第128話 満足という言葉の意味

 麻美と一緒に優奈を保健室へ運び保健の先生が気がつくまでベットに寝かせておいてくれるそうだ。

 そして今は俺一人だけ職員室へ呼ばれ担任の先生であるるみちゃんから色々と怒られているところだ。



「もっー!本当に心配したんですからね?」

「ご、ごめんなさい。ちょっと色々あって。」

「その色々を説明してください。」

「い、いや〜……」



 俺は、るみちゃんの言葉に目を逸らした。

 言えるわけがない。優奈と喧嘩して体調を崩したなんて。

 上手い嘘を思いつかずどうするべきか考えている。

 すると、るみちゃんがため息を一つ吐いて俺のデコにデコピンしてきた。



「上ノ原くんが色々と抱えているのは分かりました。それが先生に教えられないことも。でもね、上ノ原くん、先生も上ノ原くんのことをすごく心配したんですよ。」

「るみちゃん…………」



 なんか俺がすごい問題を抱えてるみたいだけど実際は全く違うんだよな。

 でも、るみちゃんに心配させたのはさすがに悪いと思ってる。



「まぁ、こうやって上ノ原くんの元気な姿が見られて先生は嬉しいです。」

「はい……」



 俺は、可愛らしい笑顔でるみちゃんがそう言うのでなんだか静香や美優の笑顔と一致するものを感じ少しほっこりとしてしまった。それと同時に年上だということも分かっているので恥ずかしいという気持ちもある。経験したことの無い気持ちだな。



「まぁ、今日のところはこのくらいで話を終わっておきます。」

「あ、ありがとうございます。」

「あっ、そうそう。上ノ原くんに渡すものがあったんです。」

「渡すもの?」



 先生は、机の引き出しを探り1枚の紙を取り出し俺に渡してきた。

 その紙には『進路希望書』と書いてある。



「進路調査のプリントです。来週の月曜日までに提出するようにお願いしますね。」

「し、進路……ですか。」

「上ノ原くんの出席状況じゃ推薦は難しいと思うので一般入試と考えた方がいいかもしれませんね。」

「ってことは勉強……ですよね。」

「当然です。そもそも推薦でも勉強は必要ですし、大学、専門学校、就職、どれにしたってその後は勉強は必要です。」

「う〜ん………でも、まだ自分の夢とか決まってないしな〜。」



 俺がそう言うとるみちゃんは少し真剣な表情になった。



「上ノ原くんは、将来何がしたいとかぼんやりとでいいので分かりますか?」

「いえ、特には……」

「では、まずはそれを決めましょう。」

「え?そ、そんな急には……」

「将来の夢とは自分というものを作る基盤です。例えば先生なら教師という職業を夢見てきました。なので、その夢を実現させるためには教育免許を取る必要があります。さらにその教育免許を取るためにはその専門とした大学へ行かないといけない。そういう風に自分の夢を基盤として自分というものを作っていくんです。上ノ原くんならきっと自分の夢を実現出来ると信じていますので頑張ってください。」

「……………」



 俺は、るみちゃんの言葉に言葉を失ってしまった。



「どうしたんですか?」



 そんな俺を心配してるみちゃんが声を掛けてくる。



「……い、いえ、なんだか、るみちゃんが先生に見えて………」

「し、失礼ですよ!?先生は、ちゃんと先生です!」

「あっ、るみちゃんだ。」



 俺は、パンパンに頬を膨らませて怒るるみちゃんを見て安心する。



「っもう。ちゃんと進路のことは考えてくださいね。」

「………分かりました。」

「それじゃ、お話はここまでです。午後はちゃんと授業を受けてくださいね。」



 俺は、最後にるみちゃんにお礼を言ってから職員室を出て行った。



「進路かぁ……」



 るみちゃんに色々と言われたものの、今の俺には仕事をしている姿が想像出来ない。

 まずはるみちゃんの言ってた通り、何かやりたいことを見つけないとな。

 俺は、そんなことを思いながら保健室へと戻る。すると、そこにはもう目を覚ましたのか、ベットに座って麻美と話している優奈の姿があった。



「あっ、上ノ原、来たみたいよ。」

「〜っ!」



 優奈たちが俺が来たことに気づいたらしく俺に視線を向ける。

 だが、優奈はすぐに顔を真っ赤にしてすぐに視線を逸らした。

 俺も恥ずかしいことは恥ずかしいが優奈の事を彼女なんだと思うと、ものすごく嬉しく感じてなんとか普通に振る舞えることが出来た。



「優奈、もう体調は大丈夫なのか?」

「………う、うん………」



 優奈は、何とか聞き取れるくらいの声量で答えた。



「そっか。良かったよ。」

「………あ、ありがとう………」



 優奈が俺にお礼を言うと麻美がため息を吐いた。



「優奈、違うでしょ。上ノ原に聞きたいことがあったんじゃないの?」

「聞きたいこと?」

「〜っ!………そ、その………」

「なんでも聞いてくれ。優奈のためならなんだってやるつもりだからな。」

「〜っ!!!………えへへ……」



 優奈は、嬉しそうにニヤケている。



「それでなんなんだ?」

「えっと………陽一くん……私たちって……その………恋人………なんだよね?」

「ん?ああ、俺はそうだと思ってるけどなんで?」

「〜っ!………う、ううん……もう満足。」



 優奈は、さらに顔を真っ赤にしてそう言った。

 俺は、その返答を聞いても今の俺の返答のどこに満足したのか理解が出来ず、首を傾げた。でも、優奈が満足してくれたのだから良しとしよう。



「はぁ、本当に幸せそうね。」

「う、うん……」

「あっ、それじゃ、俺も聞くけど優奈は俺の彼女ってことでいいのか?」

「っ!………う、うん……」



 なるほど。

 いまさっきの優奈の「満足」という言葉の意味が分かった。確かに相手から自分たちが恋人と言われるとすごく嬉しいな。



「…………おめでとう、優奈、上ノ原。」



 麻美も嬉しそうな表情で祝福の言葉を送ってくれる。



「ああ、ありがとう。」

「ありがとう!麻美ちゃん!」

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