第16話

先生の部屋に入るのは初めてだった。


あの白いワンピースの女性を案内した時も、すぐにドアを閉められてしまったしな。


部屋はリビングとキッチンが一緒になっていて、大きな楕円形のテーブルがあった。


壁際には長いソファがあった。

 

先生はますはコーヒーを入れる為にカップを出していた。そのカップアンドソーサーはウエッジウッドのジャスパーだった。

いい香りがしてきた。


その先生を見ながら、先生に質問したくなった。

「先生はご家族はいらっしゃるんですか?」

                       ずーと聞きたくて、でも聞いてはいけないような気がしていたんだ。


「いるよ。でも両親は二人ともなくなったんだよ。」そういってコーヒーを僕の前に出してくれた。うーん、いい香り。おいしい。


先生は続けて話し始めたんだ。


「そう、ちょうど昔君たちが、塾にきた年と同じ年齢だったよ。僕が13歳の春休みだった。


父はトラックの長距離ドライバーだった。春休みには家族4人で旅行にいこうと前々から母と計画を立ててくれて2泊3日の旅行だった。」


先生は少し、庭のなでしこを見つめていて少しため息をついた感じだったが、話しを続けた。


温泉でゆっくりお湯につかり、ごちそう食べたり、遊園地で遊んだり、途中で公園を見つけてはバトミントンしたり、本当に楽しかった。


日頃、父親と遊ぶ機会がない妹も父親に思いっきり甘えていた。


あっという間に時が過ぎ、帰りの車の中で妹と僕はぐっすり眠っていた。


母親は松山千春の歌が好きらしく、CDをかけて口づさんでいたな。


うとうとした中でもかすかな記憶があったんだな。


そう、どれ位走ったところだったんだろう。


突然ドーンとなにかが爆発したかなような音と焦げた臭いがした。


そのまま、自分は気を失った。


『僕、僕、しっかりしろ。どこか痛いところはあるか?』

一人の救急隊員が僕の救助を始めた。どうやら僕の右足は骨折しているようだった。


妹は頭から血を流していたが、意識があり

「お兄ちゃん、頭痛いよ。お母さんは?お母さんはどこ?」

そしてなきじゃくった。


車の外には救急車が何台も来ていた。タンカーで運ばれている母親、かけられた毛布の下からだらんと腕が出ていた。


自分もタンカーで運ばれて救急車に乗せられようとした時に、少し離れたところの車から白いレースの服を身にまとった女の人が、だきかかえられて出てきた。


白いドレスがお腹の方から吹き出した血で真っ赤にそまっていたよ。

 

僕はそんな悲惨な状況の知り合いは誰一人知らない。ニュースや映画で残酷なシーンがいくつも映像で流れても平気なのに、大好きな先生がそんな悲しい経験をしていると思うと息ができなくなりそうだった。


「昴、大丈夫か?


明日も仕事休みなんだろう。今日は泊まっていかないか?風呂わかしてるからゆっくりはいってこいよ。疲れた顔もしてるしな。その間にクラムチャウダーでも作っておくからな。」


僕は先生の言うとおり、風呂を先にいただくことにした。


先生の人生の序章は、僕たちとは比べ物にならない程の過酷なものに違いなかった。


一息つきたかった。気持ちも高ぶっていたし、声をあげて泣きたかった。


風呂の中で顔を埋めて声を押し殺して泣いた。


先生には聞こえないように。

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