第2話

次の日、あの踏切の前に立つのが怖かった。

あのまま飛び込んでいたら、自分の体が切り刻まれ、あたりにその肉片が~などと考えただけで足が震えた。


それで、踏切前の商店街の少し手前の道を右に曲がった。


先に進んでいくと、さらにまた右にまがった。道はどんどんせまくなっていて自転車やバイクしか通れない幅だ。


あてもなくぼんやりとゆっくり歩いた。


そこに大きな桜の木が。空を見上げると澄んだ青空と桜のやさしいピンクのコントラストがまるで絵画を見ているようだった。


ふとその下の塀に手書きの看板があるのに気付いた。


【人生能力開発塾】  なんだこの塾?


こんなのいつできたんだ?


こじんまりした瓦葺き屋根かわらぶきやねの一軒家で玄関は引き戸になっていた。


うっすら黄色の電球の光がもれていた。


僕はなぜか誰がどんなことを教えているのか知りたいと思って、その引き戸をそ~とあけた。


「ごめんください。」声が小さかった。返事はない。


思えば今まで一度も自分で物事を決めたことはない。


初めて自ら行動をおこした瞬間だった。


「ごめんくださ~い!」今度は大きい声がでた。


「ほ~い!」中から気の抜けた、でも柔らかい声がした。


そして奥から男の人が出てきた。


その人は僕をみて


「あっ」と声を出した。


僕も同じように「あっ」と声がでた。


あの時の自転車に乗って僕の肩をたたいたお兄さんだった。


僕はなにかしゃべらなくてはとあわてて聞いた。


「あの~この塾はなにを教えているのですか?」


「あ~  今からの人生を最大限に楽しむ方法を教えています。」


います?やけに昨日の雰囲気と違って今日は丁寧に話すんだな~。そしてこう続けた。

「入塾希望ですね。今空いているのは火曜日、木曜日コースです。月謝は月5千円で現金だけのお支払いです。この申し込み用紙に名前を記入して明日の夕方6時にきてください。」



入るともなんともいっていない僕の返事も聞かず、その用紙を渡して奥の部屋の方にさっさとはいっていった。


その用紙には入塾にあたっての説明が書かれていた。


『この塾は週二日通っていただく3か月コースです。親御さんの面接や許可は必要ありません。


自分の意思で入塾を決めた方は3か月休まず出席してください。』


一番下にはサインを記入するだけの簡単な申し込み書だった。


僕は人生を最大に楽しむって何なんだ~。この男の人が何を教えてくれるんだろう?人生ってそんなに変わるのか?


引き戸を閉めようとしたその時、奥の部屋からパッヘルベルの『カノン』が流れてきた。そしてイランイランのアロマの香りがほのかに漂った。


その家の引き戸をそ~っと閉めた。入塾することを決心しながら。






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