに悩んだ佳奈美の答えだった。
誰も……何も言わなかった。
ただ、千里一人が「そうか、頑張ってな」という言葉を振り絞り、佳奈美を送り出した。
アンチャーの群れに臨む4人のゲーマーズ達。
今日に限っていやに数が多い気がするのが不思議だ。
それでも敵の戦力を分析し、素早く戦術を組み立てる昌子。
「ここは前衛二人が盾になって持ちこたえて―――あっ、今は前衛は八重花さんしか……」
昌子の指令を聞いた八重花は既に飛び出していたが、彼女一人で持ちこたえるのは難しいだろう。
すぐに作戦を撤回しようとする昌子だが……。
「あ、亜理紗!? どないした、前線に出たりして!?」
「えっ!? 亜理紗さん!?」
八重花から少し遅れて亜理紗が飛び出し、アンチャーの群れに突撃したのだ。
「……佳奈美の代わり……私が勤める……」
「あ、亜理紗さん、下がってください! あなたの能力で前線を支えるのは無理です!」
叫ぶ昌子だが時既に遅く、亜理紗はアンチャーの群れに囲まれて逃げ出せなくなってしまった。
しかし次の瞬間、群れの中心から無数の閃光が放たれ、バーストモードになった亜理紗の姿が露になる。
「……私だって……戦える……。佳奈美の代わりぐらい……できる……!」
「アホゥ、無茶苦茶や!! シュータータイプは一撃もろうたら致命傷なんやぞ!!」
バーストモードでの零距離射撃を繰り返し、何とか前線を支えようとする亜理紗だが、
そんな刃の上を渡るようなギリギリの戦いがいつまでも続けられるわけが無い。
徐々にバーストモードによる疲労が色濃くなってくる。
そうしてできた一瞬の隙を突き、アンチャーの一匹が亜理紗の後頭部に殴りかかる。
「うぅっ!?」
あっけなく吹き飛び、地面に何度か跳ね返る亜理紗。
「ぐっ……まだまだ……っ!」
頭から血を流しながらも何とか立ち上がり、再びアンチャーの群れに接近戦を挑む亜理紗。
しかし多勢に無勢、オマケにダメージは大きく、
動きに精彩を欠く亜理紗の腹部、背部、両手足……あらゆる部位にアンチャーの攻撃が襲い掛かる。
「うぇっ!!」
「うがっ……」
「ガァァっ」
既に全身見る影も無いほど血まみれ、アザだらけであるが……。
だが……それでも亜理紗は立ち上がって銃を放ち続けた。
「亜理紗さん、もう十分です!! お願いですから退いてください!!」
「……いやだ……私にだって、前衛ができることを証明する……」
「どうしてそこまで!?」
「……だって……そうじゃないと……佳奈美が心置きなく夢を追えないからっ!!!」
「…………!」
しかし亜理紗の必死の想いも虚しく、力尽きて立ち上がれない亜理紗に、アンチャー達の無情な攻撃が振り下ろされる。
「亜理紗っ!!」
千里が救出に向かうが、アンチャー達に阻まれて到達できない。
絶体絶命か……と思った寸前、駆けつけた疾風がアンチャー達を吹き飛ばす。
八重花だ。
「亜理紗、あんたは下がってて」
「……八重花……」
「勘違いしないでよ。前衛みたいな美味しい役、あんたには勿体無いってだけなんだから」
再び陣形を組みなおすアンチャー達に向き直り、八重花はウィップソードをビュビュッと振ってみせる。
「前衛はあたしのフィールド!
