第5話 君の後押し

 夢を見ているのだと分かった。

 電車の中にいるという不自然さと卵の黄身みたいな奴の存在が、否が応でもそれを理解させた。


「久しぶりだね」


「?」


「よく思い出して。今なら分かる筈だよ」


 言われるがままに頭を捻る。


「あ、そうだ……」


 今と同じような事態、光景に出会った事があった。ただ、今回は車窓の外は真っ白で何も見えない。黄身に視線を移すと、なんだか変な気分になる。どう考えても生き物の姿ではない。


「僕が気になる?」


 なんとなく分かっている。こいつは意識を失う前に見た黄色いモヤで、俺の一部だ。長い間、老婆によって切り離されていた大切なもの。意識が透明な今なら察せた。黄身は俺の魂だ。


「うん」


「……なら、俺は死ねたんだな」


「いいや、君が冥府に帰るのはまだ早いよ」


「致命傷だった筈だ」


「僕が治した」


「そんなことが出来るのか?」


「……地上に落ちていく時、僕と君とは分断されたよね」


 段々、鮮明に思い出せる様になってきた。冥府へ向かう直前に老婆の手によって異界の地へと引きずり落とされた。貨物意識はそのままに、落下の最中に黄身は列車の外へと引っ張り出されてしまった。


「その後、僕は精霊として現界していたんだ。これもまた本来不可能なことなんだけど、運良く落下先に魔女がいたんだ。彼女に寄生することで魔力を頂戴しながら地上に留まれたのさ」


「それで、俺と再開したと」


「うん」


「長いこと説明してくれて悪いが、俺は生きるつもりはない」


「うん」


「止めないのか?」


「だって僕は今、君と話す権利は無いんだ。だから口は挟めな」


 黄身が悲しそうな表情をしたから、俺はそっぽを向いた。

 外は相変わらず深い霧に覆われていた。


 黄身と俺。互いに一人を形成する一部なのに知っていることに違いがあり、二人は全くの別物だった。一人称だって噛み合わないくらいだ。列車は動かず沈黙していた。


 切ない気持ちになって、ゆっくりと目を閉じた。

 ふと、目蓋の裏側に色んな景色が写った。綺麗な物からひどく残酷なものまで。異界の美しさと辛いトラウマが蘇った。目を開くと止めどなく涙が溢れてきた。


「ねぇ」


「……」


「僕はね、君に生きてほしい」


 これが俺の本心。胸の奥にある純粋な気持ちだ。

 黄身の言うことは正しく、胸を透き通る。いくら違いがあっても、やはり俺なのだ。


 分かっている。荷物を見たくないなんて、そんな悲しいことを再び言うのは間違っている。でも、酷い記憶を背負ってまで生きる理由がないのだ。


「あぁ、もうお別れか」


「お別れ?」


「あはは、ごめん、そうだよね。これからはずっと一緒だ」


「生きるかは――」


「君が決めるのさ。もし生きてくれるなら、お世話になった魔女白い子の面倒を見てやってよ。頼むよ」





 目を開くとこちらを覗き込む少女がいた。

 白い髪が俺の頬に掛かっている。くすぐったくて払い除けると、上体を起こした。


「な”ぁ、おまえ”、おれ、こわ”くないの”か?」


 腐った声帯で精一杯ていねいに声を発した。少女は無感情な顔でこちらをボーと見ていた。心のどこかに親しみの気持ちがあった。記憶には無いが、長い時間を過ごした間柄だからだろう。


「なー、あぅー」


 やっと声を発したかと思うと帰ってきたのは言葉ではない。それは赤ん坊が発するような拙い言語だった。嫌な予感がした。


「おい”?」


「うー、だぁた」


 ふざけている様子はない。頭がおかしいのだ。その原因も容態も分からないが黄身が面倒を見てほしいと言った意味が分かった。


 迫害対象の魔女を村に預ける訳にはいかない。だからと言って、ここに放置する訳にもいかない。


 大きな溜め息を吐いた。

 別物かと思ったが、やはり黄身は俺の事をよく知っていた。


 ――これじゃあ自殺なんて出来やしない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る