間章
長い間、夢を見ていた。短いように感じて長い夢だった。
ひどい悪夢だった。
最初に見たのは足元からジリジリと迫る炎だった。どれだけ助けを叫ぼうと、もがこうと、決して消えない灼熱の光。
人々が私を殺そうと様々な処刑を行った。
鋭い刃で体を引き裂き、毒を浴びせた。私を殺せないと分かると、足に重しを着けて深く暗い海底に沈めた。
光も届かぬ海の中。ただ漠然と時間が過ぎ去っていくのを待っていた。それに歯止めを掛けたのは淡い光だった。暗闇に呑まれた海底で出会った光。暖かい優しい光。
いつの間にか重しは外れていた。私は波に流されるがままに海を揺蕩った。側には淡い光が居てくれた。
陸に辿り着くと、その光を追ってただ進んだ。
森の中を、人の中を、水の中を
そして――
私は目を覚ました。
*
老婆の亡骸を埋葬した後、屋敷に帰ってベッドで眠るコハクの様子を見ていた。特に変わりはない。少し暇になって考え事を始めた。
「どうなってんだ、俺の体」
血色を取り戻した肉体を見てそう呟いた。鏡を見て驚いた。姿が人間と変わらないのだ。致命傷が一瞬で回復したことから人間では無いことが分かるが。
胸の奥から溢れるエネルギーがある。これが不老不死の力だとする。魔力が沸き上がる場所と同じ位置からそのエネルギーを感じた。つまり、秘宝に封じ込められた生命力が魂の器に入り込んだのではなかろうか。俺はこの疑問に対してそんな回答を提示した。
なんにせよ、自分の体についてなんて人類みな詳しく知らないのだから今考えても仕方がない。
「これからどうするか」
人間の姿かつ自由の身となった今、何だって出来る。
が、外に出るつもりはない。何もしなくても生きていける俺にとって外に出る必要がないのだ。怖いと言うのもある。いや、正直言ってそれが一番の理由だ。
静かにこの屋敷で生活する。それが答えだった。
「あれ」
ガバッとコハクが起き上がった。横顔を除くと追い詰められたような表情で息を切らしていた。
「コハク?」
怪訝に思って声をかけると、彼女は初めてこちらを認識したようだった。
「誰だッ?」
コハクは即座に臨戦態勢を取った。警戒している。
どうやら正気に戻ったようだ。やはりトリガーは老婆の炎による攻撃だろうか。魔女狩りの殆どは火刑だったと聞くし、ここに至る経緯はなんとなく想像できていた。
「俺はタケモトだ」
勤めて冷静に両手を上げてそう言うと、コハクも少し落ち着いたようで。
「……いや、そうじゃなくて」
「何も覚えていないか?」
ベッドの上で臨戦態勢を崩さぬままに思い詰めた表情で視線を落とした。記憶を探っているのだろう。
「覚えてない、です。助けてくれたという認識で……?」
「助けたのは俺では無いよ。面倒を見ていただけだ。害意無いから安心してほしい」
コハクが頷いたのを見てこちらが安心していると、急にコハクが頭を抑えて姿勢を崩した。前のめりに倒れて来たので寝かせてやる。ただの頭痛だろうか。それにしては尋常ではない苦しみ方だ。魔女は不死身と聞いていたし脳の損傷とかでは無いと思うが。
出来るだろうか。
成功するも失敗すると無害だろうし、やってみることにした。
『ステイミスト』をコハクも包める程に大量に放出する。一つ息を吐くと、『ステイミスト』を通して胸の奥から生命力を取り出した。
*
私はその黄色のモヤを見たことがあった。温もりも淡い光も知っている。確かに知っている筈なのにぼんやりとしか記憶に残っていない。
あっという間に頭痛は消えていた。タケモトも察したのか黄色のモヤを収束させていった。もう少しモヤに包まれていたい気分だったが、それを言うのもどうかと思った。代わりに「ありがとう」と言った。
何があったのか事の顛末を聞いた。タケモトが嘘をいっているとはどうしても思えなかった。
最初にタケモトを見た時から私はおかしい。散々人間には酷い目に遭わせられてきた。それなのにタケモトはなぜか信用できた。安心できた。目が覚めて、彼が側にいると分かった途端にぐちゃぐちゃだった思考が穏やかになった。だからこそ、その原因が分からない安心感が恐ろしかった。
しかし、タケモトが黄色のモヤを発したのを見て確信した。信用して平気なのだと。確固たる理由は無いけど大丈夫なのだ。
「それで、お前の名前って何なんだ?」
「コハク」
「いや、それは俺が勝手につけた仮称で――」
「間違いなくコハクです」
そう断言するとタケモトは戸惑いの表情を浮かべ、
「偶然……なのか? あり得るのか?」
そんな偶然があるわけが無い。
前の名前は捨てようと思った。私を貶めた人間に付けられた名前なんて名乗りたく無いし、コハクと言う名はとてもしっくり来た。
これでいい。
吹っ切りたかったのか忘れたかったのか、私は話題を変えようとした。
「この屋敷に居ていい、と言ってましたけど」
「ん? どこか他に当てがあるのか?」
「いえ、ただ居候って言うのが気に入らなくて」
「じゃあどうしたいんだ?」
「この屋敷はかなり広いので一人で管理するのは難しいでしょ。そこで私が小間使いとして働くのはどうですか?」
「……つまり、メイド?」
「はい」
「名案だな」
その日、辺境の村の隅っこに構えられた屋敷にて、ひっそりと魔女とゾンビが暮らし始めた。
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