佳奈美がいなくなって、あたしの独占! あー、すっきり!」
言うが早いか、一瞬でアンチャー達の視界から消え去り、狼狽するアンチャー達の死角をついて次々にナマス切りにしていく八重花。
アンチャーが反応したかと思うとその瞬間にはもうそこには居ない。そして気が付いた時にはもう真っ二つにされている。
それも一方向だけではない。神速の機動力を生かして単独で広範囲の制圧を実現している。
正に、前衛二人分の活躍だ。
「……八重花……私にできなかったことを……」
「亜理紗、無事かっ!?」
「……千里……」
「なーにションボリしてんねん! 亜理紗の役目はこっちやろ!」
狙撃用の席を親指で指し示す千里。
そうだ、もう足は動かなかったが、手先ならまだ動く。
「……うん……私、まだ戦える……」
「せや、移動はウチに任せてアンチャーのドタマふっとばしたれや!」
千里に抱えられて、亜理紗はマシンに搭乗した。
そうして無理をせずに自分の役目に専念した亜理紗、そして何より八重花の獅子奮迅の活躍により、アンチャーの群れは全て殲滅された。
「ほーらね、あたし一人の力でこの有様! 佳奈美なんて最初から要らなかったのよ!」
そう豪語する八重花だが、彼女があえて尊大な物言いをしている理由はゲーマーズ達にはすぐに分かった。
「ヤエちゃん、相変わらず素直やないなぁ」
「友を心より想っているからこそ、あえてつっけんどんに振舞う友情もあるんですのよねっ!」
「きっ、気色悪いこと言わないで昌子さん!!」
「……ありがとう……八重花……」
「ぎゃー!? 亜理紗があたしにお礼を言ったー!?」
ともすればポッカリと空いてしまう胸の穴を誤魔化すためか、大げさに騒ぎ続けるゲーマーズ達。
そんな中、新たな邪悪な気配に気付く。
「まだ居ましたのね!」
「大丈夫、さっきみたいにあたしが全部制圧してあげるから!」
「ウチらも万全に援護するで、いったれヤエちゃん!」
「……八重花……お願い……」
「まっかせなさい!」
胸を張って再びアンチャーの群れに突撃していく八重花だったが……。
「……あづい……」(バタッ)
「あぁっ!! ただでさえ暑さに弱い八重花さんがノンストップで走り回ったものですから、すっかり熱中症に!!」
限界以上の力を振り絞った八重花は、力尽きて倒れてしまったのだ。
「あっちゃー、無理しとるのは亜理紗だけじゃなかったんや!」
「……どうしよう……」
アンチャーの群れは、すぐそこまで迫っていた。
少し時間は巻き戻る。
樋口佳奈美はぼんやりとした喪失感を抱えたまま、空手の稽古に向かっていた。
途中、いつも入り浸っていたゲーセンの前を横切る。
つい横目で追いつつも、何とか視線を切って歩を進めた。
「……大丈夫、格ゲーに未練は無いよ」
自分に言い聞かせるように一人ごちる佳奈美。
「空手も格ゲーも、あたしにとっては同じことだ。一瞬の時間に、自分を燃やし尽くすだけ」
うんうんと一人で頷くが、その後姿はどこか頼りない。
それからも独り言は止まりそうで止まらなかった。
「それに……完全に格ゲーと断絶したってわけでもないし」
「そうだよ……息抜きにちょろっとワンプレイするぐらいならできるし」
「でも……そうすると、ヒリ付くような一瞬のやり取りとは程遠いレベルになっちゃうんだろうな……」
そうこうしている内に、道場に到着する。
気持ちを切り替えて軒先をくぐろうとする佳奈美だったが……。
『エマージェンシー! エマージェンシー!』
「あ……ブレスレット、返すの忘れてたな」
今頃、ゲーマーズ達はアンチャーの出現場所に急行しているのだろう。
「……ああやって、みんなでワイワイやるの……楽しかったな」
目を閉じると、今でもありありと思い出せる。
昌子が指示を出し、
八重花が切り崩し、
亜理紗が援護し、
千里がオールマイティに立ち回る。
…………………………………………。
なんだろう。
無性に格ゲーがやりたい。今やりたい。
まだ稽古が始まるまでは時間がある。
佳奈美は来た道を戻ると、ゲーセンに飛び込んだ。
見慣れた画面。手馴れたスティックにボタン。
だが……。
「あ、あれ……?」
何故だろう。ちっとも面白くない。
(いつもの格ゲーのはずなのに……。
何でだ……? 何かが……足りない……?)
