第73話 再開というのは唐突なもので

 少女の腰まで長い黒髪が風で揺らされる。その髪を左手で抑えて嬉しそうな表情で俺を見る。

 格好は、静香と同じようにとても良いものを着ている。淡い黒い瞳と黒髪とは対照的な白いワンピース。誰もが一瞬、その姿に目を取られるだろう。それほど魅力的に俺は見えた。

 そして、その少女は嬉しそうな表情を浮かべたまま、口を開けて



「……お兄ちゃん……」



 俺に向かってそう言った。

 俺のことをお兄ちゃんと呼ぶのは麗華しかいない。少なくとも今初めてあったあった。この少女にお兄ちゃんと呼ばれるとは思わない。

 今の言葉が本当に俺のものか分からなかったのでキョロキョロと周りを見る。だが、公園の中には俺とその少女しかいない。

 俺は、指で自分を指して少女に俺かどうか尋ねる。

 すると少女は、こくりと頷き俺に近づいてくる。



「お久しぶりです、お兄ちゃん。帰ってきました。」



 少女は、俺のところまで来ると顔を上げてそう言った。



「……え、えっと………」



 俺は、困惑するしかなかった。

 初めてあった少女にお兄ちゃんと呼ばれ帰ってきたとまで言われたんだ。何が何だか分からない。



「………私のことを覚えていないのも無理はありません。お兄ちゃんは、記憶を失っているんですから。」

「っ!な、なんでそれを?」



 俺が記憶を失っていることを知っている。少なくともその事実を知っているのは家族と優奈、それに静香たちだけだ。学校にもまだ言ってない。

 なのに何故、この少女は知ってるんだ?



「むぅ〜、記憶を失っているとは言え、私を見たら少しは思い出して欲しかったです。」



 少女は、可愛らしく頬を膨らませて怒ったような表情をとる。

 その瞬間、ズキンと頭が痛くなった。



「っ!」



 俺は、思わず頭を抑える。

 頭痛はこの頃治まってきたのに。



「お兄ちゃん、大丈夫ですか?病院へ連れて行きますよ?」

「………い、いや、大丈夫……」



 少女は、心配そうに俺の服の袖を引っ張り声を掛けてくれる。

 まぁ、悪い子じゃないなということは分かった。

 でも、なんだろう。この既視感は。

 俺は、知っている。この少女のことを。

 俺のことをお兄ちゃんと呼ぶ存在。今現在は麗華しか存在しない。

 だが、よく夢に出てきたあの麗華では無いあの幼女は俺のことをお兄ちゃんと読んでいた。

 ………もしかして………

 この少女があの幼女?年齢的には別におかしくはない。



「…………美優………」



 何故か俺は、その名も知らない少女に向かってそんなことを言っていた。

 美優、そんな名前の人、俺は全く知らない。だが、俺の口からふとそんな名前が出た。



「ふふっ、嬉しいですわ!お兄ちゃんが記憶を失っていても私のこと覚えてくれていたなんて!私のこと完全に思い出せなくても私と過ごしていたことは体が覚えているのですね!」

「………お前、美優って言うのか?」

「はい、その通りです!お兄ちゃん!」



 美優………美優………



「いっ!」



 まただ。

 激しい頭痛が俺を襲う。

 今回は今さっきよりもさらに痛みが増したので膝を地面について頭を抑える。



「お、お兄ちゃん!ほ、本当に大丈夫ですか?」



 美優という少女が俺を心配して腰を下ろして俺の背中をさすってくれる。

 その手はすごい暖かくて背中をさすってくれるだけで頭の痛みが引いていくのが分かる。

 俺は、だんだんと落ち着いて呼吸もしっかりと取れるようになってきた。



「……ありがとう、落ち着いたよ。」

「えへへ、それなら良かったです。……あの、私のこと、覚えてないんですよね?」

「………ああ、悪い。君が誰かなのかは正直よく分からないんだ。美優って名前も何故か頭の中に浮かんできただけなんだ。………でも、俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれるのは……俺の妹と昔、よく遊んでいた女の子だけなんだ………だから、もしかしたら………君がその女の子なのかなって思ってるんだけど……どうかな?」

「……はい、そうですよ。やっぱり覚えていてくれたんですね。」



 美優と名乗る少女は嬉しそうに言う。

 やっぱり、この少女があの時の幼女だったのか。

 すると俺の心がチクリと痛むのを感じた。

 なんだ、この感じ?せっかく俺の記憶の手がかりを知っていそうな子に会えたのに……なんで心が痛むんだ?



「………お兄ちゃん……あの約束は覚えていますか?」

「ん?あの約束?ごめん、なんだっけ?」



 俺がいつの間にかこの美優という少女と約束をしていた。それはとても大切なものなのだろう。少女の瞳を見れば分かる。俺が分からないと言った時、すごい悲しそうな瞳をしていたから。

 その少女は、そんな瞳を隠すようにそっと目を閉じる。そして、数秒後ゆっくりと目を開いて俺を見つめる。



「……お兄ちゃん……昔、私とお兄ちゃんは結婚するって約束したんだよ……」

「「………え……」」



 少女の言葉に反応したのは俺ともう1人。今さっきまで俺を待っていてくれていた静香だった。

 静香は、信じられないといった目で今の状況を見ていた。



「……どういう………こと………」



 静香は、震えた声でそう言ったのだった。

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