第4話
部屋に入ってきた先生は、
「みんな揃ってますね。では早速始めよう。」すぐに話し始める先生を見ながら、なんといつも無駄のない話し方なんだろうと感心していた。
「みんなの正直な自己紹介ありがとう。なかなかいいにくいことも素直に話してくれた君たちは変わろうとする意欲が見えました。さて、まず最初に思ったのは、君たちはなんと素晴らしく恵まれた環境にいるかということだ。
なぜなら、世界には生まれたときから風呂もなければ、ミルクもない、それどころか銃撃戦の中で産声をあげた子供もいる。腕は痩せ細り、飲むものも食べるものも満足にない、そんな生活を考えたことがあるだろうか?
しかし、生まれたその瞬間から苦しい環境をしいられているその子供たちが、平和な世の中を作りたい、医者になりたい、人を助けたいと短く持ちにくくなった鉛筆で勉強をしている。
学校にいけない子供は、親や兄弟を助けるために何キロも先の川に水を汲みにいき、何キロも歩いて、その重たい水が入った容器から1敵もこぼすまいと必死に歩いて帰る。」
僕はニュースでしか見たことがないがアフガニスタンやイランなどの映像、中でも足を失い義足で歩く子供の映像が目に浮かんできた。
瞬き《まばたき》もしないで真剣に話す先生の目にきらりと光る涙を僕は見落とさなかった。
そして先生は続けた。
「君たちは親のふがいなさや環境に愚痴をこぼしたり嘆いたりするが、まずは、この日本に生まれたことに感謝しなければならない。
そして、君たちは生まれる前に自分の親を選んで生まれたことを知ってほしい。
たとえ、その親がネグレストのような子育て放棄でも、そこに生まれてきた意味がある。
最近母親のおなかの中の記憶、そう体内記憶がある子もいるが、生まれる前の記憶をもっている子もでてきた。まだまだ証明にいたるまでの研究の結果は出ていないのだが。
とにかく、どんな環境においても、人は輝くことができるのは本当だ。
自分の小さな世界観から方向転換して今日からもっと大きな目を開いて自分を、世界を見てほしい。
そして、自分はなりたい自分に必ずなれる。輝いた人生を歩むことができるんだと信じてほしい。」
僕たち4人はきっと同じことを思っていた。(どうやって?)
先生は僕たちの心が読めてるかのように続けた。
「では、どうやってこの僕が、この私が変わっていくのだ?と君たちは思っているだろう。
それを考えるのはまだ先のことだ。
君たちはいったいどんな大人になりたいんだ?
どんな姿で、どんなところで20歳を迎えたいのか?
これが次の課題だ。
まずは、30分の瞑想ののち、二十歳の時にどんな自分になりたいのか、
そしてどんな30歳代、どんな40歳代どんな60歳代になっていたいか、
そして80歳になったときに、なにを思っているのかをイメージしながら原稿用紙
5枚に書いてほしい。
時間がない、お金がないなど今の環境にとらわれることなく、ただひたすら、なりたい自分だけを思い浮かべて書いてほしい。でははじめ!」と用紙を僕たちに渡して先生はさっさと部屋をでていった。
僕たちは瞑想後にそれぞれペンを走らせた。時々「う~ん」とうなるものもいたがしばらくするとまたかきはじめていた。
1時間したところで先生が紅茶を入れて持ってきてくれた。
カップ&ソーサーのソーサーにはおいしい手作りクッキーが2枚のっていて、紅茶は確かこの香りはアールグレーに違いない。母に連れられて百貨店のイギリスフェアーにいった時に飲んだ時と同じ味と香りだった。
なんと!このカップははイギリスの高級食器のヘレンドのヴィクトリアブーケだ。
いったいこの先生は何者なんだ?このボロ家に似合わないななどと頭によぎったりもしたが、今は書きかけの原稿用紙に集中することにした。
みんなが書き終えたころ、先生は静かに話し出した。
「君たちは今の自分に満足していないと思う。だが13歳やそこいらで満足しているやつがどこにいるのか?
