第3話
次の日、学校の帰りにまっすぐその塾に向かった。
「こんにちは」
奥からあの人の声がした。
「入ってきてください。」
僕はまっすぐ廊下を進み左側の部屋のドアをあけた。
6畳くらいの部屋には小さな机といすが4つ並んでいて、すでに3人の男女が座っていた。
「あっ、
親は元やくざらしく、組長の息子とうわさされていた。
一度僕が数学のテストで最低点38点をとったとき、クラスのガキ大将からその答案用紙を取り上げられ、その取り巻き連中に教室の隅に押し付けられたことがあった。
その時「やめろや~!」と助けてくれたのが力だった。
組長の息子らしいどすのきいた迫力ある声だった。
それ以来時々話すようになっていた。
「よっ」彼らしい挨拶をして白い歯をみせて笑った。
手をあげた左手はシャツをまくり上げ、腕にロレックスの金のベルトが光っていた。
あとの男子学生と女子は知らない顔だった。
先生が話しはじめた。
「では、4人そろいましたので、今日から一緒に学んでいきましょう。
まずは、私の名前はウチ ユウシンノスケ」と黒板にカタカナで書いた。
(おいおい、カタカナかい。ウチってどんな漢字なんかい?まっいいかウチ先生よろしく!)
先生は続けた。「君たちにはこれからの3カ月、人生を思いっきり楽しむ方法を伝授していきます。君たちの未来を楽しみにしてください。」
「ウェーイ!」とふざけた。先生はそれをスルーして続けた。
君たちはこれから一緒に学ぶ仲間です。何故この塾に入ろうときめたのかなども含めて自己紹介をしてください。
「では君から。」先生は力を指さした。
「俺?一番かよ~。わかった!」
力は座ったまま静かに話し始めた。その話し方はいつもの力と違って、少し寂し気な表情をしていた。
「俺の家は極道まっしぐらのうちです。俺は組長の息子。ものごころついたと時からまわりにはいつも組の若い者が大勢いて、まるで王子のような扱いだった。
雨に濡れて傘をさしたこともないし、アイチュクリームと言えばどこからともなく誰かかが持ってきて口に入れてくれた。
ゲームがしたいと言えばゲームセンターを一日貸し切りで飽きるほど遊んだ。」
僕は幼い
「
「すみません。」僕は肩をすぼめた。
力は続けた。
「そんなあほみたいな事はそうそう長くは続かないとうすうすは思っていたさ。なぜなら暴対法が平成3年5月15日に成立し、翌年暴力団事務所が撤去させられたり、活動も困難になっていたからな。
俺の
俺の母親は
おやじはとっかえひっかえ女を変えていて、女が事務所に次々ではいりしていた。その中で俺の世話をした女もいたが、金の切れ目が縁の切れ目っていうやつでいつのまにかいなくなった。まっその程度のもんなんだろうよ、親父は。
13歳になった俺は、今まで勉強もスポーツもそのほかの事もなにひとつ真面目にやったこともなく、燃えたこともない。
この先俺はなにをして生きていけばいいのか不安でたまんねー。
サラリーマンになってわけのわかんねー上司やクライアントってもんにペコペコなんて俺には死んでもできそうもない。それならいっそやくざになるか、それとも死ぬしかないんだよ。
先生、こんな俺でもどうにかなるのかよ。」
「なかなかおもしろい、いえ失礼、、なかなか聞けないストーリーですね。」
先生は少し咳ばらいをして、力の隣に座っていた女子の方をみた。
「では、次にあなた、お願いします。」
彼女のことを少し話すと隣町の中学生で、見た感じを表現するとちょっと難しいのだが、例えばテレビのアイドルなんかは特別美人ではないのだが、化粧や髪形などで、目や鼻をパッチリ、スッキリさせている。そのせいか街にはその影響を受けている女の子があふれている時代に、なんというかその彼女は真逆というか、目も小さく、鼻は丸っこく背もかなり低い。おまけに足は鹿児島の桜島大根のようで、しかもセーラー服のプリーツスカートがフレアースカートになってしまっている、ある意味超目立つ存在だった。
その彼女が話し始めた。
「はい、私は
なんともかわいらしい声だったが、名前とその姿とのギャップで吹き出しそうになった。
だけど、今度は我慢した。
彼女は続けた。
「私はこのブス顔のせいで、何度いじめられたか、無視されてきたかわかりません。いったい、私がなにをしたというのですか?ただ、ちょっと人よりブスに生まれてきただけじゃないですか?
一番悲しいのは無視されることです。
幼稚園、小学校、中学校と友達はいません。友達ができかかると、その子がいじめられ始められたり、仲間外れになったりするので、結局私から離れていってしまいます。
私の父ちゃんは理髪店してます。そりゃ~歌舞伎役者かってくらい、鼻筋通って、まつげも長く目も大きい色男です。かあちゃんは色白でぽっちゃりで、それほど美人ってわけでもないけれど、子供の私から見てもみょ~に色気があります。
そんな両親から生まれたら、ここまでのブス顔生まれてくるるわけないじゃないですか?
