第1話 呪縛

 失敗した。

 村の中に入ったのは間違いだった。


 大小まばらな石が空を切った。冷徹な敵意は鋭く俺の体を傷付けた。この場にいる全ての村人からヒシヒシと伝わる恐怖と嫌悪。


 やがて彼らの呼び掛けで駆けつけた村の青年が、俺の前に立った。剣先が震えていた。彼の手は震えていた。

 

「ヴォォォッ!」


 俺は口を大きく開けて、大きく前へ出て威嚇した。

 腐った声帯から発せられた声は不気味だった。


 青年は「ヒッ」と声を上げて後ずさった。すかさず彼の顔面に拳が叩き込まれた。人間の六倍の身体能力がある俺の体から繰り出されたパンチングは、青年を軽く吹っ飛ばした。


 こちらを取り囲み石を投げていた野次馬に向かって走り出す。その中でも最もか弱い存在であろう、幼い少女を乱暴に捕まえると、あっという間に逃げ出した。


 追ってくる者はいない。何故なら、村にいる人々の中で戦力になるような人物は、ここ数年であらかた殺してしまったからだ。戦える人間は先程一撃で沈んだ青年で最後だ。


「っ、っ」


 少女は恐怖で声も出ないようだ。

 涙と鼻水に顔面をぐちゃぐちゃにしていた。


 脇に抱えられた少女は無駄な抵抗を続けていた。か弱い力で、まだ柔らかい拳で叩いてくる。俺の手は少女の首元を掴んで止まった。指に力が入り、そのまま高く掲げられる。


 少女がより強い抵抗を始めた。手足をばたつかせ、おえおえと苦しそうな声を滲ませた。


 抵抗は弱くなる。

 また弱くなり、そして消えた。

 少女は手足をダランと宙に垂らした。


 手を伝って腕にまで涙が溢れてきた。それを振り払い。脇に死骸を抱え、再び走りだした。


 俺は村から離れ、人気のない場所に佇む屋敷に辿り着いた。中は整然していた。悪く言えば何も無かった。階段を上り少し廊下を行くと正面に来る扉がある。そこをノックもせずに開いた。

 

「……随分と遅かったねぇ」


 目の前に鎮座する小さくしわくちゃの老婆がしゃがれた声で言った。俺はその責めるような言葉に答える術が無く、ただ黙って死骸を床に置いた。


「今日はもう死体は要らないよ、掃除でもしてな」

 

 老婆の部屋を後にした。

 階段を下りてチェストから掃除道具を取り出した。


 ふと窓掃除をしている時、その姿が目に写った。

 ゾンビだ。人々が嫌悪する動く死体。その姿は、前に見た時よりも一層醜く見えた。ギョロつく目。禿げた頭。変色した肌。


 ――気持ち悪い

 

 死体人形。術者の思うがままに扱われる死体を、ゾンビあるいはそう呼ぶ。若くして病死した筈の俺は、異世界の地にてゾンビとして再び誕生した。


 死体人形、つまりは術者の――老婆の傀儡。

 そうなってから実に二年あまりの時間が経過していた。 

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