ヒリつく駆け引き
コンボの爽快感
バリエーション豊かで奥深いゲーム性
もちろん、そういうところも好きだ。
だけど……それだけじゃなかったはずだ。
(そうだ……あたしが格ゲーが好きだったのは……!)
『……鍔迫り合いだけは……負けない……』
亜理紗には結局、連打では一度も勝てなかったな。
『へっへっへー! どや、今の目押しコンボ!』
千里の攻撃のタイミングはいつも完璧だった。
それだけに読みやすくもあったけど。
『ああっ!? 閉点以外で佳奈美に負けたーっ!?』
スカシスで八重花に初めて勝てた時は嬉しかったな。
勝ててあんなに嬉しかったのは何年ぶりだろ。
『え、ええっと、格闘ゲームでは一秒間は60フレームで構成されており……』
昌子の格ゲー知識、いつの間にかあたしも舌を巻くほどになってたな。
そう、あたしは……みんなと一緒に自分を高めて行けたから……
格ゲー……いや、ゲームが大好きだったんだ!!
もう迷わない。
自分が居るべき場所。自分が求めるべき道は……あそこにしか無い!
佳奈美は走り出した。
一方、ゲーマーズ達は戦力が欠けた状態でアンチャーの群れに囲まれ、死闘を余儀なくされていた。
八重花は戦闘不能、亜理紗も重傷で射撃に精彩を欠く。
そんな状態で全員を乗せた千里のマシンは、何とか突破口を開こうとアンチャーの群れを掻き分けている。
「えーい、美しくない戦法ですがこの際なりふり構っていられませんわ! 必殺・火薬直当て!!」
マシンの上から本来トラップ用の火薬をバラ撒き、爆破させる昌子。
しかし激しく逃げ回っているマシンの上から的確に火薬を撒けるはずもなく、効果は薄い。
「あーもう、ウチの愛機もボコボコや! こんなん修理代いくらかかんねん!」
千里の言うとおり、マシンももう限界だ。
アンチャーの攻撃によって装甲が剥がされ、煙を噴き始めている。
「…………大丈夫……まだイケるよ…………あっ」
強がる亜理紗だが腕に力が入らず、群れの中に銃を落としてしまった。
「絶体絶命……なんかね?」
「千里さん、諦めてはなりません!!
どんなにクリア不可能に見えるMAPでも、必ず勝機はあるのです!!」
「ほーん、例えばどんなん?」
「え、えーっと……ほら、敵の援軍があったのですから味方にも援軍とか!」
「そんなフラグ、どっかに立ってたかいな?」
「……フラグなら……立ってる……」
「うん?」
「……立ってるよ……ほらっ!!」
亜理紗が震える腕で指差す方向からは、何者かがアンチャーを吹き飛ばしながら向かってくるのが見えた。
「ストライカーアタック!!」
無敵状態の飛び蹴りで現れたのは……。
「欲するは強敵、そして勝利のみ。
道を追い求め続ける孤高の戦士……『G・ファイター』!!」
「佳奈美さん!? どうして……」
「キャラ交代だ。みんなさがってな!」
それだけ言うと、佳奈美はアンチャー達に向かって構えを取る。
股を割って腰を落とし、右手を突き出し、左手を腰の辺りに置いた構えを。
「こ、これは空手の構えじゃありませんか! これじゃまた前の二の舞―――」
「いや……これなら大丈夫かもしれない」
茹る頭を何とか起こした八重花だ。
「えっ、でも空手ではアンチャー達には対抗できないはずでは……」
「見てれば分かるよ、多分ね」
次の瞬間……佳奈美は大きく上体を逸らした。
「万殴!!」
勢いをつけた右拳を先頭に、アンチャーの群れに飛び込んでいく佳奈美。
そのオーラを纏った拳は、次々にアンチャーの身体を貫いていく。
「春巻千頭脚!!」
続いて竜巻が起こるほどの激しい空中回し蹴りで、アンチャーを纏めて吹き飛ばしていく。
「なるへそ……これは空手やない。ただ似とるだけなんや」
「どういうことですか?」
「佳奈美の戦い方は、あくまで格闘ゲームのそれなのよ。
バトルスタイルのモチーフが『空手』であるだけでね。
言うなれば、今の佳奈美は『空手使い』という設定の格闘ゲームキャラクター!」
「……佳奈美……」
銃座から何とか身を起こした亜理紗の目に、はつらつと暴れまわる佳奈美が映る。
今の佳奈美は、空手を再開した当初よりも更に生き生きして見えた。
「これが格ゲーマーの戦い方……。
そして、これがあたしの道、目指す高みを貫く拳だっ!!」
アンチャーを前方に誘導すると、佳奈美は大げさに両腕を回してエネルギーを溜めるような動作をする。
「はぁっ!! 佳道標高拳!!!」
大きく突き出した佳奈美の両掌から、光弾が放たれる!
