第102話 これは無理です

『まもなく光ヶ丘小学校の運動会が始まります。』



 そんなアナウンスとともに明るい音楽が流れ始めた。



『入場!』



 アナウンスのそんな声とともに入場門から体操着を身にまとった子どもたちがやってくる。



「本当にすごい人数だな。この中から美優を見つけられるかな?」



 俺は、そんなことを呟きながら入場してくる子どもたちの中から美優を探す。



「美優ならまだ来ないわよ。まずは1年生から入場してくるからね。」



 そんな俺に向かってお義母さんがそう教えてくれた。



「それに体操着の後ろに名前が書いてあるから案外すぐに見つかるぞ。」



 お義父さんもお義母さんに付け加える感じで教えてくれた。

 確かに今、入場している1年生の体操着の後ろに名前が大きく書かれた紙が貼られてある。

 1年生が入場して約10分。ようやく全ての1年生が入場し終えた。

 すると音楽が一旦止まった。



『1年生はテントへと行ってください。』



 アナウンスが流れると1年生は自分のテントへ走っていった。

 そして、1年生が全員席に座り終わると今さっきとは違う音楽が流れて入場門からおそらく2年生と思われる生徒たちが入場してきた。

 1年生の入場が始まってから約30分後。

 3年生が自分たちのテントへと戻り席に座ると音楽がまた流れ始めた。

 するとお義父さんとお義母さんが立ち上がりカメラとビデオを用意した。しかもどれも高そうなやつ。



「あ、あの、今さっきも注意したようにあまり暴れないでくださいね。」

「ははっ、大丈夫だよ。」

「そうよ、陽一くん、心配しすぎよ。」



 そりゃ心配するだろ。美優があんなに嫌がるんだから。



「……………」

「ん?」



 なにか後ろがガチャガチャと音がする。気になって振り返ってみるとそこにははしごを用意している園江さんがいた。



「あ、あの、園江さん?何をしてるんですか?」

「美優様を1番綺麗に写せるポジションを取っているだけですよ。」

「くっ、さすが、園江ね。やることがいつも姑息な!」

「そうだぞ!今すぐそのはしごから降りて私に貸しなさい!これはお前を雇っている主人としての命令だ!」

「私の一番の主人は美優様です。その美優様の晴れ舞台となればいくら旦那様の命令であろうと聞くわけにはいきません。」

「「ぐぬぬ………」」



 園江さんがはしごの上からドヤ顔をしているんだが………

 美優は、園江さんのこと、何も言ってなかったけど園江さんは別にいいのかな?

 そんなことを思っていると園江さんは、ポケットから何かを取り出した。



「………あの、それはなんですか?」

「これは美優様にこのような行動をしてないことを知られないように変装をしているのです。」



 そう言って俺に見せてくれたのはマスクとサングラスといういかにも怪しいヤツが付けそうなものだった。



「そ、そんなの付けて大丈夫なんですか?」

「学校にはもう申請してあるから大丈夫です。」



 準備は万端ってか。



「本当にいつも姑息な手を……こうなったら園江に負けないくらいの美優の写真を撮ってあげるんだから。」

「ああ、そうだな。運動会の後、誰が1番上手く美優を取れたか見せ合いっこするからな。」



 うわぁ、2人もさらにやる気を出してきた。



「陽一くんは、美優の写真撮らなくていいの?」

「え?俺?」



 確かにせっかくの美優の晴れ舞台だしな。俺もちょっとくらいなら撮ろっかな。

 俺は、そう思いポケットからスマホを取り出した。



「あら、そんなカメラでいいの?」

「はい、大丈夫です。」

「そっか。なら、陽一くんにも負けないように張り切って美優の姿を撮らないとね。」



 あ〜、そんなに張り切らなくてもいいのに。

 まぁ、でももう多分、止められないよな。ごめんよ、美優。

 俺は、心の中で美優に謝りながら入場してくる4年生たちに目を向けた。

 おっ、いたいた。案外すぐに見つかるもんだな。

 頑張って行進してるな……って、ちゃんと撮らなきゃ。

 俺は、美優に向けてカメラを向ける。



「うん、いいのが撮れ………」

「いいわよ〜!美優〜!すっごい可愛いわよ〜!」

「ちょっ!?」

「美優〜!ちゃんと美優の晴れ姿、パパ、見てるからな〜!頑張れ〜!」



 美優の頬がみるみる赤くなっていく。

 周りの親からは、クスクスと笑われている。

 はしごを使ったいる園江さんは、ずっとカシャカシャとシャッターを切ってるし。

 ごめん、美優。こんなの、どうやっても止められない。

 その後、美優の行進が終わるまでずっとお義父さんとお義母さんの応援が続いたのであった。

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