第75話 君と俺の関係はまた変わる
俺は、美優と別れたあと、和博さんの家へと向かった。
家のインターフォンを押すとすぐに俺を家の中へと通してくれた。
そして、すぐに今さっきの部屋まで通された。そこには和博さんと忍さんだけが居て静香の姿はなかった。
「すいませんでした。静香を1人で家に帰してしまって。」
俺は、まず小さな女の子1人で家へと帰らせてしまったことへ謝罪した。
「いや、そこら辺のことは別に気にしてないよ。静香は、よく1人で朝から運動しに出掛けてるからね。」
和博さんは、いつもの和やかな雰囲気で許してくれた。
「ありがとうございます。それで今、静香は?」
俺は、許してもらえた感謝と同時に静香が今どうしているのかを尋ねた。
「今は、自分の部屋に居るよ。何だかすごい落ち込んだ様子だったけど………何があったか教えてくれるかい?」
「………はい。」
それから俺は、今さっき起こったことを嘘偽りなく全て話した。
俺の記憶がないことは和博さんたちも知っている。なので、和博さんたちは、俺が話し終わるまで黙ってずっと聞いてくれた。
「それで俺が昔出会って結婚の約束をしたのは静香ではなく美優だったんです。」
「………そうだったのか………」
和博さんは、俺の話を聞き終わると目を伏せた。
もしかしたら、俺が静香と何の関係もないことが分かったから追い出されるかもしれないな。
「……陽一君……はぁ〜………ふぅ〜……今までのこと!本当に悪かった!」
「……へ……」
和博さんの言葉は、俺の予想していたものとは全く違い俺を追い出すどころか謝罪をしてきた。
「今まで勘違いとはいえこれまでずっとなんの関係もない陽一君をずっと引っ張り回したりして本当に申し訳ないと思ってる!」
和博さんは、正座したまま頭を下げた。いわるゆ土下座だ。その隣にいた忍さんまで頭を下げた。
「い、いえ!気にしないでください!」
俺は、急いで2人に頭を上げてもらうようにお願いした。すると2人は渋々といったように頭をゆっくりと上げる。
「本っ当に申し訳ないと思ってる。なにかお詫びをしないと。」
「本当に大丈夫ですから。……その勘違いと言っても俺、静香といる時間はなんだかんだ楽しかったですから。」
「………陽一君……本当にありがとう。」
「いえ……でも、これからはそちらの方が大変なのでは?」
今さっきまで親戚回りの話をしていたのだ。恐らく俺と静香が出かけている間に電話をして少しは話していただろうし。
「まぁ、それはこっちで片付けるよ。さすがにもう陽一君を引っ張り回すことは出来ないからね。」
「………力になることが出来ずすいません。」
「いやいや、陽一君は今までなんの関係もないのにすごい力になってくれたよ!本当に感謝してる!」
俺が申し訳なさそうな表情をすると和博さんが慌てて気を使ってくれる。
俺がしたことなんて何もないのに。逆にいっぱいされてきたのに。
「………あの、静香のところへ行ってもいいですか?少し話したいことがあるので。」
「分かった、静香の部屋に案内するよ。」
「ありがとうございます。」
和博さんは、すぐに立ち上がり俺を静香の部屋へと案内した。
「静香、今大丈夫か?」
和博さんは、静香の扉をノックして尋ねた。
「………うん……」
中から力弱い返事が聞こえた。
和博さんは、返事が返ってきたのを確かめると扉を開く。
中には毛布にくるまって横になっている静香がいた。
「静香、出てきなさい。」
和博さんは、そんな静香に対して優しくそれでいて少し厳しさの混じった声でそう言った。
すると途端に毛布がモゾモゾと動き出しゆっくりと毛布がめくれる。
「なにおとう……さ……ま………っ!」
静香は、布団から出て俺の姿を確認するとまた布団の中に隠れてしまった。
少しだけ見えた静香の目は、赤く充血していた。恐らく眠っていたのではないだろう。
「なんで………なんであんたがここにいるのよ………」
静香のそう言った声はとても小さかったがとても静かな部屋にはその声は十分に聞こえていた。
「………もう……あんたは……私とはなんの関係もないのに………」
なんの関係もない。
確かに俺は、もう静香の許嫁でもなんでもない。だからってここで引くわけにはいかない。
「静香、ちゃんと出てきて陽一君と話なさ………」
「すいません、和博さん。俺と静香、2人っきりにしてもらえますか?」
「…………分かった。ありがとう、陽一君。」
「いえ、これは俺のわがままですので。」
和博さんは、俺にお礼を言うと扉を開けて部屋の外に出て行った。
「静香、聞いてくれないか?」
「聞かない。」
静香は、俺の問いに即答する。
「ま、まぁ、聞いてくれって。」
「なんの関係もない人の話を聞くことはしない。」
静香は、そう言って出て行け俺に言ってくる。だけど俺は、出ていこうとはしない。
「俺、考えたんだ。俺と静香の今の関係。許嫁じゃなくなった今、俺と静香にはなにもない。俺は、そう思った。」
「っ!」
俺の発言に静香がくるまっている毛布がピクンと跳ねた。
「でも、よく考えたらそれは違うなって思った。………さすがに前のように許嫁になるなんてことは無理だけど……友人としてなら付き合えるんじゃないか?」
「…………友人?」
静香は、毛布から頭だけを出して俺を見つめる。
「ああ、友人だ。………俺は、静香とこれで離れ離れになるのは……まぁ、なんて言うか……寂しいんだよ。」
俺は、少し照れの混じった声音でそう言った。
すると静香が急に毛布の中にまた潜り込みモゾモゾとしはじめた。
「し、静香?」
「………………し、仕方ないわね。」
「へ?」
静香は、毛布から出てきてベットから立ち上がると腕を組んで急に仕方ないと言ってきた。
俺は、その言葉の意味が分からず素の声で反応してしまった。
「だ、だから………その……友人……になったなあげるって言ってるの。」
「そ、そういうことか………ありがとう、静香。」
「ふ、ふんっ!」
静香は、顔を赤く染めてそっぽを向いてしまった。
怒らせちゃったかな?
「まぁ、今日色々とあったけど……これからもよろしくな、静香。」
「………ええ、よろしく…………陽一。」
静香が俺のことを名前で………
確か父さんと昔の家で出会った時も1度だけ呼んでくれたけど……それからは全く呼んでくれなかったからな。まさかまた呼んでもらえるなんてな。
俺と静香の距離は、遠くなったと思ったらまたグッと近づいたと思う。一歩下がって二歩、三歩進むって感じだな。
俺は、何だかそれがものすごく嬉しく感じたのだった。
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