第24話
「ある日妹があいつを連れてきた。
私は最初は帰って欲しいといったが、一度だけ話しを聞いて欲しいと妹が泣いて頼むので仕方なく奥の部屋に通すことにした。
車いすに乗った彼が妹と一緒に入ってきた。
あの日結婚式をあげたあとまずは軽井沢の別荘に一泊して、次の日にヨーロッパ旅行にいく予定だったそうだ。
花嫁は車の中で、彼の友人から受け取った野球ボールを持って、運転席の横ではしゃいでいたそうだ。友人のスピーチで『どうぞ新郎のことよろしくお願いします。』とそのボールをポンとなげられてうまくキャッチできたのが、よっぽどうれしかったんだそうだ。
そのボールを花嫁が持って遊んでるうちに、彼の運転席の下に誤って転がり落ちてブレーキの下に入り込んだ。
彼は焦って取ろうとたが、しっかりはさまっていて取れない。下を向いたその瞬間、ハンドルをきってしまい、そのまま反対車線を走っていた私達家族の乗っている車に正面衝突してしまった。
助手席の花嫁は即死、運転していたその人は両足を失った。
彼も幸せの絶頂から地獄に突き落とされていた。
彼は会社を設立し、いちから必死に働いていい従業員にもめぐまれてやっと幸せを掴んだ矢先の出来事で、心神喪失だった。
心だけでなく、体も不自由になり、会社も友人に譲ることも考えたそうだ。
でも、ある日私がいない時に、私にどうしても謝りたいと出向いてきたらしいが、伯父達にもう弁護士と保険金など話しがついているから、帰ってくれと追い返さたようで、妹が施設にいるからケーキでも持って行ってくれといったそうだ。
本当にあの伯父達は人じゃないよな。
その人は、施設にいる妹に会いにいった。一人でポツンとブランコに乗って、ただ下を向いていたそうだ。
妹もなんの説明もなく、施設にいれられ、私とも離れ離れだったからな。
その妹を見て、彼の両親にどうしても妹をひきとって育てて欲しいと懇願した。
そんなことをしたら一生彼も、彼の両親も辛いままで、心休まる日はこないからと両親はこばみ続けたらしい。子供たちの両親を奪ってしまったことは何をしても許されることはないことは知っていた。
でもどうしても妹の為に最善の環境は作りたいと強く懇願したそうだ。
確かに彼も両足を失い、妻も失くし喪失感の中に生きがいを見つけたのかもしれないな。
彼はその後、私も引き取りたいと思って伯父達に会いにいったらしいが、私はすでに伯父達の家を出ていたんだ。
だから、妹とは何年もの間会えない時間を費やしてしまった。
彼は確かに取り返しのない事故を起こしたが、充分苦しんできた。
私は、何年もの間に氷のような心になってしまっていたんだが、彼の姿や話しを聞いているうちにその氷がだんだん溶けていく感じがしたよ。
妹を立派に育ててくれたことに感謝もした。
妹も私も、そして彼も前に進む時がきたんだな。
彼を許そう、そして二人を祝福しよう。
お互いを信頼し、お互いが必要としていたんだ、そう思えるように次第になっていったよ。
みんながもう幸せになってもいいと穏やかな気持ちになれたのは、あの二人の姿を見たからかもしれないな。
そういえば、昴も香織と結婚したんだよな。」
「はい。まさか香織とこうなるとは思ってませんでした。」
「そうか。私は二人がいつか付き合ったらお似合いだなと想像したことあるよ。
なにしろ二人とも大人びたところがあったし、自分が目立つより、人が喜ぶことに喜びを感じるひとだからな。
もっとも力も孝弘もそういうところがあるよな。私はいい生徒に恵まれたな。」そう言って優しい笑顔で笑った。
「あ~久しぶりにしゃべったら、なんか体が軽くなった〜。昴、腹減ったな。黒毛和牛のフィレ肉やくぞー。」
「うぃーす!」
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