かあちゃんは父ちゃんの理髪店の隣で美容室しています。
ある日母ちゃんの仕事場にいった時、美容室の従業員との社員温泉旅行のアルバム見つけて
そのみんなで写っている集合写真のなかに私そっくりのブス男がいたんです。
私はその日に確信しました。今は店をやめてしまっているそのブス男が本当の父親なんだと・・・。
両親にはそんなことを思っているなんて、話もしていませんし、まして学校でいじめられていることも話していません。
話したからって学校に乗り込まれてもさらに恥かくだけだし、父親が違うんではないかなんて両親に言ったりするつもりもありません。いまさら波風たてたくないですから。
ただ、こんな顔とこんな体形をもったまま、どうやってこれから先の人生を過ごしていけばいいのか私にはわかりません。
先生、私は何を希望に生きていったらいいのでしょうか?」
香織は涙声になっていた。
「なるほど、あなたが伝えたいことはよくわかりましたよ。」先生は香織の肩をポンとたたいてその隣の男子にどうぞといわんばかりに、手を広げて話すように促した。
細い体つきで、なんとも気弱そうなその彼は丸い黒ぶちの眼鏡をしていた彼は、おもむろに立ち上がり静かに話し始めた。
「俺は孝弘といいます。俺んちは小さな町工場です。大手電機メーカーの下請けのそのまた下請けで7人の従業員と一緒に両親が朝から晩まで油まみれで働いています。
一度リーマンショックとやらで倒産しかけたことがあるそうです。ぎりぎりのところで銀行借り入れができてなんとか持ちこたえていますが、借金が増えただけで、生活は苦しいままです。
生活は楽ではないのですが、いいこともあります。工場には俺の為の遊び場が作ってあります。保育園からかえったそこでいつも遊んでました。そこにある積木やブロック、車や機関車は工場の工員が作ってくれたものです。
小学校にあがってからもいつもそこにいって工員から工具の使い方や設計の仕方まで教えてもらって遊んでいました。
小学4年生には夏休みの宿題で小型ロボットを作って提出したら、それが県の優秀作品に選ばれて賞状ももらいました。」
「何が悩みなんだよ。いい環境じゃないかよ。」と力が口をはさんだ。
「俺には目標があります。人に役に立つものを作りたい。もっと、もっと学んで、自分が考えたことを形にしたい。その為には大学で研究生になって日々学びたいと思っています。
でも俺の家は火の車、これから公立高校いもいけるのかどうかわかりません。
今の自分は定められた運命なのかなと諦めるしかないのかと思っています。」
「おい、
「
「へ~い」と力は両手を広げて僕をみておどけて見せた。
「よくわかりました。希望が持てる方法を伝授しましょう。では次、君。」と先生は僕を指さした。
「僕は昴といいます。」と親のことなどを話し始めた。みんなの話を聞いたあとには自分の悩みがちっぽけに感じないわけではなかったが、それでも自分にとってこのコンプレックスをどうにかしないと生きた
4人の話しを顔色一つ変えずじ~と聞いていた先生は
「皆さんの話はよく分かりました。明日より講義を始めます。今日は今からいう課題を自宅で必ずやってきてください。
まず風呂から上がって寝る前の30分間、部屋の床に座り両手を広げて目を閉じ、深く深呼吸してください。深呼吸をするたびに涙やあくびがでることもあります。それでも続けて鼻から息吸って、口から長ーく息を吐く。
その時なんにも考えなくていいです。
ただイメージは宇宙のはてまで自分の頭から細い糸でつながっている感じを思い浮かべてもらえば、あとはぼんやりしてもらえばいいです。
そのあとはゆっくりと横になっていつも通りお休みください。その時にスマホやパソコンなどはいっさい見ないで寝てください。それをすると効力を失いますから。以上です。」
それだけ言って先生は部屋をでていった。
効力ってなんだ?とも思ったがとにかく帰ったらやってみようとなぜか思っていた。
僕たちはスニーカーを履いて玄関の引き戸をあけた。すると奥から確か松山千春の『大空と大地の中で』が流れてきた。
最近ニュースで新千歳発、伊丹行きの機内で出発時間が1時間遅れた機内の中で歌ってくれた大物歌手という神対応の松山千春を知ったばかりだった。
それと同時に思い出した。踏切のところで先生が歌っていたのが、この歌だったと。
部屋の奥からラベンダーの香りがした。なんだか心が落ち着いいている感じがした。
・・・・・・
「
一年なんてあっという間なんだから、しっかり勉強してね~。」母は台所で茶碗を洗いながらそう言った。
両親にはあの塾に通っていることは言ってない。月謝は自分のこづかいの中から払えるし、このままばれずに通いたい。
風呂上がりに部屋で先生が言った方法で静かに深呼吸をした、頭がぼんやりしながらも、あの先生の不思議な魅力にひかれている自分を感じていた。なにも始まっていないのにこれからの自分に期待が持てる、そんな予感がしながら眠りについた。
そしてまた力、香織、孝弘たちも僕と同じように変わりたい気持ちにあふれている、でも今は子羊たちのようだと思いながら。
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