第19話
先生は一気に話しを進め始めた。
「妹の施設にすぐにいったんだ。するとそこの施設長が妹はある家庭に養女としてひきとられたというのだ。私は施設長にどこの誰かを聞き出そうと食い下がったよ。でもどうしても教えてもらえなかった。そしてこうも言ったんだ。あなたのおじさんとお話はついていますからとも。
悲しかった。僕にひとことも言わずにかってに決めてた伯父達を恨んだよ。涙が枯れるまで泣き続けたさ。
でも、中学生の私にはどうしようもなかったよ。
だから誓ったんだ。自分の力で生きてやる!って。
少しのお金をにぎりしめて、家族4人でとった写真と母が気に入って使っていたヘレンドのコーヒーカップ。それと父によく相手してもらった想い出の将棋板と駒をカバンにつめて、その日成城の家を出たんだ。なんのあてもないのに無謀だったけれどね。
最初はネットカフェで寝泊まりしていたけど、もっていたお金はすぐに底をつきた。
暖かい季節だったから公園で寝ることにした。
公園の青テントに住んでるおじさんたちが、ダンボールやビニールシートでうまく風よけ程度のもので家というほどのものではない自分の居場所を作るのを手伝ってくれた。まるでキャンプをしているようで楽しかったよ。
青テントに住んでる人たちはあだ名で呼びあってたよ。
僕は慎之介だから、シンと呼ばれていた。」
「えっ?先生ユウシンノスケじゃないんですか?ウチ ユウシンノスケ」
「すまん。すまん。ウチュウ シンノスケと書いたんだな!
あははは。宇宙 慎之介というニックネームでブログを書いてたからな。カタカナで続けてかいたから間違ったんだね。ウチ ユウシンノスケか。あははは。
ブログは宇宙と名乗っているが、本名は佐藤慎之介。母方の名字は、、、やめておこう。日本人なら、いや海外にも知れわたる会社だからな。」
「先生にはすっかり騙されてしまいましたよ。
それにしても先生はタフですね。食事や風呂のない所で僕は生活できませんよ。冷蔵庫や洗濯機もなかったんでしょ。凄すぎます。」
「いやー日本が凄いんだよ。路上生活して長生きできるのは日本くらいじゃないかな。
商店街や飲食店が並んでいる通りにいけば、賞味期限切れの食品がたくさん捨ててある。
パン屋の前には大きな袋にパンがどっさりはいっるし、スーパーマーケットの裏も穴場だな。恵方巻きシーズンは青テントのおじさんたちと大宴会ってもんだよ。
もっとも何もない日もあるよ。
あまりにも腹が減ったんで、外で飼っている犬のドッグフードを失敬したこともあるよ。あははは。
犬には悪いことしたな。
空き缶を集めていけば、少しの金ができるからたまったら、近くの風呂屋にいってたよ。至福の時だった。
どうしてこんな生活ができるのか昴は信じられないだろうな。それは、交通事故が起きた真相をまずは知りたかったからだ。
両親がなくなり、事故は相手が100バーセント悪いとは聞いていたが、どこのどいつがどんな運転をしてあの事故が起きたのか。
私はなにも聞かされていない。両親の保険などについても知らない。事故を起こした相手にあったら胸ぐらつかんで殴りたい。
そして、人として許せない伯父達をいつか訴えてやる。怒り、憤り、恨みそんな思いが自分を奮い立たせ、体を鍛え、心も強靭になっていった。
生きてやるという強い気持ちが犬の餌まで手をつけた。
廃棄処分のものは食べたが、盗みだけはしなかったな。
そうそう、公園で出会った小さい犬なんだか、トイプードルが私を見て話しかけてきたんだ。
『慎之介、あなたを置いてきてしまってごめんなさい!』
最初は幻聴かと思ったよ。」
「先生、犬がしゃべったというんですか?」
「あ~。確かに信じられないよな。私だってとうとう頭がおかしくなったとおもったが、その犬がまたしゃべった。
『私の兄弟たちのせいであなたには苦労をかけてごめんなさいね。妹の百合は大丈夫だから、あなたはこれから、いろんなことを人よりも早く学びなさい。
学ぶことが、あなたをしっかりとした道に導いてくれるから。体に気をつけるのよ。お父さんと二人で見守っているからね。まっすぐに生きるのよ。』そういったんだ。
だから、どんなに腹が減っても盗みだけはしなかった。
そして、気品ある母と優しく知的な父親に恥じない生き方をしようと決意したんだ。その時はどうやったらそれができるのかわからなかったけどな。」
先生は深く息を吸い込んだ。
その当時の事故の映像が頭に浮かんでいるんだとすぐにわかった。
辛かったに違いない。
ぬくぬくと生活している自分が恥ずかしくも思えた。先生はどうやって生き延びたんだろうか?
ここまで聞いたら、早く先を聞きたい。先生はゆっくり閉じていた目を開けて話しを続けた。
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