第130話 昔の話

 午後の授業と掃除を終え、帰りのホームルームも終えたあと。



「はぁ〜、散々だった………」



 最初に出た言葉がそれだった。

 その言葉の通り、今日は何度となく先生に叱られた。

 隣にいる優奈は、そんな俺を苦笑しつつこう言った。



「さすがに何も持ってきてなかったら怒られるよ。」

「仕方ないだろぉ〜。家を出る時はそれどころじゃなかったんだからな。」

「うっ、それを言われたら私にも責任を感じるんだけど………」

「いや、別に責任転嫁してる訳じゃないんだけどね。」

「あはは〜……でも、何も持ってきてないの?」

「うん?え〜っと、あっ、これを持ってきてたんだった。」



 俺は、そう言って引き出しにしまっていたものを取り出す。



「っ!………そ、それって………」

「優奈も覚えてたか?」

「もちろん!今でもちゃんと家に持ってるよ!」



 優奈が大きな声で言うので太輔たちが興味深そうにこっちに寄ってきた。



「ほうほう、お幸せなお二人さん?何?もう喧嘩かね?」

「違ぇよ。ちょっと思い出の品を話をしてたんだよ。」

「「「思い出の品?」」」



 太輔たちは、俺の手元にあるものを見た。



「なんだこれ?………割れた金メダル?」

「…………ああ。まぁ、幼稚園の時のものだけどな。」

「これに2人の思い出が詰まってるの?」



 麻美が興味津々と言った感じに聞いてきた。



「………まぁ、だいぶな。」

「聞きたい!」

「俺も興味ある!」

「俺も俺も!」



 俺と優奈は、目を合わせ少し照れるように笑う。



「え?何?また俺たち、惚気聞かされるの?」



 今さっきまで楽しそうに騒いでいた太輔が俺たちの様子を見るとうわぁ、とて言いたげな顔で見てきた。



「いいじゃん!私たち、あんまり優奈と上ノ原の昔の話知らないし!」

「ん〜、まぁ、確かにな。仕方ない!惚気でもなんでも聞いてやろう。」

「なんで上から目線なんだよ。」



 俺は、太輔にそう言ったあと、優奈の方を見た。



「どうする?」

「わ、私はいいよ。あの時の陽一くん、かっこよかったし………」

「お、おお………」



 優奈にかっこよかったなどと言われたら喜ばずにはいられないがあんまりはしゃぎすぎるとまたみんなから何か言われそうだからな。



「あ〜、うぜぇ〜。」



 太輔は、吐き捨てるようにそう言い放った。



「な、なんでだよ!?今のは我慢してただろ!?」

「我慢してる方がよっぽどうざいわ!」

「はいはい!ストーップ!あんたたちの喧嘩に巻き込まれるこっちの身にもなりなさいよ!」



 俺たちの言い合いは麻美の言葉によってすぐに終わった。

 それで結局みんなに流され俺と優奈は、昔のことについて話すことになった。



「そんな面白い話じゃないからな。あんま期待すんなよ。」



 俺は、一応そう言って半分に割れた金メダルを見ながら昔のことを思い出していた。

 そう、あれは幼稚園の最後の運動会の最後の競技。



 最後の競技は長距離走だった。

 町内を一周して帰ってくる。今の俺にとっては余裕なのだがあの時は今と違って体力も筋力もなかった。

 だから、走った後はみんな、尻を地面に着けて荒々しく呼吸をしていた。

 みんな、勝負よりもゴール出来るかどうかと、心配していた。だが、そんな中、俺は好きな人、優奈にかっこいい姿を見せようと足が動かなくなりそうになっても無理やり動かし1位を取り、ピカピカの金メダルを貰った。

 この長距離走は毎年、予定している時間よりも少し遅れていることはあったがそれでも何とか平穏に終わらせることは出来た。だが、今回は俺がゴールして何十分も経っても終了しない。

