第129話 日常から新しく

 昼休みが終わりかかってきた頃、優奈と麻美は、体操服から着替えると言って女子更衣室へと行った。

 優奈の具合はもう良くなっていたのでなんの問題もないだろう。

 俺は、とりあえず教室へ入る。

 すると、みんなの視線が俺に注ぐ。

 そりゃそうだ。本当は休みのはずなのになぜここにいるのか理解出来ないから。

 みんな固まっている中、1番に動いたのは太輔だった。



「陽一、お前休みじゃなかったのか?」

「まぁ、体調も良くなったからな。今の俺に1番必要なのは出席だから一応来ておこうって思ったんだ。」

「そっか。まぁ、そりゃ良かったよ。」



 太輔もあのことを色々と気にしていたのか、今の俺の様子を見て大丈夫と思ったのか安心したように息を吐いた。



「………それで?水城にはもう会ったのか?」

「ああ、会ってきたよ。」

「そういえば麻美も居ないけど水城と一緒なのか?」



 と、大輔の横から康介も出てきてそう尋ねてきた。



「2人とも今、更衣室で着替えてるところだよ。」



 俺がそう言ったところで優奈と麻美が制服姿でやって来た。



「3人とも、教室の出入口の前で何話してるのよ?邪魔になるでしょ?」



 麻美は、いつもとかわらず少し強い口調でそう言ってきた。



「なんだよ、俺たちは陽一のことを心配してたんだから別にいいだろー。」

「ここでやることじゃないって言ってるでしょ。」



 康介と麻美がいつものように言い争う。

 太輔もいつもと変わらずその言い争いにケラケラと笑いながら野次を飛ばす。

 俺の目の前に広がるいつもの光景。

 やっぱり日常がいいなってこの光景を見ながら思ってしまう。

 だけど、そこに一つだけいつもとは違うことがある。

 優奈は、3人が俺たちの方に意識がいっていないことに気づき俺のそばに来た。



「よ、陽一くん。」

「ん?どうした?」



 優奈に呼び掛けられ、それに応えると優奈は何も言わずにそっと俺の手を握ってきた。

 少しひんやりとしてやわらかい手が俺の手を弱々しく触っている。



「優奈?」



 俺は、その行動の意味が分からず思わず首を傾げる。



「……ずっと、こうやってしたかったの。私が陽一くんの横に立ってみんなにバレないようにイチャイチャすることを。」



 優奈ってなぜか昔から少し危険なことをやってみたいと思ってしまう節がある。まぁ、この程度は全然構わないので良しとする。



「そっか。それでやってみての感想は?」

「ドキドキし過ぎてちょっとヤバいかも。」

「それだけ?」

「………嬉しい。」



 優奈は、真っ赤な顔でボソッと俺にだけ聞こえる声でそう言った。

 ああ、本当に俺の彼女は可愛い。

 だから、俺からも感想を伝えることにした。



「俺も嬉しいよ。」



 俺がそう伝えると優奈の顔はさらに赤くなっていきえへへ、とにやけている。



「「「………………」」」



 すると、前の方から視線を感じた。

 どうやらイチャイチャし過ぎたみたいだ。

 太輔、康介、麻美の3人が俺たちをジト目で見つめていた。

 優奈もその視線に気づいたのか、さっきとは変わり、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。



「全く、この前までさっさと付き合っちゃいなさいよ、なんて思ってたけど付き合ったら付き合ったでめんどくさそうね。」



 麻美が呆れたように息を吐く。

 太輔と康介も頷いているので本当にそうなんだろう。



「まぁ、なんにしろ2人とも付き合ったってことでいいんだよな?」

「ああ、その認識で間違ってないよ。」

「なんだよ、その偉そうな勝ち誇ったような目は。」

「お前、今彼女は?」

「………いないけど……」

「はんっ!」



 太輔の言葉に俺は鼻で笑った。



「てめぇ!」



 その態度に激怒した太輔は、俺に飛び掛ってくる。

 俺は、それに応えるように優奈の手を離す。



「ぁ………」



 優奈は、俺と握っていた手を悲しそうに見た。



「あっ!ご、ごめ……」

「油断したなぁ!」

「うおっ!」



 優奈に意識を逸らした一瞬の隙に太輔が俺に突進して俺と一緒に転がった。



「だ、大丈夫!?陽一くん、後藤くん。」



 優奈は、優しい声で俺たちにそう尋ねてくる。そこで彼氏特権として優奈が俺だけに手を差し伸べてくれる。ちなみに太輔は康介に手を差し伸べられていた。

 可哀想なヤツめ。



「いいのいいの、優奈。こんな2人の心配しないで。」

「え、で、でも……」

「2人もそんな本気じゃないんだし。上ノ原、あんまり優奈に心配かけちゃダメでしょ。」

「はい、すいませんでした。」

「後藤は……まぁ、頑張りなさい。」

「なんだよぉ!?やめろよぉ!その可哀想な奴を見ているような目を!」



 俺は、太輔の肩をポンポンと叩いた。



「どんまい!」



 そして、笑顔でそう言ってやった。



「ちくしょォォォォォ!!」



 太輔の悲痛の叫び声が校舎に響く。

 こうやってまたみんなと一緒にバカ騒ぎする。それはいつもの日常で、そして、新しい日常にもなるのだった。

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