第131話 ヒーローなんかより

 バチンっ!



 俺は、殴られる恐怖に思わず目を閉じてしまったがいつまで経っても殴られたときの痛みは来なかった。

 それをそのはずだ。今の音は男が俺を殴った音じゃなかった。

 何が起きたのか一瞬分からなかったが目を開けるとそこには俺の前で男の拳を受け止めている父さんの姿があった。



「……お………お父……さん………」



 俺は、ボヤけていく意識の中、父さんの姿を見て安心した。

 すると、途端に足に力が入らなくなり意識もドンドン薄れていってしまう。

 俺は、頭を横に振り何とか意識を保つように努力した。



「………よくやった………」



 父さんは、俺にそう言うと俺の前に立ち男と何か会話をしているようだった。だけど、その声は俺の耳には届かない。



 早く優奈を助けなきゃ。



 その気持ちだけで俺は今立っている。

 だけど、今の俺に出来ることなんて何も無い。変に動いてしまうと父さんの邪魔になるだけだ。

 でも、それでも俺は優奈が無事で帰ってくるまで寝るわけにはいかない。

 そんなことを思っていると1番近くにいた男が父さんを後ろからバレないように殴ろうとしていた。



「お父さん!危ない!」



 俺がそう声を掛けるもこの距離は避けようが無い。

 男の拳は父さんに向かって思いっきり振り下ろされる。

 だが、父さんはその拳を前を見たまま受け止めていた。

 それにはさすがに男たちも驚愕していた。

 その一瞬の隙に父さんは、まず後ろにいた男を蹴りで吹っ飛ばした。

 その蹴りは今さっき俺を蹴っていたものとは格段に違った。

 蹴られた男は、そのまま壁にぶつかり意識を失神していた。

 俺が男が失神していることを遠くで眺めているともう既に父さんは、優奈を捕まえていた男の近くに寄っていた。

 男が父さんのスピードに驚いているところ、みぞおちを殴られその場に伏せる。恐らくあれじゃしばらくの間まともに動けないだろう。

 そして、最後に残った1人の男は、父さんと距離をとり胸元から一丁の拳銃を取り出した。



「く、来るなっ!そそ、それ以上近づいたら本当に打つぞ!」

「……………」



 父さんは、銃口を向けられても何とも思っていないのか、いつもと変わらない表情だ。俺は、その時の表情が初めてカッコイイと思った。いつも怖いと思っていた表情がとてつもなくかっこよく見える。

 すると、そこで父さんが前を見たまま俺に声をかけた。



「………陽一………」

「はい?………あっ!」



 俺は、父さんが呼んできた理由が分かり、思いっきり走り出した。



「優奈っ!」

「っ!陽一くんっ!」



 俺は、優奈の手を掴み父さんたちから一旦距離を取る。

 父さんにとって拳銃など怖くないのかもしれないが優奈は違う。父さんは、それを俺に教えてくれたのだ。実際、距離をとり改めて優奈の安否を確認していると優奈は体全身、震えていた。

 俺は、そんな優奈に少しでも安心して欲しくていつもアニメとかで見ているヒーローがヒロインにしていることを真似てみた。



「優奈、もう大丈夫、俺が守るから。」



 俺は、そう言って優奈の頭を俺の胸に当てるように近づけてからそっと頭を撫でる。



「よ、陽一くぅぅぅぅ〜んっ!!」



 優奈は、俺の腰にぎゅっと腕を回し泣き始めた。

 俺も泣きそうになったが堪えて優奈を安心させてあげれるように頭を撫でる。

 そして、チラッと父さんの方を見てみるともう既に父さん足元に男が寝転がっていた。

 そこで安心してしまったのか俺は倒れそうになる。

 まだだ!まだ泣いちゃダメだ!まだ倒れちゃダメだ!まだ安心しちゃダメだ!

 俺は、そう自分に言い聞かせて倒れないように踏ん張った。



「………く………クソォ………」

「っ!」



 父さんからみぞおちを殴られた男が地に伏せたまま俺たちを見てきた。

 そして、今さっきの男と同じように胸元から拳銃を取りだし銃口を俺たちの方に向けなんの躊躇もなく発砲した。

 そうだ、もっと考えるべきだった。全員が拳銃を処置していても何もおかしくなかった。

 クソっ!クソっ!この距離じゃ避けるのは無理だ。

 ………せめて優奈だけでも………

 俺は、優奈を突き飛ばした。



「っ!?よう………」

「がはっ!」



 強い痛みが胸を突き刺す。

 そこで俺の体には限界が来た。

 どんどん意識が遠のいていくのを感じた。

 優奈の叫び声がぼんやりだが聞こえた。

 そして、俺は完全に意識が途切れてしまった。



「ってことがあったんだ。」



 俺は、あらかたみんなにその時のことを話した。



「…………なんか……私の思ってたものとはだいぶ違ったんですけど………」



 麻美たちは、顔を引きつらせている。



「だから言っただろ?そんなに面白い話じゃないって。」

「いやっ!てかっ、なんでお前、無事に生き残ってんだよ!?」

「お前っ!それ俺に死ねって意味かぁ!?」

「ああ!そうだよ!リア充がぁ!」

「はいっ!ストップ!」



 俺たちが喧嘩しそうになるとまた麻美が止めてくれる。



「まぁ、私もちょっと気になるんだけど?拳銃で撃たれたんでしょ?」

「ああ、それがこれのおかげなんだよ。」



 俺は、そう言って割れた金メダルを指さす。



「奇跡としか言いようがないがこの金メダルに銃弾が当たって何とか一命を取りとめたんだよ。これがなかったら死んでたって医者から言われたよ。」

「ほ、本当に奇跡としか言いようがないわね。」

「2人にそんな過去があったなんて全く知らなかったな。」

「今となってはもう笑うしかないわな。」



 3人は、そう言って乾いた笑みをうかべる。

 だけど、優奈だけは違った。



「………本当にあの時は陽一くんが来てくれてすごく安心したよ。急に大人の人たちに話し掛けられたと思ったら人がいない所に連れていかれちゃって怖くて助けも呼べないところに陽一くんが来てくれた。………陽一くんは……私のヒーローだよ。」



 優奈は、恥ずかしそうに言った。そして、俺が今生きていることを改めて実感したいのか俺の手を握る。

 そんな優奈をあの時と同じように安心させるために優奈の頭を俺の胸に寄せて頭を撫でる。

 そして、俺はこう言った。



「俺は、優奈のヒーローじゃないよ。」

「え?」

「今の俺は優奈の………彼氏……だろ?」

「っ!………えへへ、そうだね。………そうだね!これからもよろしくね、陽一くん。」

「ああ、俺の方こそな。」



 俺たちは、そう言ってお互いに笑い合う。

 そんな俺たちを呆れたような、それでいて嬉しそうな目で見ていたみんながいた。



「ははっ、全く。なんかイラつくことすら馬鹿らしくなってきたかも。」

「そうそう。あの2人が幸せそうで私はすごく嬉しいわ。」

「麻美は、ずっとあの2人のことを気にしてたからな。まぁ、俺もその事については賛成だけど。」



 そんな言葉を掛けられているとも知らずに俺と優奈は、イチャイチャしていた。

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