 俺は、ほかの人たちよりも早くゴールで来て回復するのが早かったので先生に聞いてみることにした。



「先生、どうかしたんですか?」

「ん?ああ、宮村くん。実は1人だけ、まだゴール出来てない人がいてね。」

「……………」



 俺は、その時悪寒が走った。

 俺が周りを見回しても優奈がいない。

 俺は、それを知った瞬間、なんか嫌な予感がしたので今さっき走ったコースを逆走する。

 先生の制止の声が聞こえたが今はそれに応えていられるほど余裕はなかった。

 他の先生や子どもの活躍を見に来た保護者がコースを逆走する俺を見る。

 それすらも全て無視した。

 まだこの時は子どもだったから、周りの人に手伝ってもらうなんて選択肢は頭にはなかった。俺がなんとかしなきゃいけないと思っていた。

 だから、俺は動かない足を再び無理やり動かしコースを逆走し、優奈を探す。

 コースの周りには先生がいてダウンした生徒たちを抱きかかえて幼稚園に連れて行っているので恐らく優奈はこのコースから外れたのだろう。

 どうしてコースを外れるようなことがあったか、なんてこの時の俺にとってどうでもよかった。

 先生に見つかると今度は無理やり止められそうな気がしたので早々にコースを外れて優奈を探す。

 正直、もう体力が限界に来ていたので何度もその場に止まってしまった。吐きそうにすらなった。でも、何度止まってたってどうでもよかった。吐いたってよかった。優奈が無事でいてくれたのならそれでいいんだ。



「ぅぅぅぅぉぉおおおお!優奈ぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁ!!!」



 俺は、大声で優奈と叫ぶ。



「っ!陽一くん!」

「っ!?」



 俺は、突如名前を呼ばれたので走っていた足を止めて呼ばれた方向を見る。

 そこには優奈と………優奈を囲むように真っ黒なスーツを着た大人3人がいた。



「はぁはぁ……あ……あんた……かっ!……ゴホッゴホッ!」



 俺は、今さっきまで走り回っていたので上手く喋れず咳き込んでしまう。

 そんな俺を見て大人3人は少し話し合い俺の方を見た。



「君、大丈夫?」



 3人のうち、グラサンを掛けた男が近寄ってきて笑顔で俺にそう声を掛ける。

 だけど、その笑顔が俺にはものすごく怖かった。疲れも相まって足がブルブルと震えてしまう。

 それでも俺は震える膝に手を着いて大きく呼吸してから言った。



「……ゆ……優奈を………どうする……つもり……だ?」

「よ、陽一くんっ!」



 優奈は、男たちから離れて俺の方に駆け寄ってきてフラフラな俺を両手で支えてくれた。



「ゴホッゴホッ……ゆ、優奈………大丈夫……か?」

「う、うん、大丈夫だよ。」

「良かったね、優奈ちゃん。」

「っ!」



 俺は、すぐに優奈を男から庇うように1歩前へ出た。



「………優奈ちゃん、そろそろ行こっか。」



 男は俺を1度じろりと見て、俺の背後にいる優奈に手を伸ばした。俺は、その男の手を自分の手で払った。



「君に構ってるほど余裕はないんだけどねぇ………」



 後ろにいた男2人が俺たちを囲むように近寄ってきて立つ。



「痛い目にあいたくなかったら優奈ちゃんを渡してくれるかな?」

「…………絶対に………嫌だ………」

「…………やれ」



 男のその言葉に一人の男が反応して片足を上げて俺の腹を蹴った。

 俺は、数メートル吹っ飛ばされる。



「陽一くんっ!!」



 優奈が俺のことを心配して駆け寄ろうとしたが俺たちに話しかけてきた男が優奈の腕を握りそれを阻んだ。

 俺は、腹を蹴られたことで思いっきり吐いてしまった。



「うわっ!汚ぇ!」



 俺を蹴飛ばしたやつが俺を蹴飛ばしたあと近寄ってきていたから俺が吐いたものが足についてしまった。

 それで男は、頭にきたのかまた俺を蹴る。

 意識が遠くなりそうになったもののまだ優奈が捕まっているので気を失うわけにはいかないと思って根性で立ち上がる。



「ゲホッ!ゴホッ!」



 あちこち傷がついて体操服に血が付着している。今さっきまでピカピカだった金メダルも血で汚れている。



「早く片付けろ。今さっきのそいつの大声で誰か来るかもしれないからな。」



 男は、さっきのニヤニヤした表情から今度は無表情で俺を蹴っている男にそう命令した。

 男はその命令に頷き思いっきり拳を振り下ろした。





 バチンっ!

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