第21話
「人生は面白いものだ。両親と妹と暮らした平穏な日々、そして突然やってきた最悪の苦しい日々、次にやってくる光が見える瞬間。
その光を見つけるのも、ひょっとしたら自分次第なのかもしれないな。
その日からの十年間は毎日を大事に生きたよ。勉強はもちろん、ありとあらゆる事に興味をもった。
新聞販売店のおっちゃんの奥さんはお茶の先生していてね。とても上品な人だったよ。
おっちゃんとはなんか釣り合わない気もしたが、仲はいいし、死んだ両親に似ている感じがして見ているだけで居心地が良かった。
お茶は表千家で、私も習うことにした。
最初は美味しいお茶菓子めあてだったが、あの小さい部屋の中でシュンシュンと湧く釜の中の湯の音や静かな所作の中でも、凛としたおばさんの姿。だんだん荒れた心が静まっていく、そんな気がした。」
「先生は新聞社に入社したんですよね。」
「そうだよ。それは話していたよな。
なにしろ、学生時代も新聞はすみずみ読んていたし、歴史や文化、芸術まで聞かれたらたいがいのことは答えられたから新聞社は難なく合格したよ。
私は記事を書くつもりで入社したんだか、しばらくすると、カメラを持ってアフガニスタンに行くように命じられたんだ。
なにしろ独身だから身軽だと思われたんだろう。体調不良で帰ってくる者の交代要因だよ。
やっと安らかな平穏な日々で生きていたかと思えば、地獄絵図の中に追いやられてしまったよ。
昴、本当に戦争は悲惨だ。
そんなことは、君だけでなく、誰もが知っている。
だか、その生と死の間で生きてみろ。自分がなんの為に生きているのかなんて考えている暇さえない。
なんでお互いにこんな残酷な人生を選択するのか、いや、選択したのではなく、強いられてきたんだな。
そこには努力で抜け出すなんてことも、できない。今日を生きるだけで精一杯の世界だ。
24時間戦っている。隣のやつは死んでしまう。その後ろのやつは足を吹き飛ばされる。
女、子供にも容赦なく弾丸の雨が降ってくる。
そんな世界がこの平和な日本の裏側で繰り広げられているんだよ。」
「それを考えたら、僕たちの悩みなんてちっぽけなもんですよね。」
「そうだな。我々の生きてる世界も派閥あるいは他社との競争なんかで戦っているが、それとは次元が違うよな。
私は写真を撮りまくった。事実を日本に伝える為に、危険を顧みず、戦場に常にいた。
逃げ惑う女や子供。生きる希望を失くした老人。
今日生きてるだけで奇跡だからな。
取材している私も生きて帰れたのが奇跡だった。
ただ、必死で撮ったに平和な日本人に興味は持ってはもらえなかった。
若者の興味はアニメやアイドル、海外旅行やグルメなどで、平和で豊かな日本では戦場は遠い遠い世界なんだ。
私の喪失感はどうしようもなく、仕事にも支障が出始めた。
心ここにあらずで、常にあの戦場の光景が頭から離れなかったよ。
会社をしばらく休んで、なんとか平常心を取り戻そうとした。
ある日、自宅でテレビを見ていたら、中学生が自宅のマンションから飛び降り自殺したというニュースを見た。
いじめを苦にした自殺だった。
調べると
2016年、320人の小中高校生が自殺で亡くなった。小学生12人、中学生93人、高校生215人。
なんということだ。こんな豊かな国の日本でなにが起こっているんだ。
なんで人生を自分で終わらせてしまうんだ。
私なりに調べた。
いじめられるこどもたちにはなんの落ち度もない。むしろいじめる子達の心に闇がある。
これは大人社会でも同じだよな。
私達がやるべきことはたくさんある。社会を変えるには時間がかかる。
でも、ひとりひとりに寄り添って生きるたくましさを育てることが一番の近道と考えた。それであの塾をつくったんだ。
自殺予備軍の君たちの様な心にもやもやした若者がどこからともなく集まってきたよ。
私は全身全霊で伝えたつもりだ。
そのかいがあって君たちは立派に成長したな。
」
「先生のお陰でここまでやってこれました。でも、やはり縦社会の中にいたら理不尽なことも多いです。」
「確かにそうだな。しかし、見ている人は見ているからな。だめなやつはそう簡単には前には進めないようになっているさ。
そうそう、昔友達をいじめた者はどうなっているか知っているか?
取り巻き連中から見放され、結局は誰からも信用されない人間になってしまってるんだよ。
途中で気づかなければ、寂しい人生を送ることになるんだよ。」
「そういえば、同窓会にも顔出さないですよね。」
「そんなもんさ。幸せとはいえないんだろうな。昴、今の時代は君たちの時代からさらには進化して、生き方次第では生きやすい。でも、教育システムが追いついていってないんだよ。
だから、なにをどう選択していったらいいかわからない子達が増えてるだ。
なにしろその子達の親が教えられたことが当てはまらなくなってきている。
会計士や銀行も人がいらなくなってきている。
AIが出来る仕事は人の仕事を失くしている。ロボットが出来ない仕事は残されているがな。
農業や漁業、林業は人の手なくしては出来ない仕事なんだか、だんだん跡継ぎが減少してきている。
このままじゃ日本の食料事情が悪化するだけでなく、若者の喪失感だけがたかまっていくだけだ。
昴、一緒に若者に生きる気力のきっかけをつくる仕事をしてくれないか?日本を救うんだ。」
「日本を救う?」
「そうだ。救うんだ。君にはできると思っている。
人を見る目と冷静な判断力がある君に、指導者の育成を任せたい。」
「先生はどうするんですか?」
「私はしばらく北海道に明日から飛ぶよ。北海道の酪農、農業の後継者づくりのシステムづくり手掛けているから、
実は指導者候補が全国からあつまり始めているんだ、彼らのチームづくりなど引っ張っていってまとめて欲しいんだ。
君なりのアイデアをどんどん出して力を発揮して欲しい。
よろしくお願いします。」
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