第7話 復讐戦
決着を、長年に渡る老婆の召し使い生活に落とし前つけるため、屋敷に挑む道すがら。
そうだ、琥白、コハクにしよう。
白髪の少女の仮称を決めていた。発音しやすさが決め手だった。
「コハク」
「ぅー?」
目を合わせながらもう一度繰り返した。帰ってくるのは無感情な声、視線。伝わっていない。と言うか、意思疏通が全く出来ない。俺の後に付いて来るのも命令したからでは無い。きっと俺の中に返った魂を未だに追っているのだろう。
あっと言う間に屋敷の前まで来た。魔女と深い因縁がある老婆に本物を会わせるのは危険だと判断した。
「お”前、ここにい”ろ」
「あーぅ」
反応はあったが、やはり意思は伝わっていない。代案として門を閉じてコハクを屋敷内に侵入できないようにする。少し心配だが仕方ない。早く終わらせて戻ってこよう。
ざわつく心を抑えて屋敷の玄関を開いた。チェストの中からナイフを二本取り出すと廊下を渡り階段を上って、たどり着く。
始まりの原因。召喚主の元へと。
*
扉を開くと同時に背中を向ける老婆へナイフを投擲した。的を外れて床に突き刺さる。武器の扱いを心得ていない俺の投擲が成功する筈がなかった。
「ふむ……」
どす黒い表情がこちらに向けられた。口元は吊り上げっているが、それ以外の全てが彼女の怒りを表現した。
「強力な個の定着と抵抗力。魂を取り返したか。糸も
驚異的な頭の回転速度だった。もう一本のナイフを構え老婆の出方を伺った。年老いても奴は不老不死の秘宝を作り出す天才的な魔法使いだ。最善を尽くさなければ万に一つも勝機はない。
「なんでわざわざ戻ってきた? 消え失せろ。……死体があと二つあれば完成するってときに」
杖がこちらを向いた。杖の先端に魔力が集中したのを視認した時点で、後ろへと高く跳ねた。杖から放たれた攻撃――光線を回避しつつ、着地した
勢いをそのままにナイフを付き出す。が、出現した半透明の障壁に阻まれた。
「『スクエアシールド』だ。物理的なダメージでは決して破壊されない障壁、お前には突破は出来んよ。私も手を出せぬがな」
物理の裏返しは魔法。魔法が使えないのなら魔力を使う。
奥歯を噛みしめ魔獣と戦った時の感覚を再現する。魂と意志の共鳴。魂が欠片しか無かった前回とは比べ物にならない量の魔力が胸から溢れ出す。
「な、魔力だとッ? いや、魂を取り戻したのなら有り得なくない、戻ると同時に覚醒しやがったか!」
黄色の魔力を宿すナイフが容易く障壁を貫通していく。老婆に確かな動揺が走った。
「しかし理解できないのは、なんだその魔力の色は。黄色だと? 有史以来一度も確認されていない空席の黄色にゾンビごときが座るか!」
刺さったナイフに力を入れて障壁に穴を空けた。喉元にまで刃が届こうとして、再び障壁が現れた。
「――! 『魔力遮断フィールド』を使った。魔力があってもこの障壁は魔力でも破壊できない。……その様子だと意識を持ったまま召喚されてしまったようだが、それは運が無かったとでも思え」
やっと俺に危機感を覚えたのか、声色は落ち着き発言が交渉の様なものになった。彼女としては魔女化を急ぎたい気持ちはあるが、ここで殺されて全てが無に帰すより安全を選びたいのだ。よしとするつもりはない。長年積み重ねられた怒りと彼女を止めようとする思いが俺を突き動かした。
『魔力遮断フィールド』は『スクエアシールド』よりもずっと頑強な障壁だが、絶対に破壊できないとは思えなかった。ジリジリとナイフが貫通していく感覚がある。
「妙な魔力だ。体外に放出されれば霧散する筈の魔力が、お前の体を包むかのように粘着している。それにナイフに魔力を宿すなんて芸当を魔方陣無しでやるとはな。それが黄色の魔力の特性か」
余裕の表情で老婆は鼻をならした。冷や汗が止まらない俺よりもずっと冷静に見えた。
「魔力遮断フィールドを破壊している? 魔法を使えるのか? いや、そう言う事では無いな……」
深く考え込む素振りをしてから、老婆は障壁を貫通したナイフの刃に触れた。すると「ほぅ」と唸って口を開いた。
「……なるほど、わかったぞ」
――クソ、この期に及んで相手にもされないのか。
「信じられないが、お前の魔力は大気中に放たれる事で魔法に変化している。黄色の魔力は本当に奇妙だ……なんにせよ、見たところ大した脅威ではないな」
老婆の説が全て正しいのなら、俺は歴史上類を見ない黄色の覚醒者であり、俺の魔力は大気中に放出されるとよく分からない粘着質な魔法に変化するそうだ。
それが分かって何が変わるかと言えば現状は何も変わらないのだが、魔法の扱い次第で戦況を変え得るのだと考えた。
