第6話 怯える化け物
老婆を知るには魔女について語らなければならない。魔女について語るのには人間の持つ魔力について語る必要がある。
この世界の人間種は十人に一人が魔力を持っている。魔力とは魔法を使うための力だ。また、魔力には種族ごとに色があり、人間種は青色である。彼らを青の覚醒者と呼ぶ。魔力が覚醒するきっかけは様々だ。生まれつきだったり、前触れもなく起きたりする。
魔女について。魔女とは赤色の魔力を持つ人間の通称だ。別名、赤の覚醒者。実在するとされるが、その実態は全くと言っていいほどに知られていない。
伝承では赤色の魔力を覚醒する人間は悪魔に魂を差し出した者であるとされ、彼らは不老不死であり「
魔女は迫害の対象である。これもまた伝承の域を脱しないのだが、かつて赤の秘術が暴走し人類は滅亡寸前にまで追い詰められた事があるのだ。それを未然に防ぐために宗教団体――アノニアス教団が率先して魔女を探し、見つけ次第拷問を加え殺害している。ここで注視すべきは不死身の筈の魔女を殺害をしていること。彼らは本物かどうかを突き止めずに処刑を行っているのだ。いわゆる魔女狩りである。
アノニアス教団の制裁を受けた数々の人物の中に、件の老婆がいる。彼女は青の覚醒者で腕のいい魔法使いだったが周囲の悪意か教団の意向かが原因で、彼女の魔力の色が薄い事を理由に魔女裁判にかけられた。
そうなると残される未来は拷問の末の死か、自白による火刑かのどちらかだ。だが彼女は巧みな魔法で拷問を抜け出した。その結果は最悪だった。彼女は魔女として全世界に知れ渡る事になったのだ。
その先に待ち受ける運命など悲惨な物でしかない。アノニアス教団の威権は周辺諸国に及ぶ。現在のような屋敷暮らしに至るまでにどれだけの苦しみに苛まれたかは、彼女の内に燃える憎悪が教えてくれた。
孤独と憎しみと時間が彼女を歪ませた。
当初、俺にとって彼女はあまりに異様だった。控えめに言って化け物に見えた。しかし延々と憎悪を聞かされ、長い時間近くで見てきたことで段々と理解を得た。
彼女は絶望しか見えていない。訪れる全てに怯え、震えを隠し続けている。その様な人間を見せ付けられると胸が抉られた。見ていられなかった。そんな生にどれだけの苦痛が伴うか。彼女は知らずに苦痛を永遠のモノにしようとしている。俺は運命が進むにつれて恐ろしくなった。
――俺は老婆に感情移入していたのだ。
故に訪れるであろう心の傷への恐れは、いつしか老婆に向けられるようになった。
彼女は止まれない。同情するつもりも哀れむつもりもない。ましてや、もう恐れたりしない。
俺は彼女を殺す。
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