この前までおむつして歩いていた君たちに、今、満足されていたら、世間の荒波で戦っている大人がどんな思いになるだろう。失礼というものだ。サラリーマンであろうが、工事現場であろうが、皿洗いであろうが、いい仕事を今日より明日はもっとうまくこなそうとそれぞれ体力と知恵をを使って全力で走っているんだから。
だが、13歳には13歳の今にしかできないことがある。だから今の自分を生きてほしい。
焦らずに。
朝起きたときにまずは、今日一日が楽しく笑える一日になると口に出してほしい。
そして、この先どうなるんだ?この世の中は?とか不安だ、などと考えず今やるべきことに真剣に向き合ってほしい。
テレビやネットのうわさばなしやゲームに何時間も費やさずに、もっと自分の大切な家族と会話をする時間をとってほしい。
夜はぐっすり眠り、朝飯の時は今日のテストのことなど考えず、どんな味かを確かめながら食事を楽しんでほしい。
風呂に入ったら、湯船で今日の一日を振り返り、何が自分に足りなかったのかを反省し、嫌な出来事があったときは排水口にその出来事が流れて行ってしまうようなそんなイメージを持ち、次の日に持ち越さないようにしてほしい。
苦しいことや悲しいことがあっても次の日には笑っていてほしい。
嫌なことを毎日、毎日、毎日考えていたらどうなるだろうか?
その答えは、マイナスのことを毎日考え続けた結果、うつになったり、ひきこったりしてもったいない時間を確実に過ごすことになる。体に不調を感じ、自信のない、笑顔のない人生の始まりだ。しかも、そういう人の周りには決して幸せを運んでこないことを心に刻んでほしい。
なにか困ったことが起きたときには、必ず助けてくれる人がいる、それは必ずしも親でないかもしれないし、今知ってる人ではないかもしれない。
ひょっとしたら、図書館で出会った一冊の本かもしれないし、テレビでなにげなく見ているドキュメンタリーに出てる人の一言かもしれない。
あるいは場合によって緊急を要するときは、隣かまたその隣のおじちゃんかおばちゃんかもしれないし、または警察官かもしれない。
だから人は一人ではないことを覚えていてほしい。
そして毎日365日意識を変え続けたときには、もう今までの君たちではなくなっている。いろんなことにアンテナは張って正しい情報をキャッチし、うそや
人と比べるのは今日からやめろ、自分には自分の輝き方があるはずだから。」
そういって先生は深く深呼吸をした。
僕たちの頭の中は、先生の熱気が伝わってきて鉄棒で高速回転大車輪してるような、または湯沸かし器が湧き出したような、なんだかどんどん体が熱くなっていた。
力も香織も孝弘の顔もみな高揚してほほがピンクになっていた。
先生はさっきよりゆっくりな口調でな話を続けた。
「さっきそれぞれに未来のなりたい自分をかいてもらった。
でも、冷静になってみると、今の君たちには富士山かエベレストかのようにその未来がとても高い山のように感じているだろう。
しかし、今日、この日に君たちは目標というものが見えたんだ。なりたい自分のイメージができた。
ここからが本当の君たちのスタートで、出発地点だ。
では、次に何をしていくかは次回話そう。
今日は少し遅くなったので、家に帰ったら、二十歳の自分30歳の自分のイメージをより具体化するように。
そして午後11時には就寝。ゲームやスマホは見ずに僕は、私は成功しましたと思ってから休んでください。ではまた来週。」
いつも先生は言いたいことだけいって、さっさと部屋に入って行ってしまう。しかし、先生の声は力強く、そして暖かくも感じみんな真剣なまなざしで聞いていた。
素直な自分を僕だけでなく他の3人も自分自身を取り戻していっているのを感じていた。
その日、塾でトイレを借りたので、他の3人より帰りが遅れ、玄関でひとりスニーカーの紐を結ぼうと座っていた。
すると、目の前にきれいな女の人が立っていた。
黒髪が肩まで伸びて、目が澄んだその女性は白いワンピースが似合っていた。
「こんにちは。」と僕から声をかけた。
その人は少しうつむいて「あの~」といったので、僕は先生を訪ねて来たんだと察して奥の部屋の方に向かって叫んだ。
「先生、お客さんですよ。」
先生は部屋から出てこずに
「奥にお通しして!」まるでその来客を知っていたかのようにいった。
僕は履きかけた靴を脱いで、「どうぞ」とスリッパをだし、その人を奥の右側の部屋に案内した。
その女の人はドアの中に消えていった。
どうも僕はその女性と先生のことが気になり、玄関で靴ひもをぐずぐず結んでいた。
しばらくして、あのパッヘルベルのカノンが聞こえてきて、女の人のすすり泣く声がしてきた。
あいつ、なに女泣かしてんだよ~と思いながらも、大人の世界を少し覗いた気分で引き戸を閉めた。
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