第19話 大切な何かを忘れています

「それで、話したいことって何?」








 俺たちは、一旦公園へ行き、そこに設置されているベンチに座った。

 そして、少しの沈黙の後、静香の方から話を切り出した。






「えっと……遠回りして聞くのは面倒だから直接聞くな。………俺って静香と昔、会ったことがあるのか?昨日のあの様子から俺たちの間に何かあったのは分かる。だけど、まだ出会ってそんなに経っていないのにあんな風になるのはおかしいと思う。だから、昔俺たち会ったことがあるんじゃないか?」

「…………」








 俺が言いたいことを伝えると静香は、下を向き黙ってしまった。








「………何よ、全部あんたが悪いのに……」

「……え?」







 なんか今、小さな声で何か言わなかったか?

 俺が何を言ったか、考えていると静香は唐突にベンチから立ち上がり俺に鋭い目を向けた。

 何故だろうか、その目には少し悲しみの思いすら感じられる。








「もう帰る。」

「え?あっ、ちょっ………」

「…………少しは期待してたのに………」








 また静香は、ボソッと何かを言って走り去ってしまった。

 俺は、もう追いかけようとは思わない。なぜなら、足がその時だけ動かなかったから。

 なんで足が動かなかったのかは俺には分からなかった。だが、その時、混乱していたのは確かだ。静香のあの表情に俺は………何を思ったんだろうな。









「ただいま。」









 俺は、その後、落ち着くまでに数十分かかった。そして、重い足を無理やり動かして家へと帰りついた。

 家に着いてリビングに顔を出すともう麗華も母さんも起きていた。








「お兄ちゃん、おかえり。どこ行ってたの?」

「ちょっと朝の散歩をな。」

「ど、どうしたの?顔色悪いよ?」

「久しぶりにこんなに朝早くから歩いたから疲れちゃったのかな。でも、麗華の朝飯を食べたら元気になると思うから。」

「………分かった、すぐ用意するね。お兄ちゃんは、着替えてきて。」

「ああ、そうするよ。」








 俺は、静香の言う通り部屋に戻り制服に着替えた。

 そして着替え終わりまたリビングに行くと静香は、ちゃんと朝飯を用意してくれていた。









「はい、お兄ちゃんお箸。」

「悪いな。………いただきます。」

「………」

「ん?どうしたの?母さん?」

「いや、何も。」

「そう。」








 朝飯を食べようとしたら母さんがこっちを見ているような気がしたんだけど……気の所為だったみたいだな。

 その後、俺はゆっくりと朝飯を食べていった。









「それじゃ、行ってきます。」

「お兄ちゃん、あまり無理しちゃダメだからね。具合が悪くなったらちゃんと先生に言って休むんだよ?」

「大丈夫だって。麗華は、心配しすぎだ。」

「うぅ……やっぱり休んだ方が……」

「だぁー!もう大丈夫だって!それにこれ以上休んだら成績上ヤバいことになる!1回もう、入院で休んでるんだから。」

「そ、それは……うん、分かったよ。頑張ってきてね。」

「ああ、今度こそ行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

「………」








 玄関を出る際、母さんがまた見ているような気がした。

 でも、今回はなんも言ってこなかったしただ、心配してくれただけなのかな?

 まっ、いっか。

 だいぶ調子も戻ったし今日も一日頑張りますか!







「みんな、おはよう!」







 学校に着くとみんなに挨拶をして席に着く。

 うちのクラス、ノリがいいからちゃんと返事が返ってくるよ。嬉しい。








「よぉ、陽一。今日提出の数IIの宿題やったか?」

「はっ!?な、なんだよ、それ!?そ、そ、そんなもんねぇし!」

「もしかして陽一君、忘れてたの?」









 そ、そういえばそんなこと言ってたのような………昨日、色々あったから忘れてた!








「優奈!も、もう、終わった?」

「はぁ〜、終わったけど……」

「頼む!見せてください!神様、仏様、優奈様!」

「そ、そんなにおだててもちゃんと自分でやらないと自分のためにならないんだからね。」

「そ、そこを何とか!」

「そうだ!頼む!水城!俺のためを思って!」

「え〜、別に太輔君はいいかなぁ〜。」

「そ、そんな!?」

「なら、俺だけでもいい!」

「あっ!おまっ!裏切ったな!?」

「うっせぇ、バーカ!お前は、宿題のこと知ってたんだろ!?」

「そりゃ、そうだが俺は、お前と違って部活で忙しんだよ!」

「俺だって昨日は忙しかったよ!それに優奈は、お前に見せたくないんだってよ!」

「え?別に陽一君に見せるとも言ってないけど?」

「嘘っ!?」

「ふふっ、うそうそ。はい、どうぞ。」

「ありがとう!優奈!」

「今度からは、ちゃんとするんだよ?」

「ああ、もちろん!俺は、宿題のことを忘れてなかったらやるタイプだからな。」

「………頼む!陽一!親友のよしみで水城の答えを写したノート、見せてくれ!」

「………へっ!」

「あっ!てめぇ!今、鼻で笑っただろ!?」

「い〜や、そんなことないけどぉ〜。」

「くっそぉ!この野郎!」

「うわっ!やりやがったな!?」










 宿題を写させてもらえなかった太輔は、俺が貰った優奈のノートを無理やり奪おうとしてきた。

 そこをなんとか避け、ノートを守ることが出来た。









「これは、俺が貰ったノートだ!お前は自力で解くんだな!」

「くっそぉ!頼むから見せてくれよ!数学の先生が怖いこと、お前も知ってるだろ!?」

「ああ、知ってるよ?だからこそ、見せないんだよ!」

「チックショー!」

「………二人とも?何わ騒いでいるんですか?」

「「っ!」」









 急に声をかけられ後ろを振り返ると、両手を腕組みさせたるみちゃんが頭に怒りマークを浮かべて立っていた。

 時計を見ると、もうとっくに朝のホームルームの時間になっていた。

 ちなみに優奈は、もう既に席に座っていた。








「い、いやぁ〜、こいつが俺のノートを奪おうとしてくるんですよ。」

「あっ!てめぇ!自分だけ逃げるつもりか!?」

「はっ!?逃げたてねぇし!事実を伝えたままだし!」

「いい加減にしなさい!二人とも!廊下でお説教です!」









 その後、俺と太輔は、廊下で正座をさせられ1限目の授業ギリギリまでるみちゃんのありがたぁ〜いお説教を食らったのだった。

 その時にはもう、今朝悩んでいた悩みなんはどこかへ行ってしまい、忘れていた。

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