太く、貫通力のあるその光弾は、多くのアンチャーを貫いて爆散させた。
「……やった……!」
「ははっ、こんなビーム飛ばす技が空手にあるわけあらへんな!」
佳奈美は一息つくと、ゆっくりと残ったアンチャー達に向き直る。
「まだやるか? あたしは何度でも受けて立つよ」
ギラリと鋭い眼光でアンチャーの群れを射抜く佳奈美。
そんな佳奈美の気迫に恐れをなしたアンチャー達は、そそくさと撤退した。
「さて、と……」
「佳奈美さぁーーーん!
ありがとうございます、佳奈美さんが戻ってきて頂けたおかげで助かりました!」
「うわっぷ!?」
恐る恐る振り向こうとした佳奈美だったが、その前に感激した昌子に飛びつかれる。
「よう帰ってきたな、佳奈美」
いつもと変わらぬ軽い笑顔で迎える千里。
戻ってきた佳奈美を温かく迎えるゲーマーズの面々。
しかし、亜理紗はやや沈痛な面持ちだった。
「……佳奈美……空手は、いいの……?」
「……………………」
少しだけ寂しそうな顔を見せる佳奈美だが、すぐにフッと笑顔を取り戻す。
「あたしはゲーマーだ。空手家にはなれない」
「佳奈美……」
「……だけど、空手が大好きなゲーマーなんだ。それじゃ……駄目かな?」
「ウダウダ言ってんじゃないわよ、佳奈美のクセにっ!」
「いてっ!?」
前のめりに転倒する佳奈美。
いきなりニヤケ面の八重花に後頭部を蹴飛ばされたのだ。
「八重花、テメェっ! おまえがヘコんだ時は優しくしてやったのに!」
「そんな昔のことを恩着せがましく覚えてるんじゃないわよ!」
「……きっとこれが……八重花の優しさ……」
「せやな、ヤエちゃんが優しすぎて涙が出るわ」
「八重花さんって本当は私達の中で一番優しいのかもしれませんね」
「あ、あれっ!? 何これ、褒め殺しのターン!?」
素直に褒められるのに慣れておらず、逆に慌てる八重花なのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
後日、佳奈美は改めて須藤に挨拶に行った。
そして空手をやめること、別の道を追求することを伝えた。
「武美さん、ごめんなさい……あたしは……」
「自分が心の底から好きなことをやるのが一番だと思うわよ。その才能はちょっと勿体無いけどね」
内心思うところが無いでは無かったろうに、須藤の笑顔は全く曇りがなかった。
おかげで振り返ることなく道場を後に出来たことを、佳奈美は心から感謝した。
強くなろう。今まで以上に。そう硬く決心した夏だった。
チャララララララン♪
『Gパズラーこと、田宮昌子です。
皆様ご存知でしたか?
ゲーマーズのパワードアーマーは、
沢山の民間企業が開発に関わって出来ている物だそうです。
それでどうしてかは存じないのですが、
その中核となってる大会社の社長さんが私達に会いたがってるらしいのです。
……はっ! もしや、アタクシのサインが欲しいから!?
おーっほっほっほ、何千枚でも書いて差し上げますわー!!』
次回、ゆけゆけ!!ゲーマーズVR
Round13「すれ違う親子のクロスゲーム!」
ジャジャーン!!
『この才知、ハイク様のために! ……なんてキャーキャー!!!』
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