思考を纏めていると障壁を突破できた。だが振るわれたナイフより老婆の魔法の方が速かった。光の濁流に吹き飛ばされ部屋の壁へ叩き付けられる。とっさに胴体を左手で守ったため致命傷はないが、その分腕へのダメージは大きい。
「ふむ、今のを耐えるか。その黄色いの、ダメージを軽減する効果があるのだな。この奇妙な黄色の魔法を『ステイミスト』とでも名付けようか」
老婆は椅子から一歩も動いていない。いつものように、ただ面白い研究対象を弄くっているだけだ。気が狂うような後悔があった。老婆を甘く見すぎていた。準備をしてくるべきだったのだ。
決意を固め、老婆を止めるという一種の使命を持ってこの場に来た。その考えはともかく、魔獣に勝利した事によって生じた油断が下準備を疎かにさせ、この惨状、この体たらくだ。俺の使命は失敗に終わろうとしていた。
「いろいろと興味深くはあるが、不安要素の多いゾンビを放置は出来んな。……ここで死ね」
杖の矛先がこちらを向いた。魔獣を吹き飛ばした例の”未完成の魔法”を使おうとしたが、あまりにも遅すぎた。視界を覆う輝きを見て敗北を悟った。
――わるい、コハク
目を閉じて衝撃に構えたが、いつまで経ってもその時は訪れなかった。
「――なに?」
老婆の声を聞いて目を開く。
「誰だ、お前は?」
ハッとして後ろを向くとコハクが立っていた。一気に混乱に飲み込まれる。
老婆が攻撃を中断しのか。否だ。目を閉じた時にはもう魔法を食らう寸前だった。では、コハクが助けてくれたのか。それしか考えられないが、見たところコハクに正気に戻った雰囲気はない。
「あうあ」
やはりおかしなままだ。
「小娘、今の氷結魔法はなんだ? 私の魔法が消えたぞ。魔法を凍結させたというのか。なにより、その赤の魔力は何だ?」
「あぅー」
「とぼけるなッ! ああ忌々しい! 魔女か魔女め魔女がァァ!」
老婆がヒステリックに喚き散らした。思わず耳を塞ぎたくなるような声だった。
「お前のせいで私はぁ! お前のせいで、お前のせいでぇッ!」
狂人が二人向かい合っていた。片方は喃語しか話せない幼児化した魔女。もう片方は狂気に身を落としてまで魔女になろうとする老婆。
杖先から幾つもの青く輝く弾丸が発せられる。すると、コハクの方から俺を避けるようにして破壊的な冷気が走った。魔法が凍ったとでも言うのだろうか。弾丸が次々に霧散していく。
「クソ! クソが! クソガァ! 私にもそれだけの力があればァ……!」
瞬きの間に冷気は老婆の元まで達して彼女を追い詰めた。だが老婆の魔法の腕も半端無く、即座に炎を生み出し冷気に対抗した。
大玉の青い炎がコハクへと放たれた。素人目でも分かった。この程度の炎ではコハクの氷を溶かす事は出来ない。それほどまでに魔女の力は圧倒的だった。
が、しかし、俺の予想はことごとく外れた。
「あ、いや、イヤァ」
老婆の魔法を目にした途端にコハクが涙を流したのだ。初めて彼女の口から意味のある言葉を聞いた。すぐさまコハクは炎に飲まれた。炎を消すために魔法を使おうともしなかった。というか、取り乱していてそれどころでは無かった。
意外にもこの場で最も驚いたのが老婆で、だからこそ俺が先に動けた。
「コハク!」
コハクを抱き締め黄色の魔力で包み込む。彼女を襲う炎を消すことには成功したが彼女は腕の中で気を失ってしまった。
安心したように眠るその顔を見て、今度こそ覚悟を決めた。
「死ねえ!」
勝利を確信した老婆の追撃――”青の炎弾”が放たれた。既に構えていた右腕で”未完成の魔法”を放つ。インパクトは炎弾を消し飛ばし、老婆を椅子から吹き飛ばした。
「魔法で魔法を組むとは、無茶苦茶な!」
魔法が成功しないのは、そう言うことだった。大気中に出た時点で魔法になってしまう魔力では魔法を作れる訳が無かった。
もう両腕がナイフを握れない状態だからナイフを口で咥えた。
『魔力遮断フィールド』
再びナイフが阻まれる。両腕を使って再び”未完成の魔法”を叩き込んだ。両腕の肉は吹き飛んで骨がおかしな所から飛び出ていた。代わりに障壁を破壊。ひどい激痛に襲われ、悲鳴と涙を流しながら咥えたナイフで老婆の首筋を切った。
『超再生』『魔力遮断フィー』
「ア”ア”アアァァァア!」
もう一度”未完成の魔法”を放つ。
老婆は四肢を失い壁に叩きつけられ動かなくなった。
意識は無いようだ。やがて絶命するだろう。
俺もまた、意識が朦朧とし始めていた。肉体の損傷が多すぎた。”未完成の魔法”による裂傷は内蔵にまで及んでおり、人間なら二発目で死んでいた。前回助けてくれた聖霊――もとい俺の魂は力を全て使いきっている。
今度こそ助けはない。
消え行く意識のなか、俺は床を転がる不老不死の秘宝に触れた。
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