13歳の春からの逆転劇

桜木 瑤

第1話

|カンカンカンカン...。


僕は気づけば踏切の前にぼんやり立ち尽くしていた。


左から下り電車が通り過ぎたかと思えば、すぐに右から上り急行電車が風を切って通り過ぎた。


しばらくして、遮断機が上がったにもかかわらず僕は一歩も進めず立ち尽くしていた。


『この電車に飛び込んだらこの辛い人生を終えることができるのだろうか?

そうだ、昔母が言っていた。「むかしね、母さんの同級生の妹さん、電車に飛び込んでなくなったのよ~。すごくかわいいお嬢さんだったし、県の優秀な高校に通っていたのに、二学期の終業式のその日の帰り道に電車にね~。」


僕はその時はあまり真剣に聞いてなかった。「ふ~ん」と気のない返事をしてテレビをみていた。なんの関心もなく。』


そんなことを今この瞬間に思い出し、踏切の前で呆然ぼうぜんとしていた。


『その女の子はなぜ死んだんだ?

成績を苦にしたのか?

それともいじめか?』


確か母の同級生のその子の兄は東大を首席で入学したと母が言っていたのを思い出した。


どれくらいそこに立っていたのか覚えていない。


一歩も前に進めない僕の肩を誰かがポンとたたいた。


はっと我に返った。


「なにぼ~っとつったってるんだ? 

早く歩けよ!」


柔らかい声で、静かに言い放ったその人は僕の顔を見て優しい笑顔を見せた。そして自転車にのったまま商店街に消えていった。


どこかで聞いたことがある歌を口ずさみながら。


真っ赤な夕焼けが僕の涙でピンク色に染まった。



              ・・・・・・



すばる。今日、帰りが遅くなるから冷蔵庫の中のグラタン食べといてね。」

朝食のあとかたずけをしながら母はそういって、そのあと出かける準備をしていた。


母は私立中学校の教頭をしている。まさに女で、かつ最年少教頭ということで、地元の放送局が取材に来たりする、ちょっとした有名人だ。


なんでもその中学に入れば、その後、有名進学高校にかなりの合格者を毎年出すらしく、このあたりの親達はこぞってわが子を入れたがっている。


しかし、母にとって間違いなく残念であったに違いないこと。それはこの僕がそこの中学受験に失敗したことだ。


不合格と知ったその日の母親の顔は、なんとも言えない悲しそうではあるが、それでも無理して笑顔でこう言った。


「まあ、しょうがない。しょうがない。ほんと昴は本番に弱いんだよね~。その点あんたの姉さんなんて日ごろな~んいもしてないのに、要領がいいていうか。あかねは子供のころからそうっだったんだよね~」


母のおしゃべりの声がだんだんフェイドアウトしていた。


「しょうがない。しょうがない。」最後はお経のように聞こえていた。


母は精いっぱい僕を励ましたつもりだったのだろう。

でも、僕は心の中で叫んだ。


(何がしょうがないだよ。それは自分を納得させたいだけじゃねいかよ。最初から親のいる学校なんかいきたくないっていってたじゃないか。忙しいばっかりで僕の気持ちをゆっくり考えたことがあんのかよ。)


母がしゃべればしゃべるほど気持ちが落ちていった。


夕食前、テーブルの前で父親は


「まあ、これが最後の試験というわけじゃないからな~。次に頑張ればいいんだよ。」と僕の顔を見ることもなく新聞を広げたままでそういった。


だがその言葉の裏には、(自分が子供のころと息子を一緒と思ったら、かわいそうだよな。自分は子供のころは神童と言われていたんだし、息子には今はそっとしておいてやろう)そんな心の声が聞こえた。


父は大学病院の外科部長で、手術をすれば今も神の手といわれている名医だ。

怒られていたほうがスッキリした。なにもうるさくいわれないことがかえって落ちこぼれ感をあおられている気がした。



他人はいう。

経済的に何不自由ない生活。理解のある両親。うらやましがられる日々。


「おまえんち金持ちやな~」と人は言う



それでも誰も知らない。

僕は生まれたときからコンプレックスの塊だった。


13歳の春までは。


そしてクラスに友達はいなかった。

たったひとりをのぞいては。




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